第二百五十二話 二十三階層のボス


「右からスラストバッファロー。正面からは手前にアングリーウルフ、奥にゴブリンアーチャーの群れ。左斜め前からはヒューマオウルが来てます」

「了解。俺はアングリーウルフとスラストバッファロー。ロザリーさんはヒューマオウル。アルナさんはゴブリンアーチャーとサポートを頼みます」

「ん。任せて」


 二十二階層に上がってから、約二時間ほどが経過。

 押し寄せるように襲ってきた魔物の群れも、ようやくこれが最後のようだ。


 俺は報告を聞いてから流れるように指示を飛ばし、即座にスラストバッファローを粘着爆弾で足止め。

 その間に後衛にいるゴブリンアーチャーに気を付けつつ、正面のアングリーウルフを処理しにかかる。


 上体を極限まで下げてアングリーウルフで射線を切りながら、一気に距離を詰めていく。

 アルナさんが射ち合ってくれるため、ゴブリンアーチャーにはそこまで気にしなくてもいいのだが、減らせる負担は減らすべきだからな。


 そんな窮屈な体勢で向かっていく俺に対し、三匹のアングリーウルフは囲みこむように三方向に走り出したのだが――遅い。

 まずは左に動いたアングリーウルフを先回りするように追いかけ、真横から一気に斬り裂く。


 日々の連戦、それからダンベル草の摂取が効いているのか、明らかに力も強くなり動きも速くなってきた。

 一刀両断されたアングリーウルフを見下ろしながら自分の成長を感じつつも、慢心はせずに残りのアングリーウルフも倒しにかかる。


 回り込んだ一匹を斬り裂いた間に俺の後ろへと回り込み、背後から不意をつくように襲ってきたアングリーウルフを、タイミングを合わせて居合切りの形で首を撥ね落とす。

 背後を取られ、更に向こうから先に攻撃を仕掛けてきたのにも関わらず、俺の剣の方が先に相手の体に到達した。

 

 ダンジョン産のアングリーウルフが弱いとはいえ、完璧な手ごたえだ。

 動きを合わせて正面から襲ってこようとした最後のアングリーウルフはというと、仲間があっさりと首を撥ねられたのを見て急停止。


 獣型の魔物故に表情からは察せれないが、恐怖しているのが手に取るように分かり、そこから一瞬の間もなく逃走を図ろうと動いた。

 魔物であろうと戦いの意志のない相手に攻撃するのは、若干ながら抵抗があるんだけど……憂いを残さないためにもしっかりと刈り取る。


 三匹のアングリーウルフを一瞬で倒し、残るは粘着爆弾に引っかかっているスラストバッファローだけだ。

 二人の方はというと、ヒューマオウルは虫の息でゴブリンアーチャーの群れは既に半壊しているため、向こうも一瞬で方をつけている様子。


 状況確認を終えた俺は、藻掻いているスラストバッファローの下まで歩き、一気に首を斬り落とす。

 その後すぐにドロップ品の回収を行い、ロザリーさん、アルナさんがそれぞれも相対していた魔物を倒したところで、俺達は二十二階層の全ての魔物の討伐に成功。

 

「紛れもない完勝ですね。程よく体が温まりましたよ。ボス戦に向けて良い状態だと思います」

「ん。負ける気がしない」

「珍しく俺も同じ気持ちですよ」


 強気なアルナさんに同調し、お互いにニヤリと笑い合う。

 そんな俺とアルナさんに対し、ロザリーさんだけは自分の手をひっきりなしに動かし見つめるように俯いていた。


「……ロザリーさん? 大丈夫ですか?」


 会話にも混ざってこないため、俺が心配してそう声を掛けると――。

 

「あの……私、今日が人生で一番調子が良いかもしれません! フォーカスポーションでのあがることのない良い状態に、ようやく一切の違和感なく動けてます!」


 急に顔を上げ、満面の笑みでそう告げてきたロザリーさん。

 確かに今回の攻略は出会ってから一番の動きを見せていたが、今までは違和感を覚えながら戦っていたのか。


「それは期待しかないですね! メインアタッカーはロザリーさんですので、存分にかましてください」

「任せてください! 二人の見せ場なく私が倒しますよ!」


 全員が全員、最高の状態で二十三階層へと下りる。

 ボス戦前の異様な緊張感は一切なく、良い意味でリラックスした状態のまま二十三階層に到達。


 これまでの渓谷エリアの雰囲気は一切消え去り、人工的に作られたような機械的な雰囲気。

 広さは鬼荒蜘蛛のいた十五階層と同じぐらいで、綺麗な正方形のフロアだ。


 そんなフロアの真ん中に、腕をクロスさせて座り込んでいる“何か”の姿が見えた。

 一見はただの銅像にしか見えないのだが、間違いなくあれがこの二十三階層のボス。


 黒光りする鉱物の巨大な胴体に、そんな胴体よりも太く大きな腕。

 下半身は別種の鉱石なのか、銀色に光り輝いている。


 そんな巨大な魔物の横には、その魔物専用の巨大な斧、大剣、ハンマーが置かれていて、力に任せた単調な攻撃だけでなく多種多様な攻撃を仕掛けてくるのが分かる。

 鉱物の体故に斬撃攻撃に強い耐性を持ち、その巨体と武器で数々の冒険者達を叩き潰してきたこのボスの名は――“エレメンタルゴーレム”。


「やっぱり直で見るととんでもない大きさですね。こうしてみると、とてもダメージを与えられるようには思えないです」

「私が以前戦ったときも、斬撃はおろか打撃攻撃も効いている感じがなかったですね。そもそも動きが一定で、ダメージが入っているのかも分かりづらかったのを覚えてます」

「大丈夫。硬い体の部分は通らなそうだけど、体のつなぎ目とコアに当てればダメージは通る」

「……そうですね。映像や作戦会議で話し合った通り、弱点とされている部分を狙って立ち回りましょう。それではいきますよ」


 そう声を掛けてから、正方形のフロアへと足を踏み入れる。

 その瞬間、スイッチが入ったかのようにゴーレムはゆっくりと動き出し、その巨体が立ち上がった。


 座った状態でも俺よりも大きかったが、立ち上がると更に大きく威圧感を感じる。

 立ち上がったエレメンタルゴーレムは斧を手にすると――また更にスイッチが入ったようにぶんぶんと振り回し始める。

 こうして二十三階層のボス、エレメンタルゴーレムとの戦闘が始まったのだった。


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