第三十四話 変わらず危険な現状
倒れたアングリーウルフの死体を見下ろし、茫然としてしまう。
……これを俺がやったのか。
無我夢中であまり覚えていないのだが、アングリーウルフの首を突き刺したときの感触だけは未だに手に残っている。
襲ってきた魔物とは言え、命を奪うと言うことの重みを痛感した。
……と、放心している場合じゃない。
目の前の脅威がなくなっただけで、現状夜の山に一人でいることには変わりがないからな。
相手が一匹だけだったから、なんとかアイテムを駆使して倒すことができたが、複数匹相手なら例え最下級と呼ばれているゴブリンにでも俺は負けるだろう。
死体の臭いを嗅ぎつけて魔物が寄ってくると、スマッシュさんから聞いていた俺は命最優先でアングリーウルフの剥ぎ取りは行わずに、すぐにその場から離れた。
まずは登りやすそうな木を探し、魔物に襲われないように高い位置へと逃げようか。
夜を越さない限りはなにも始まらない。
丁度良い木を見つけ、木の上へと逃げてから数時間が経ち、ようやく太陽が昇ってきた。
なんとか魔物には襲われずに一夜を明かすことが出来たか。
辺りが見えるようになったため、木の上から周囲を確認するが……現在地がどこなのかいまいち分からない。
そもそも山なんて、どこを切り取ってもあまり風景に変化がないもんな。
夜が明けて明るくなったことで、視野は広がったが何も出来ない現状には変わりない。
さて、これからどうしようか。
一人で山を下りるか、助けが来るのを待つかだけど……助けには正直期待できないと思う。
俺を置いて行った【白のフェイラー】が助けを呼んで戻ってくるとは到底思えないからだ。
だからと言って、一人で山を下りれるのかと言われたら……それも正直、難しいと思う。
道中の魔物の対処も出来ないし、正確な帰り道すらもあやふやだからな。
とりあえずは、冒険者ギルドが異変に気付いて助けを出してくれると言う、一縷の望みに賭けてこの場所に留まるのが正解か。
食料も追加で買ってあるため、少しだけ余裕がある。
二日程はここで待って、助けがこなかったら無理やりにでも山を下りよう。
そう決めた俺は、木の上で周囲の警戒をしながら魔物がいないことを見計らって、拠点としている木の周辺にある植物の採取を行った。
今回のアングリーウルフとの戦闘で、植物が如何に有用かが分かったからな。
多少、無理をしてでも採取した方が、なにかあったときの有効打になり得ると俺は判断した。
魔力草に限って言えば、嗅覚の鋭いアングリーウルフだから効いた可能性も高いけど、それでもあの臭いを嗅いで近づいてこようとする魔物自体少ないはず。
魔力草は俺にも効くのが難点だが魔物除けとして使えそうだし、エンジェル草やリンリン草と言った毒草に限って言えば、どの魔物にも有効そうだと言うことも分かった。
戦闘能力が皆無な俺は、スライム液で効能を抽出した毒瓶は今後大量に生成して、多めに持っておくのがいいかもしれない。
そんなことを考えながら木の上り下りと植物採取を繰り返し、時間が経つのをただひたすらに待った。
その日の夜。
日が落ちてしまったため、木の上で朝日が昇るのをひたすらに待つ時間が訪れた。
暇だし寝たいのだが、なにか異変があったら自分で対処しないといけないのと、木の高い位置を拠点にしていることから、寝落ちして地面へと落ちたら死すらあり得るため寝れない。
ただ、自分で寝るのは危険だと認識しているのにも関わらず、ふと気を抜くと意識が飛びかける。
コルネロ山までの歩き、アングリーウルフとの戦闘、警戒しながら休むことの出来ない一日。
二日間寝てないだけでも辛いのに、疲労により俺の眠気はピークを迎えている。
……あまりやりたくはなかったが、眠気覚ましで魔力草でも食べるか。
先ほど採取した魔力草を取り出し、表面を拭いてからひたすらに噛み続ける。
安定の不味さに思わず顔を歪めるが、その不味さのお陰で眠気も取れ、心細さも少しだけ忘れることが出来た。
このまま朝が来るまで魔力草を噛み続けようか。
……と、俺はそう考えていたのだが、下に見える魔物達が騒ぎ出したことに気が付く。
木の上にいるため下の様子は見えないのだが、山全体が騒いでるように感じるほど、魔物たちが活発に動いていることが足音で分かる。
木の上で身を潜め、騒ぎが収まるのを警戒しながらジッと待っていると、‟なにか”がとんでもない速度でこっちに近づいてきているのが分かった。
かなり大柄の魔物のようで、通り道にいた魔物が殺されているのが、物騒な音から分かる。
昨日倒したアングリーウルフのボスが仕返しに来たのではと、身を縮こませて震えていると、俺の適当な予感は的中し、‟なにか”はこの木の下で止まった。
早くなる鼓動を必死に抑え、呼吸音すらも漏らさないように口を両手で抑えてグッと堪える。
早くどっかへ行ってくれ。
その一心で目を瞑っていると、木の真下からまさかの声が聞こえてきた。
「おいっ、ルイン! 上にいるんだろっ! 助けに来てやったぞ!!」
聞き馴染みのある、その声に心臓がバクンと大きく跳ねた。
この口調、そしてこの声はアーメッドさんだ!
「アーメッドさんっ! い、今降ります!!」
「うっしっし。やっぱり居たか! おら、とっとと降りてこい」
なんでアーメッドさんがここにいるんだろうと言う疑問はあるが、まずなによりも嬉しい。本当に嬉しい。
アーメッドさんの声で安心したことで、俺の中で張り詰めていた糸が切れ、涙がとめどなく溢れてくる。
落ちないように気をつけながら降りた俺は、一直線にアーメッドさんの下へと向かった。
「へっへっへ! ルイン、助けに来てやったぞ! 俺に感謝――って、おいっ!俺に抱き着くな!」
「アーメッドざん”っ! 本当にあり”がどうございまず! 俺、大きな魔物に襲わ”れで! それがら帰り道も分がらないじ、自分でば考えな”いようにじでだんでずげど、俺も”う帰れないんじゃないがっで……それで……」
「…………なに言ってるか分からねぇよ。……泣くなよ、男だろ?」
「ずいまぜん。アーメッドざんの姿を見だら、本当に安心じでじまっで……すぐに涙止めまずのでっ」
「……ッたく、本当しょうがねぇ奴だなぁ。……ほらっ、背中乗れよ。そんなんじゃ歩けないだろ?」
「大丈夫です。もうぢょっどで止まり”まずので」
「いいから乗れって! ゲンコツ食らわすぞっ!!」
半ば強制的ではあったが、俺はアーメッドさんの背中に掴まった。
アーメッドさんの背中は大きく温かく……そして少しだけ良い匂いがした。
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