第百九話 キルティの指導法
フィニッシュは止められてしまったが、体勢的にまだチャンスであることには変わりない。
俺はすぐに次の攻撃に移ろうと動いたのだが……先ほど思い切り振り下ろした木剣が、中心からポッキリと折れていることに気が付いた。
確かに……最後の一撃は金属音のような音を響かせていたもんな。
俺が折れた木剣のせいで追撃に動けず放心していると、キルティさんがストップの声を掛けてきた。
「どうやらここまでのようだな。……正直。……ルインがここまでやれるとは思わなかった。本当は実力不足を体感してもらって、上段からの振り下ろしだけでは戦えないと言うことを分からせたかったんだけどな」
「い、いえ! 上段からの振り下ろしだけでは戦えないことは、この模擬戦で痛感しました。キルティさんは攻撃を行わないと言うハンデの中、俺は一度も攻撃を当てることが出来ませんでしたし」
キルティさんのそんな言葉に、しっかりと否定の言葉を入れる。
上段からの振り下ろししか有効打がなかったため、最後のあの形を無理やり作ったんだからな。
他の振り方もしっかりと出来ていれば、もっと戦えていたのではと思う部分が多々あった。
「そうか。理解してくれていたなら良かったよ。上段からの斬り下ろしは、大分様になってきているが、他の振り方もしっかりと振れるようにしなきゃ話にならない。そのことを私の口からではなく、実戦で伝えたかったんだ」
……やっぱりキルティさんは指導者としても優秀だな。
他の斬り方も身につけなきゃいけない理由をキルティさんの思惑通り、この模擬戦で嫌と言うほど痛感できたからな。
今日の経験のお陰で、振りを固める特訓もないがしろにしないもんな。
振り方を一定にする時の特訓はつまらない上にキツいため、重要性を知っていなければないがしろにしていた可能性も高かった。
キルティさんはその重要性を俺に伝えるために、今日の模擬戦を行ってくれたのだと思う。
「キルティさんのお陰でしっかりと重要性を理解出来ました。明日からは……っじゃない。来週からは、斬り下ろし以外の違う振り方も教えて頂けたら幸いです!」
「ん? 明日からでは……駄目なのか? 私は早速、明日から袈裟斬りを教えていこうと思っていたんだが」
小首を傾げてそう言ってきたキルティさん。
俺も明日から教えて貰いたいところは山々なのだが、明日は【鉄の歯車】さん達と一ヵ月に一回の植物採取を行う日。
実は昨日、【ビーハウス】に行って採取依頼をお願いしに行っていたのだ。
現在の手持ちのお金は金貨28枚分とかなり余裕がある上に、お金に困ってもグルタミン草でのお金稼ぎも出来るのだが……やはり一ヵ月に一回の植物採取は、絶対に行うべきだと俺は思っている。
特訓のリフレッシュにもなるし、【鉄の歯車】さん達との友好も深められる。
それだけでなく魔力草の大量入手とダンベル草の確保、そもそもお金はいくらあっても困らないため、メリットの方が圧倒的に大きい。
「前に言ったと思うんですけど、本業の植物採取に明日から行くんです。だから明日から4日間はグレゼスタを離れるんですよ」
俺がキルティさんにそう伝えると、驚愕したような表情を見せたあとに、表情を一変させて凄く悲しそうな表情を見せた。
……そう言えば、明日から植物採取に行くことをキルティさんに伝えるの忘れていた。
いつもキルティさんが指導できるギリギリの時間まで指導してもらって、慌てて仕事へ向かうキルティさんを見送っていたから、単純に話をする機会が殆どなかったのだ。
「…………そうなの……か。それでは、四日後までは指導出来ないと言うことなんだな」
「え、ええ。そうなります。すいません、もう少し早めに伝えれれば良かったのですが、完全に伝えるのを忘れていました」
「……い、いや。気にする必要はない。思えば、遠巻きにルインの特訓を見ていた時から、数日間姿を見せないことがあったものな」
なんでキルティさんは、ここまでショックを受けているのだろう。
その物悲しそうな表情にかなり困惑している。
……もしかしたら、わざわざ朝の予定を空けてくれていたのかもしれない——とも考えたが、普通は早朝なんかに予定は入らないしな。
理由は分からないが、俺が伝え忘れていたのが原因であることは事実なため、キルティさんにはしっかりと謝罪を伝える。
「本当にすいませんでした。植物採取から戻ってきたら、また指導して頂ければ幸いです」
「あ、ああ! もちろん指導させてもらうよ。再開は今日から五日後の朝からで大丈夫だよな?」
「はい。五日後の早朝からまたよろしくお願いします! 採取地でしっかりと素振りはしておきますので!」
「了解した。ルインが無事で戻ってくることを祈っているよ。……それと、四日間と言うことは冒険者に護衛してもらいながら採取するんだよな?」
「ええ。いつも頼んでいる冒険者パーティに護衛してもらう予定ですね」
「それならば素振りだけでなく、模擬戦の相手もその冒険者に頼んでみるといい。一人一人、戦い方は違うからいい経験になると思うぞ。冒険者ならばルインよりも強いだろうしな」
「……確かにその通りですね。是非、お願いしてみたいと思います! そんなアドバイスまでありがとうございます!」
「ふふっ、簡単な提案をしただけだよ。それじゃ私は仕事へ行く。五日後、また会えるのを楽しみにしているよ」
そう言って仕事へと向かったキルティさんを、俺は頭を下げて見送った。
キルティさんの言う通り、【鉄の歯車】の面々と模擬戦をするのは面白そうだ。
受けてくれるかは分からないが、今日折れた分の木剣を含めて二本買って、頼んでみよう。
そうと決まれば、早速【断鉄】に行って木剣の購入と、明日の依頼の買い出しに行こう。
買い物から帰ってきたら、今日の一戦を振り返りながら素振りでもしようか。
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