第百三十五話 生存確認
後ろを振り返ると、酷い出血の跡とその先で横たわるバーンの姿が見えた。
ライラ、ポルタ、ニーナがそんな横たわるバーンに駆け寄っていて、ニーナが懸命に【ヒール】を当てているのが分かる。
初めての目の前での負傷者に……俺の心臓が破裂しそうな程、激しく鼓動している。
どうしても頭を過ぎる負の感情を押さえ込み、俺も倒れているバーンの下へと駆け寄った。
仰向けで寝ているバーンの顔は血の気が引いていて、傷口は見えないものの、服には酷い出血の跡が見える。
そんなバーンの姿に俺の呼吸は次第に荒くなり、脳が勝手に最悪のケースを考え始めたとき、ゆっくりとバーンの目が開いた。
「…………よお、ルイン。どうした……? そんな青ざめた顔をしてよ……。……トロールには勝ったんだよな?」
そう言葉を発したバーンを見て、安堵で心臓を吐き出しそうになる。
……良かった、バーンが死んでなくて……本当に良かった。
「……だから、なんで俯いてんだよ。……その様子からして勝ったんじゃないのか?」
「……うん、勝ったよ。でも……バーンが……し、し」
「くっくっく。……死んだかと思ったか? 心配すんな、俺はそんなヤワじゃねぇからよ」
そう言ってゆっくりと笑ったバーン。
「……バーンさん。命に別状はないですが、重傷であることに違いはありませんので、あまり喋らないでください。……無理をすると、本当に死んでしまいますよ?」
「ニーナ、怖いこと言うなよ。……ったく、分かってるって。大人しく寝ておくよ。ルイン、後でトロールをどう倒したのか聞かせろよ?」
バーンはそう言うと、穏やかな表情で眠りへとついた。
俺もバーンの無事を確認できた安堵から、全身の力が抜ける。
ストレングスポーションの効果も切れたことも重なり、地面へとゆっくり倒れ込んだ。
「ルインッ! 大丈夫っ!?」
「……あ、うん。ライラ、俺は大丈夫だよ! 特に傷も負ってないし、疲労で動けなくなっただけだから」
「……とりあえず【ヒール】だけ、かけさせて頂きます!」
眠ったバーンの下を離れ、俺の下に来てくれたニーナが【ヒール】をかけてくれた。
体の芯から温かくなるような……心地の良いニーナの【ヒール】。
そんな【ヒール】を浴びながら俺がウトウトとしていると、こちらにゆっくりと誰かが歩いて来る音が聞こえた。
重たい瞼をゆっくりと開けて近づいてきた人を見やると、その人物は俺が紫トロールから助け出した少女だった。
「……おにいちゃん。たすけてくれてありがとう」
はにかみながら拙い言葉で、そうお礼を告げてきた少女。
……トロールと戦闘を行ったことを途中で何度か後悔したのだが、このはにかんだ笑顔を見て、この少女を救えて良かったと思える。
「怪我はなかった?」
「うん! ちょっとすりむいちゃったけど、いたくない!」
「そっか。それなら良かったよ。……ねぇ、お母さんとかはいるのかな?」
「うん! ……でも、いえにのこってる。わたしをにがしてくれて……」
笑顔を見せていた少女だったが、途端泣きそうな表情に変わると俺にそう伝えてきた。
家に残ってる……か。
この少女を逃がしたということは、生存している可能性は限りなく低いだろう。
その事実に重苦しい空気が流れたその時、遠くから誰かの名前を叫ぶ声が聞こえてきた。
「モニカー! モニカ!! いたら返事をして!!」
悲鳴に近い女性の叫び声が聞こえ、その声は徐々にこちらに近づいてくる。
少女はその声に強い反応を示した。
……そして、その声と共に姿を見せたのは馬に跨った王国騎士。――そう、キルティさんだった。
「……ママ! ママッ!! わたしはぶじだよ!」
声に反応するかのように、少女は馬に跨ったキルティさんの下へと駆けて行った。
一瞬、少女の母親がキルティさんなのかと心臓がビクンと跳ねたが、キルティさんの後ろに別の女性が乗っていたのが見える。
キルティさんが馬を止め、女性を下へと降ろすと、少女とその母親らしき人は力強く抱き合った。
「……良かった! 無事でいてくれて本当に良かった……!」
「ママもいきててよかった。……あのひとたちがね、モニカをたすけてくれたの」
少女のその言葉を聞いた少女の母親が、俺達を見ながら深々と頭を下げた。
その瞳には涙が溜まっていて……その姿を見て俺は再び、この少女を助けることが出来て良かったと心の底から思ったのだった。
俺がそんな親子の光景を微笑みながら見ていると、少女の母親の後ろから歩いてきたキルティさんが、倒れている俺の下へと向かってきた。
顔を覆うヘルムを身に着けているが、立ち振る舞いや歩き方でキルティさんだと分かる。
「……ルイン。来ていたのか。無事なようで良かった」
「キルティさん! ……はい。なんとか、生き延びれました」
ヘルムの下から優しく笑っているキルティさんの瞳が見える。
俺の後ろで待機しているライラやニーナにポルタは、王国騎士が俺に話しかけたことに戸惑っている様子。
「あの死体……。ルインが今回の敵の指揮官を倒してくれたのか」
「やっぱりあのトロールが指揮官だったんですか。……魔王軍の幹部でしたっけ?」
まだ回復しようと蠢いている紫トロールの死体を見て、キルティさんは小さくそう呟いた。
今日戦った魔物達と比べても、圧倒的に強いとは思っていたけど、やはりこの街を襲った魔物の軍勢の指揮官だったのか。
「いや、幹部ではないな。指揮官が一人で動いているところを見る限り……この軍勢はお遊び感覚で送られたものだろう。……このトロールはそう、使い捨てのコマってところだろうか」
「この紫トロールが使い捨てのコマ……ですか?」
衝撃の事実に開いた口が塞がらない。
あの強さの魔物が使い捨て……。
魔王軍の大きさというものを肌で感じ、口の中が段々と乾いていく感覚に襲われた。
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