第二百三十五話 鷲の爪
素晴らしい野菜料理を堪能した俺たちは、食後に出されたスムージーを頂きながら次にどこのお店を巡るかの話し合いを行った結果、まずはアルナさんが行きたいお店から回ることに決まった。
それから、お店の人に感謝の言葉を伝えてから野菜専門店を後にし、アルナさん案内の下そのお店へと向かう。
「そのお店ってここから近いんですか?」
「ん。すぐそこ」
そんなアルナさんの言葉を信じてついていくと、確かに野菜専門店からそう離れていない一軒のお店の前で立ち止まった。
アルナさんだし、行くお店は大体予想出来ていたけど……やっぱり武器屋さんか。
立ち止まったお店の看板には『鷲の爪』と書かれていて、その横には武器屋とも書かれていた。
見た感じは『断鉄』のように自ら作った武器を売っているではなく、様々な武器を取り寄せて売っているお店のようだ。
「ここですかね?」
「ん。いつもここで買ってる」
「わ、『鷲の爪』ですか……。き、聞いたことがないですね」
野菜専門店での興奮が冷めたのか、ロザリーさんは再びどもり初めてしまったな。
それはさておき、ロザリーさんが知らないとなるとあまり期待が出来ないぞ。
思えばアルナさんも、ランダウストに来て長くはないんだったもんな。
あまり出歩くイメージもないし、この街に関する知識量は俺と同等と考えた方がいいか。
そう自分なりにハードルを下げてからお店へと入ったのだが、中に入ってすぐに驚かされた。
入口の真ん前のショーケースから見えたのは、漆黒の刀身が黒光りしている一本の大剣。
剣には詳しくない俺だが、この大剣がとんでもない業物だということは一目見ただけで分かった。
「なんですか……。この大剣」
「この店一番の武器らしい。私は興味ない」
「なんとも口では伝えられませんが……凄い剣だというのは分かります!!」
漆黒の大剣を見て再び興奮したのか、流暢且つ力強くロザリーさんは熱弁した。
やっぱり俺だけじゃなくて、ロザリーさんもとんでもない大剣だと感じたようだ。
何度か映像越しにトップクラスの冒険者達を見たけど、そんな冒険者ですらここまでの武器を使っている人はいなかったはず。
完全に意識が大剣へといき、俺とロザリーさんはショーケースにへばりつくように多方向から大剣の観察を始める。
「なんの素材で出来てるんですかね。未知の鉱石とか金属でしょうか」
「ドラゴンとかの強い魔物の素材の可能性もありますよね! 未知の素材で出来てるってだけでワクワクしますっ!」
「ふぉっはっは。この大剣はな、ブラックアダマンタイトっちゅう金属で出来とるんじゃよ」
急に会話に割り込んできた声の主を見ると、緑色の前掛けを着けた体格の良いお爺さんがこっちに歩いてきていた。
このお店の店主さんだろうか。それにしても本当に背が高い。
「きた。矢」
「んぁ? なんじゃいアルナか。こっちのお客さんと話すからちょっと待っとれい」
「この二人、私の仲間」
「……仲間? 本当にパーティを組んでおったのか」
「ん。それより早く」
アルナさんは俺たちと話したそうにしている店主のおじいさんを急かすと、奥の弓矢の置かれた場所へと向かった。
もう少しこの大剣を見ていたいが……とりあえずは二人についていこう。
「ほれ。頼まれとった特注の矢を百本じゃ。それにしても本当に矢の消費が速いのう」
「怠いからスキルや魔法は使いたくない」
「金がかかるよりマシじゃと思うんじゃがのう……。それより属性矢はどう――」
「いらない」
ピシャリと断って会話を終わらすと、渡された矢を一本一本取り出して確認作業を始めてしまった。
今の会話で特注と言っていたけど、アルナさんは矢にまでこだわっているのか。
「ああなったら、しばらくは駄目じゃな。それで、お主らは本当にアレと一緒にパーティを組んどるんか?」
「ええ。パーティを組んでまだそれほど長くはないですが、一緒のパーティでやらせてもらってます」
「やっぱり本当だったんか。……ふぉっはっは、よくアレと一緒にやってられるのう」
「ダンジョンでは誰よりも働いてくれてますので」
『亜楽郷』のお姉さんと全く同じ発言に、俺は苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
やっぱりアルナさんは、親しい人から見たらパーティでなんかやっていけないように見えるのだろう。
「店主さんは、アルナさんとは長い付き合いなんですか?」
「いや、長くはないな。アレがこの街に来た時に弓と矢を探してたみたいでな、いくつか店を回った中でワシの店のが一番気に入ったらしく、そこから贔屓になったって感じじゃよ」
「そうだったんですか。話している感じ的に、てっきり長い付き合いなのかと思ってました」
「アルナのあの性格じゃからな。ワシが面白がって話している内に仲良くなったって感じじゃ。……それより、お主らも何か武器を探しに来たんか?」
武器か……。
特に探してはいないけど、これだけ様々な武器があるなら見てみたいな。
「いえ、俺は特に探してないです。ただ、これだけの武器がありますし良ければ見せて頂ければなと思ってまして」
「そうなんかい。武器ならいくらでも見て行って構わんぞ。気になった武器があれば遠慮なく声を掛けてくれ。ワシが説明してやるからのう」
「あっ! 私、さ、さっきの剣が気になってるんですけど、先ほどの続きの説明聞かせてくれませんか?」
俺の隣で会話を聞いていたロザリーさんが、思い立ったように店主のおじいさんにそう尋ねた。
そういえばアルナさんに会話キャンセルされ、説明が途中で終わってしまっていたな。
確か、ブラックアダマンタイトとかいう物で出来ているとか……。
「おうおう、そうじゃった! あの剣の説明が途中じゃったな。――あれは“ソウルグラム”という名の魔剣じゃ。とある英雄が使ってたと言われている剣じゃよ」
「ソウルグラム……剣に名前がついているんですか。英雄の剣を売っているお店なんて凄いですね」
「んにゃ。ありゃ売りもんじゃない。とある昔の友人から預かってるだけでな、まぁ預かってる代わりに宣伝として店の一番目立つところに置いとるんじゃよ」
「そうだったんですか。でも、あんなに目立つところじゃ盗まれてしまうんじゃないですか?」
俺が何気なしにそう呟いた瞬間。
おじいさんに朗らかな雰囲気が一変し、身震いをしてしまうような強烈な殺気が漏れ出たのが分かった。
「ふぉっはっは! ワシから盗めるモンなら是非盗んでみて欲しいところじゃのう」
十分に大きいおじいさんの体躯が、更に一回り大きく見える。
俺もダンジョンで様々な魔物と戦い、経験を積んだはずなんだけど……。
『エルフの涙』のおばあさん同様、この人には敵わないと本能が叫んでいる。
「あ、あの……。く、黒い大剣の説明をもう少し詳しく聞きたいんですけどいいですか? え、英雄の剣なんて滅多に見れるものじゃないと思うので」
「もちろん構わんよ。あの剣のことなら色々と知っとるから、気になるなら教えてやるわい」
ロザリーさんの問いかけにより、店主のおじいさんの殺気は霧散し先ほどと同じ優しい雰囲気に戻った。
俺は大きく息を吐き額に流れる汗を拭ったあと、魔剣の詳しい説明を聞くべく二人の後を追ったのだった。
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