第百九十四話 クライム草による奇策


 アルナさんは俺のそんな発言に、ほぼ無表情だが少しだけ楽しそうな表情を見せたあと、ゆっくりと頷いた。

 俺はその頷きを了承の合図とみて、腰の剣を右手で軽く握る。


「それでは……いきます」

 

 そう宣言をし、俺は先ほど行った脳内シミュレート通り、何も持っていない左手で【プラントマスター】による植物生成を行う。

 俺がまず最初に生成したのは、――クレイム草だ。


 この植物は初めてコルネロ山に行った時に見つけた植物で、その時は鞄の容量の問題で採取を諦めたのだが、劇薬ポーションを作る際の材料の候補として一度生成していたのだ。

 劇薬ポーションの材料としては、やはり効能が低すぎてボツとなったのだけど……。

 実はその時に、1つ面白い特徴を見つけていた。


 クレイム草のその面白い特徴とは、燃やすと煙を多く発するということ。


 あの【エルフの涙】のおばあさんが、火事になったと大慌てしたほど大量の煙を発し、この特性を用いて何かアイテムが作れると当時から思っていた。

 結局、様々なことがあって、時間を作れずに製作には至れなかったのだが……。


 先ほど脳内で戦闘のシミュレートをした際、真っ先にこのクレイム草のことを思い出した。

 人体への影響が薄く、意表を突ける最適な植物として、これ以上の植物は現状ではないと思う。

 

 もちろん、俺の十八番でもある魔力草を燻すことも思いついたのだが、相手が人間ならば視界を奪う方が効果は高いと判断した。

 それにクライム草から発する煙には、クライム草本来の効能と同じで、微弱ながらも体を麻痺させる成分が含まれているからな。


 クライム草が意表を突くには最適の植物と改めて結論付けた俺は、大きく息を吸い込んでからクライム草の次に生成したボム草を強く握り、衝撃によって爆発させてクライム草を無理やり着火させた。

 クレイム草は火が点くと同時に大量の煙を放ち、その煙は一瞬で部屋中に広がっていく。


 何も持っていなかったであろう俺の左手から、急に大量の煙が発せられていることに対し、驚きの表情を浮かべているアルナさんの顔が見えたのだが……。

 そんな姿さえも確認できなくなるほど、一瞬で目の前が真っ白な煙で覆われてしまった。

 

 このように俺の視点でも、目の前すら分からないほどの煙で埋め尽くさせているのだが、既にアルナさんの位置とそこまでの距離は頭に織り込み済み。

 まあ、動かれれば何もかもが失敗となるのだが、暗闇では不用意に動けないのと同じで、視界を奪ってしまえば下手には動けないのが人間としての性なはずだ。 


 俺は左手の痛みに耐えながらも、アルナさんが移動してしまう前に勝負を決めにかかる。

 目測では、アルナさんまで3歩の距離。


 上体を低くさせ、俺は懐に潜り込むように一気に2歩前進する。

 そして、3歩目を踏み込む瞬間に右手で軽く握っていた剣を引き抜き、3歩目の踏み込みと同時に両手で剣を握り込むと、アルナさん目掛けてキルティさん直伝の斬り下ろしを放つ。


 ここまでは脳内で行なったシミュレート通り、寸分の違いもない完璧な動き。

 ――のはずだったのだが。

 アルナさんの目の前で寸止めする予定だった俺の剣は、振り下ろしの勢いが乗る前に防がれたのだった。


「惜しかったけど……残念。聴こえてる」


 前方からそんなアルナさんの声が聞こえた。

 俺は慌てて体勢を立て直し、背後を取るように回り込んで再び斬り下ろしを放ちにかかったのだが……。


 アルナさんは俺の動きが‟見えている”かのように、またしても振り上げたと同時に剣を合わせてきた。

 俺が不意を突き、視界すらも奪ったはずなのに、完璧に立場が逆転してしまっている。


 その動揺によってアルナさんの位置も完全に見失い、着火前に溜め込んだ息も切れて、俺の方が大きくクレイム草の煙を吸い込んでしまった。

 そのせいで全身に軽い痺れを感じながらも、まだ一撃を決めることを諦めていなかったのだが……。


 その一瞬の隙を見て俺の背後へと回っていたのか、後ろから俺の首元に刃物が当てられたのが、冷たい金属の感触ですぐに分かった。


「私の勝ち」


 そんな感情の起伏が一切ない、首元に当てられた刃物のような冷たさを感じる声によって、アルナさんによる勝利の宣言が行われた。

 

 一切のミスもなく、完璧な試合運びだったのにも関わらず俺は負けたのか。

 多分だけど、この動きならば……アーメッドさんにもキルティさんにも一撃は入れられたはず。


 何故防がれたのか、自分では理解できずに頭がこんがらがってしまっているが、とりあえず刃物を下ろしてもらおうとしたその瞬間。

 俺が入ってきた方の扉が、勢いよく開いた。


「二人共、大丈夫!? か、火事じゃないわよね!?」


 入ってきたのは店主のお姉さんで、大量の煙を見て慌てて駆け込んできた様子。

 アルナさんに一撃を決めることで頭がいっぱいで、事前確認もせずに店内でやらかしてしまったことを今になって気づいた。


「すいません! 火事ではないです! ですが、煙は吸わないようにして、すぐに部屋から退出してください! 事情は後で説明させて頂きます!」


 首元に刃物を当てられながらも、煙を吸い込まないようにすることをお姉さんに伝える。

 俺のそんな声に対し、すぐにお姉さんが退出してくれたのを確認してから、俺は拘束を解いてくれたアルナさんから離れる。

 

「アルナさん、俺の完敗です。……それと、ここって窓はありますか?」

「うん。そことそこにあるけど……見えないでしょ? 私が開ける」

「すいません。ありがとうございます」


 やはり、アルナさんはこの煙の中でも見えているのか。

 今の発言でそのことが分かり、俺の取った行動が悪手だったことが分かった。


 でも、戦う前では絶対に分からなかったし、決してミスではなかったと断言できる。

 ただ、もっと他の戦いようがあったのではないかと、この部屋に充満する煙と同じように心をモヤモヤとさせながら……。


 アルナさんが窓を二つ開けたことで空気の通り道が作られ、部屋中に充満した煙が外へと逃げていくのをジッと見守った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る