第四十八話 呼び捨て
翌日の早朝。
昨日の夜に生成したエンジェル草をスライム瓶に入れてから、俺は木剣を持ってボロ宿の庭へと出る。
これから朝の特訓を行うのだが、今日はこれからコルネロ山に向かうため、あまりガッツリとはやらずに疲労を残さないようにしないといけない。
コルネロ山へ向かう道中でへばったら、【鉄の歯車】さんにも迷惑が掛かるからな。
そんなこんなでボロ宿の前で素振りをしているのだが……この場所で昨日から何度かすれ違う女性がいる。
青みがかった髪のすらっとした綺麗な女性なのだが、そんな綺麗な容姿とは裏腹にごっつい鎧を身に着けているため、気になって通る度に目で追ってしまうのだ。
どうやらこのボロ宿前が彼女のランニングコースのようで、毎朝この周辺をぐるぐると周りながら走っているようなのだが……気になるなぁ。
チラッと見えただけなのだが、そのごっつい鎧には王国騎士の紋章が施されていて、彼女が王国騎士であることを示唆している。
王国騎士団とは、王国最強とも呼び声の高い戦闘集団。
荒くれ者の冒険者を捕まえるのも王国騎士団の役目で、冒険者を捕まえると言うことは必然的に王国騎士の方が冒険者よりも強いと言うことになる。
実際にディオンさんから少しだけ聞いたことがあるが、王国騎士団は一人一人が小さい頃から特別な訓練を受けてきた人達で構成されているらしく、最低でもBランク冒険者と同じくらいの力を持っていると言っていた。
つまりは、ここですれ違う綺麗な女性も、Bランク冒険者以上の強さを持っていると言うこと。
なんとかお近づきになれれば、色々と聞けることがあるのにと思いつつも、俺には声を掛ける勇気はない。
ランニングをしている女性も俺の方を見ている気がするのだが……今日もまた何度かここを通るのを見るだけで終わってしまった。
いつか声を掛けてみたいなぁと思いつつも、【鉄の歯車】との集合時間が迫ってきているため、俺は宿へと戻って昨日準備した荷物の確認をする。
それから昨日買ったライトメタルのプレートと、まだ扱える気はしないが一応鋼の剣も帯剣して、早速冒険者ギルドへと向かう。
まだ日が昇ってからそれほど経っていないのだが、冒険者ギルドの前には既に四人がいた。
昨日の顔合わせの時もそうだったが、【鉄の歯車】さん達は予定の時間よりもかなり早めに来てくれる。
依頼者を待たせないようにすると言う配慮がしっかりと伝わり、また一つ俺の中での【鉄の歯車】さん達の評価が上がった。
「おはようございます。すいません、少し遅れました」
「あっ、ルイン。おはよう! 大丈夫だよ。全然遅れてないからっ!」
「おいっ!ライラッ! 依頼人を呼び捨てにするんじゃねぇよ。ちゃんとさん付けしろ」
「あっ、いや。全然大丈夫ですよ。呼び方とかで気分を害す……とかはないので! それに名前で呼んでもらえた方が嬉しいです」
「ほらっ! 私の呼び方のがいいってことじゃん! って言うか、バーンも敬語を使えてない癖に説教してくんなってのっ!」
「んだとコラッ! ライラが良い依頼人だから丁寧に接しようって言ってたから注意したんだろうが!」
いきなり喧嘩を始めてしまった二人。
そんな二人を見て、俺は慌てて仲裁へと入る。
「喧嘩はしないでください。俺は両方とも失礼だと思っていないので大丈夫ですよっ!」
両手を広げて間に割って入ると、バーンさんとライラさんはそんな俺を見て固まり……次第に笑い始めた。
「ぷっ、あっはっは! 本気で怒ってる訳じゃないから、そんなに必死にならなくても大丈夫だよ! ルインっていい表情するね!」
「………………う、うむ。お、俺も本気で……ぷっ、怒っていない」
ライラさんは爆笑し、バーンさんは笑っては失礼と思って堪えてくれているみたいだが、全然堪えられていない。
くそぉ……恥ずかしい。
アーメッドさんも俺をからかった時の反応が面白いと言っていたけど、そんなに変な顔でもしているのか……?
今度、水面で自分の顔を見ながら、試してみようかな。
軽くショックを受けながらも、そんな素振りを見せずに話を戻す。
「は、話を戻しますが、敬語じゃなかろうが呼び捨てだろうが、私は気にしないので大丈夫です! お互いに気を遣わないようにしましょう!!」
「そう言ってくれるとありがたいよ! やっぱりルインは良い依頼人さんだね! 私のこともライラでいいからっ!」
「それなら俺もバーンでいいぞ。俺もルインと呼ばせてもらう」
笑いが治まった二人がそう言ってきてくれた。
俺が呼び捨てにするのは少し抵抗があるのだが……そう言ってきてくれたのなら、折角だし呼び捨てで呼んでみようかな?
年も近いし、呼び捨てにすることでもっと近しい関係になれるかもしれない。
「それじゃ、ら、らいらと……ば、ばーんって呼ばせてもらうよ」
「僕もポルタでいいですよ。僕の方はさん付けで呼ばせてもらいますけど」
「それじゃ……ぽ、ぽるたって呼ばせてもらう」
うーん。やっぱり慣れないからか、ぎこちなくなってしまう。
しっくりこない呼び捨てに首を傾げながらも、俺はその流れでニーナさんにも視線を向けた。
ニーナさんは、このままさん付けが良いかなとも思ったのだが、これを機に少しでも仲良くできるかもしれないからな。
「…………………………わたしもニーナで……大丈夫です」
「分かった。これからはニーナって呼ばせてもらうね」
俺がそう伝えると、頷くと同時に俯き、また耳を真っ赤にさせてしまった。
俺に対しての人見知りも、この呼び方で少しは改善されるといいな。
とりあえず【鉄の歯車】さん四人の呼び方も決まったところで、早速コルネロ山に向けて出発することになった。
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