第二百三十六話 『ダンジョンペンデント』社
「いやぁ面白いお店でしたね。いいお店を紹介してもらいました」
「ほ、本当に面白かったです。“ソウルグラム”、解説も相まって見入ってしまいましたよ」
「ん。矢を買うのはいつもあそこの店」
アルナさんが矢の確認を終えたと同時に退店をしたがったため、店主さんの話も半ばで俺たちはお店を後にした。
英雄の剣についてのお話は全て聞けたが、他の武器の紹介をしてもらおうとしたタイミングでの退店だったため、今回は武器の購入には至らなかった。
店主さんの人柄も良く知識も豊富だったし、武器を買いにまた近いうちに訪ねたいな。
「つ、次は私のお店で宜しいんでしたっけ?」
「ええ。ロザリーさんのオススメのお店を是非紹介してください」
「わ、分かりました。お二人に気に入ってもらえるか分かりませんが……しょ、紹介させてもらいます」
アルナさんのお店紹介が終わったため、次はロザリーさんの番。
この中では圧倒的にランダウストの滞在歴が長いため、一体どんなお店を紹介してくれるのか非常に楽しみだ。
ワクワクしながらロザリーさんの後をついていくと、たどり着いたのはメインストリートのド真ん中。
『まんまる印の雑貨店』や『グリーンフォミュ』といった繁盛店、それから人気のある新聞社の本社に詰所も立ち並ぶ、ランダウストで一番人が集まるのに治安も良い場所だ。
ただ、メインストリートにあるお店は有名店ばかりだし、ほとんどのお店は俺も知っている。
知られざる名店を期待していた分、落胆が大きいな。
「この付近のお店ですか? 俺もメインストリートにあるお店をオススメしようと思っていましたので、一石二鳥ではあるんですけど……」
「え、ええ。この付近なんですけど、ちょっと仕掛けがあるんです」
意味ありげにそう呟くと、他の新聞社よりも一際大きい建物である『ダンジョンペンデント』社の本社の中へと向かっていった。
『ラウダンジョン』社のトビアスさんと仲良くして貰っている手前、他の新聞社の方には近づかないようにしていたが……今回はついていくしかない。
「ここって『ダンジョンペンデント社』ですよね? 一体なにをするんでしょうか」
「な、中に入れば分かります。ちょっと続けてになっちゃうんですけど、本当におすすめですので」
続けて……か。もしかして中に武器屋でもあるのか?
情報を色々と仕入れているから良い武器も手に入る――みたいな可能性は十分にある。
俺は緊張をしながらも、ぽけーとしているアルナさんの背中に隠れるようについていき、『ダンジョンペンデント』社の中へと入った。
……全てガラス張りの外観も凄かったが、内装も凄まじい。
ランダウストの建物のどれよりも、お金がかかっているように思えるぞ。
「う、受付じゃなくてこっちです」
俺が内装をきょろきょろと見渡しながら、入口前の受付へと向かおうとしたところ、ロザリーさんは奥の部屋を指さして真っ先に向かっている。
そしてその向かう先を見て、俺はようやくオススメのお店の正体が分かったのだった。
「……料理屋さんですか。『ダンジョンペンデント』社の中には料理屋さんも入っているんですね」
「そ、そうなんです。ここの社員食堂なんですけど、一般の人でも利用できるんです。あ、あまり知られていませんので、穴場として本当にオススメなんですよ」
「ん? 奥のあれはなに」
「あ、あっちは購買ですね。購買も購買で面白い物が色々売っていますよ」
社員食堂は右側が調理場で左側には椅子とテーブル、更に正面奥には購買が見え、かなりの広さを誇っている。
色々な匂いが充満していて、料理のレパートリーもかなりの数があるみたいだ。
「おすすめの料理とかってあるんですか? お腹は減ってはいませんので、おすすめの一品だけ頼みたいと思ってるんですけど」
「こ、ここの食堂は全ての料理の質が高いので、どれを食べても美味しいんですけど……。一番は甘味であるパンケーキですね!」
「ぱんけーき。良い響き」
「普通は甘味となると高いんですけど、ここは甘味も手ごろなお値段で食べれるんです!」
「それじゃ、みんなでパンケーキを食べましょうか」
ロザリーさんに習い、パンケーキとホットミルクを三つ注文。
調理場前で待っていると、五分ほどでプレートに乗せられたパンケーキとホットミルクが手渡された。
