第百四十五 路上の喧嘩


「頼り切りって……。セイコルの街での戦いではルインが一番活躍して、それに模擬戦大会でも私達全員に勝って優勝したじゃん! そんなルインが成長していないって……私達はどうなっちゃうの?」


 俺の思いとは裏腹に、酷く悲しそうな表情を浮かべたライラ。

 確かに俺は模擬戦大会で、全て接戦ながら全勝優勝を果たしたばかり。

 もしかしたらライラは、皮肉に感じてしまったのかもしれない。


「いやっ、別に——」

「そういうことじゃねぇよな? ルイン」


 俺がライラに弁明しようとしたとき、ベッドに座っているバーンがそう声を掛けてきた。

 

「ルインは俺達と対比して言ってるんじゃない。あくまで自分だけを見て……成長するには、グレゼスタに留まってちゃいけない。そう判断したんだろ?」


 俺の思っていることを的確に言ってくれたバーン。

 そんなバーンの言葉に、肯定するように俺は力強く頷く。


「本当にルインさんといると調子が狂いますね。僕ならこんな短期間でここまで強くなったら満足してしまいますから。……なんなら今の僕の強さでも、結構満足してたんですけど」

「……本当にそうですね。この一年間はルインさんの成長に触発されて、私達も今まで以上に頑張れていましたから。そんな私達よりも頑張ったであろうルインさんが、そう考えているとなると……また色々と考えさせられますね」


 そう言葉を綴ったポルタとニーナ。

 ……それは俺の方こそなんだけどな。

 【鉄の歯車】の面々の成長に触発されて、俺は途中で投げ出さずにやり切ることが出来た。


「……そうだよね。ルインはいつも前だけ見てた。私、変なこと言っちゃってごめん。悲しさとか悔しさとか、なんか色々な感情がごちゃごちゃになっちゃってた」

「ライラが謝ることじゃないよ。俺も唐突に言い出したのが悪いし、言葉足らずだった」

「……それで話を戻すけど、ルインはグレゼスタを発って、成長するための旅に出るってことでいいんだよな?」

「うん。バーンのその認識で合ってる。グレゼスタを発つ日にちは決めてないんだけど、恐らく来月までには発っていると思うから今報告したんだ」

「そうなんですか……。それじゃ、もうルインさんとは植物採取に行けないんですね」


 俺がグレゼスタを発とうとしている日を大まかに伝えると、ポルタはぽつりとそう呟いた。

 

「そういうことになるね。みんなとの植物採取は本当に楽しかったから、この生活を手放すのは惜しいんだけど……」

「もう決めたってことだな」

「うん。……俺はもっと上を目指すよ」


 真剣な目で見てきている四人に、俺も真剣な表情でそう返す。 

 四人とも俺のその言葉にゆっくりと頷いた。


「こりゃ、また負けてられないな。本当にルインはどんどんと先に進んで行きやがる」

「本当だね! 折角、いい関係を築けていたと思ってたのに、一瞬で追い抜いておいて行くんだもん」

「俺はみんなを追い抜けたって感覚は一切ないんだけどね。これからも四人には俺の友達であり……そしてライバルでいて欲しい」

「ははっ。またルインさんは、無理難題を押し付けてきましたよ」

「……本当にそうですね。ルインさんのライバルでいることがどれだけ過酷なことなのか、ルインさん自身では分からないですからね」


 張り詰めていた空気が和んでいくのが分かる。

 俺のライバル発言で、何故かみんなが笑顔になったのは少し癪だけど、やっぱり【鉄の歯車】の面々とは張り詰めた空気感よりも、こういった緩い感じの方が居心地がいい。

 それからバーンの部屋でかなり長い時間、他愛もない話をしてから、俺は【ビーハウス】を後にしたのだった。


 

 【ビーハウス】を出ると日はすでに落ちかけていて、辺り一面橙色に染まっていた。

 今日はアーメッドさん達の居場所も探そうと思っていたのだが、もう夕方になってしまったか。

 時間的にはギリギリ冒険者ギルドは開いているから、行ってもいいんだけど……。


 夜の冒険者ギルドは全時間帯で一番治安が悪いため、あまり近寄りたくないんだよな。

 【ビーハウス】前で、しばらく頭を悩ませていたのだが、時間も勿体ないため、俺はこのまま冒険者ギルドへと向かうことに決めた。


 冒険者ギルドにつくと、早速ギルド前で殴り合いをしている冒険者たちが見えた。

 野次馬がワイワイと囃し立てていて、本当に鬱陶しい。

 この光景を見ただけで行く気が失せてしまうが、ここまで来たのなら引き返すのはないな。


 野次馬を掻き分けて冒険者ギルドの入口を目指していたのだが、チラッと視界の端で殴り合いをしている人物たちが目に入った。

 ……かなりの実力者だ。

 進んでいた足を止め、野次馬に混ざってその喧嘩を見入ってしまう。

 

 一人はオーガにも勝るとも劣らない大男で、もう一人はアーメッドさんを彷彿とするような——燃えるような真っ赤な髪をした女性。

 二人とも酔っ払っているように見えるのだが、拳の振りには一切の無駄がなく、急所を的確に狙って殴っている。

 

 この二人は一体何者なのだろう。

 そんな疑問を持ちながら、食い入るように二人の殴り合いを見ていると、赤髪の女性のフックが大柄の男の顎をかすめ取った。

 顎先を打たれたことで脳が揺れたのか、大柄の男は片膝をついたのだが、まだ戦意に満ち満ちていて、すぐにでも立ち上がろうとしている。

 

 立ち上がれるなら、まだ試合は分からない——。

 俺を含めた野次馬全員がそう思ったとき、赤髪の女性の容赦ないストレートが、立ち上がろうとしている大柄の男性の顔面にぶっ放された。


「よっしゃああああ! やっぱりレイラの勝ちだぜ!」


 そんな一人の野次馬の叫び声が鮮明に聞こえた。

 レイラ……。何処かで聞いたことがある。

 確か、アーメッドさんと揉めた……【蒼の宝玉】のパーティリーダーの名だ。


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