第百四十六話 凶悪な笑み
口や鼻から血を出しながら倒れている大柄の男を見て、満足そうな様子で冒険者ギルド内へと戻ろうとしているレイラさん。
俺はこの場から去ろうとしているレイラさんに、つい反射的に声を掛けてしまった。
「あのっ! ちょっといいですか?」
俺のそんな声に対して振り向いたレイラさんの顔は、酷く歪み切っていた。
詳しい心情は分からないけど、面倒くさいとかそういった感情なのだろうか。
元アーメッドさんのパーティメンバー。
そして、アーメッドさんがグレゼスタを発つ原因となったのも、レイラさんが原因ということだったから、何かしらの情報を持っているのではないかと思って声を掛けたのだが……。
この歪み切った表情を見て、早くも声を掛けたことを後悔している。
「…………お前だれだ?」
俺が委縮し二言目が出ない中、レイラさんから怒気の籠ったそんな言葉が飛んでくる。
そこまでイライラしなくても……と思いつつも、俺は簡潔に自己紹介と要件を伝えた。
「私はルインと申します。実はレイラさんに、一つ尋ねたいことがありまして。お時間は取らせませんのでよろしいでしょうか?」
「はぁ? で、結局誰なんだよ。こっちは忙しいんだ。お前みたいな無名が気安く話しかけてんじゃねぇぞ」
どことなくアーメッドさんに似た口調でそう言い放つと、踵を返して冒険者ギルドへと歩いて行ったレイラさん。
とにかく下手に出て、これ以上イラつかせないようにしようと頑張ったのだが、どうやら駄目だったようだ。
ズカズカと歩いていくレイラさんの背を、俺はどことなくホッとしながら見送っていると、ギルドの入口直前で急に立ち止まったレイラさん。
そして再びこちらを振り向くと、凄い勢いで俺の所まで戻ってきた。
「おいっ! 今お前……ルインって言ったか?」
首を掴まれ、俺の体が宙に浮く。
首を掴まれたことで声が出せないため、俺は全力で頷いて肯定する。
俺は必死に首から手を外そうと、両手で引き剥がそうとしているのだが、レイラさんの腕はビクリともしない。
「元治療師ギルド職員で、アーメッドの知り合い。これも合ってるか?」
「ど、どりあえず……胸がら手を……」
「いいから先に答えろ」
苦しく頷くことすらままならなくなっているのだが、俺はなんとか首を縦に振る。
そこで、ようやく手を離してくれたレイラさん。
……くっそ。……本当に話しかけなければ良かった。
「やっぱりそうだったか。去年、お前の鞄を運んだ時から気になってはいたんだが、ようやく顔を拝むことが出来た」
歪み切っていたさっきの顔の方がマシと思うほど、凶悪な笑みを俺に向けてきたレイラさん。
アーメッドさんは純粋ゆえの悪といった印象だが、レイラさんは真逆のように感じてとにかく怖い。
アーメッドさんとは似ているようで、似て非なるものだと俺は瞬時に理解した。
「それで話ってなんだ? 少しお前と話してみたくなったから、聞いてやるよ」
凶悪な笑みを浮かべたまま、そう質問を促してきたレイラさん。
心中では頼むから何処か行ってくれと願いながらも、そんなことは口には出せないため、俺は先ほどしようとしていた質問を投げかける。
この流れでアーメッドさん関連の質問をするのは、かなり恐怖ではあったけどアーメッドさん関連でしか、レイラさんから聞きたい情報はないため仕方ない。
「先ほど話にも出ましたアーメッドさんの……現在の居場所について心当たりがあれば、教えて頂けないかなと思ってお声掛けさせて頂きました」
「アーメッドの居場所……ねぇ。――あっはっは! 教えてやるからついてこいよ」
不気味なタイミングで大声で笑ったあと、再び冒険者ギルドへと歩き出したレイラさん。
心底ついて行きたくはなかったのだが、情報が貰えると自分に言い聞かせ、レイラさんの後を追って冒険者ギルドへと入った。
常に騒がしい冒険者ギルド内なのだが、今日は奇妙なほど静か。
それに、いつもは幅を利かせている冒険者を避けながら進んでいるが、今日は勝手に前の道が空けられていく。
それもこれも……俺の前方を歩ているレイラさんの影響だろう。
レイラさんが冒険者ギルドに入った瞬間に、空気が一変したのが、後ろにいた俺にも分かった。
Aランク冒険者で、ちょっと話しただけでも分かるヤバい人間。
そんな人が入ってきたなら、空気も一変するよな。
……というか、どこに行こうとしているのだろうか。
冒険者ギルドなんて俺は受付くらいしか行かないのだが、レイラさんは受付をスルーして、ギルドの奥にあるバーのような場所に向かって歩いている。
そして、そのままバーまで着くと、レイラさんはカウンター向こうにいるマスターと一言話し、なにやらバーの後ろにあるバックヤードへと通された。
俺も恐る恐るついて行き、そのバックヤードへと足を踏み入れる。
「……冒険者ギルドって、こんな場所があったんですね」
「従業員専用の場所だから、一般人はそりゃ知らねーわな」
そのまま暗いバックヤードを進むと、レイラさんは一つの部屋の前で立ち止まった。
……ここが目的地か。
あまりにも怪しいその部屋に、俺はゴクリと生唾を飲み込む。
「着いたぜ。ここでゆっくり話でもしようや」
一瞬振り返って、凶悪な笑みを俺に向けてから、扉を開けたレイラさん。
俺も続くように部屋の中に入ると……。
その部屋はくつろげるような空間になっていて、中には三人の男がだらけていた。
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