「……これは確かに美味しそうですね! 値段も銀貨二枚って破格ですね」
「かなりお安いですよね? 社員価格だと思うんですけど一般の人でも食べられるなんて、本当に『ダンジョンペンデント』社さんは太っ腹です」
つい『ラウダンジョン』社と比べてしまい、その差に苦笑してしまう。
俺が思っている以上に、会社としての差が圧倒的なまでに開いているようだ。
お世話になっているし、なんとか『ラウダンジョン』社に貢献したいところだけど、俺に出来ることは攻略を頑張ることぐらいしかない。
「ルイン、止まってないで早く。冷める」
「あっ、すいません。あそこの席でいいですかね」
考えごとをしていたところをアルナさんに急かされ、慌てて席へと着いて、早速実食へと移る。
トビアスさんのことを考えたら、敵地でもある場所でデザートを頂くのは複雑だけど、パンケーキには罪はないもんね。
ナイフとフォークを手に取り、ふわっふわのパンケーキを四つに切り分け、そこにバターとメープルシロップを染み込ませるように回しかける。
パンケーキに染み込むのを少し待ってから、パクリと一口で頬張った。
「うんまぁい……」
「これ、本当に美味しいんですよ」
「確かにこれは至高」
全員が頬を緩ませながら黙々とパンケーキを口へと運び、昼食を取ったばかりだと言うのにあっという間に平らげてしまった。
ふぅー。至福のひとときだ。
俺は口の中に残るパンケーキの余韻に浸りながら、ホットミルクを啜っていると――突然後ろから肩を叩かれた。
「貴方、ルインさんですよね?」
振り向くと、そこには俺が初めてダンジョンに潜った時に囲ってきた記者の人が立っていた。
身なりも整っていて、如何にも出来る男という風貌の男性。
……顔見知りの記者さんには会いたくなかったが、会ってしまったな。
「はい、そうですけど。記者さんの方ですか?」
「私を覚えていますでしょうか? 貴方がソロでダンジョンに潜っていた時にお声を掛けさせて貰ったのですが」
「ええ、覚えてます」
そう言葉を返すと、記者さんはにっこりと俺に笑いかけてきた。
ロザリーさんが働いている冒険者ギルドの副ギルド長と同じような少し怖い笑み。
「それはそれは光栄ですね。後ろの方は一緒にダンジョンに潜られてるパーティの皆さんですか? アルナさんにロザリーさん、お二人もお強いのでチェック済みですよ。それで今日は当社に何をしにらっしゃったんですか?」
出来る限りの短い返事をしたつもりだったが、流れるように会話が進んでいき、いつの間にか取材の形となりかけている。
手帳も取り出して書き記しているし、このままではかなりまずい気がするぞ。
「あ、あの、ここの食堂でデザートを頂きに来たんです」
「ほー、そうだったんですか。あまり知られていませんが、ここの食堂は一般の人も使えますからね。もしかしたら当社と契約をしに来たのかと思っていましたが、少々早合点でしたか。……それで、今日は他に何をやっていらっしゃったんですか? パーティメンバーで集まっているってことは次の攻略についての――」
記者さんがそこまで言った瞬間。
冷めた目をしたアルナさんが、ピシャリと一言で制した。
「うるさい。食後のひとときの邪魔」
「…………あー、これは申し訳ございませんでした。私が勤めている会社で、今一番ノリに乗っている御三方に出会えて興奮してしまいました。宜しければどんな内容でもいいので少しお話を――」
「帰る」
まだ話そうとしている記者さんにそう告げると、立ち上がって出口の方を目指し始めたアルナさん。
俺とロザリーさんも記者さんに一瞥してから、その後をついていく。
……これはアルナさんに助けられたな。
俺の性格上、下手したら断り切れずに根掘り葉掘り聞きだされてしまっていた可能性も十分にあった。
それにしても勢いや話術も相まって怖かったな。
一流企業だからなのか、あの記者さんが特別なのか。
とりあえず、記者さんには顔を完璧に覚えられてしまっているため、契約している以上は『ラウダンジョン』社以外の新聞社には、近づかない方がいいことだけは再確認できた。
あの美味しいふわふわパンケーキを食べに行きづらくなってしまったことだけは、本当に残念だな。
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