第百九十五話 言葉足らず


 部屋に充満していた煙が全て外へ逃げた後、俺は店主のお姉さんにこってりと絞られた。

 反論の余地が一切ないほどに俺が悪いため、ひたすらに平謝りをし続け、アルナさんはそんな俺を無表情でジーッと見続けている。


「アルナもお店で挑発するのは止めるんだよ。こっちは火事かと思って本当に焦ったんだからね」

「……あんな煙を使ってくるなんて想定していない。正面からの打ち合いだったら、お店に迷惑はかからなかった」

「はぁー。そうやってすぐ言い訳するんだから。この間、お客さんを殴った件もまだ忘れてないよ。次、問題起こしたら即刻クビにするからね」


 俺からアルナさんへと飛び火し、危うくクビにまでなりかけてしまっている。

 お客さんを殴った件はよく分からないが、今回に関しては俺が挑発し、俺が煙を焚いた訳だからアルナさんは悪くない。

 ツンとしてそっぽを向いているアルナさんに変わり、俺が再び全力で平謝りする。


「お姉さん、本当に本当にすいませんでした」

「…………分かったよ。今回は許す。ただ次、何か問題を起こしたら坊やも出禁だから、覚悟しておくんだよ」


 なんとか矛を収めてくれたお姉さんは、深いため息を吐いた後に部屋から出て行った。

 そんなお姉さんの後ろ姿を見送り、部屋内では再びアルナさんと二人きりとなったのだが……正直、気まずいな。


 面と向かって啖呵を切ったのに敗北し、俺のせいで飛び火までさせてしまった。

 未だにジーッと見続けられているのも、居心地の悪さに拍車をかけている。


 とりあえず全てに対して謝罪をし、俺は一刻も早くここを立ち去ろうか。

 パーティメンバーの件は、流石にこうなってしまったら諦めるしかない。


「えーっと、アルナさん。すいませんでした! 挑発した上に奇策を取り、その策のせいでご迷惑をかける形になってしまいました。言い訳がましいですが挑発も本心ではなく、お気を悪くさせてしまっていたら本当に申し訳ございません」

「……………………」


 そう謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げたのだが……一向にアルナさんからの返答は戻ってこない。

 頭を下げた状態で目線だけ上にあげ、チラッと様子を確認したのだが、まるで人形のようにジーッと俺を見続けたまま、ピクリとも動かない様子。


 その沈黙に気まずさがピークに達し、とうとう痺れを切らした俺が退出を申し出ようとしたその瞬間。

 ようやくアルナさんは言葉を発し始めた。


「パーティメンバーの件はどうするの?」


 そんなアルナさんの言葉に、俺は思わず頭を上げて首を傾げてしまう。

 謝罪の返答が、‟パーティの件はどうするの”。

 脈略がない話のように感じてしまい、なんて返答したらいいのかが分からない。


「え、えー……。パーティメンバー……の件ですか?」


 聞かれたことをそのままにして聞き返すと、アルナさんは少しムッとした表情をした。

 アルナさんは常に無表情なのだが、口角の上がり具合でなんとなくではあるが、表情の変化を判別できるようになった気がする。


「そう。私とパーティ組みたいんでしょ?」

「でも、俺は一撃を入れることが出来なかったので」

「大丈夫」


 ……大丈夫の意味が分からない。

 この‟大丈夫”は、俺とパーティを組んでもいいって意味で捉えていいのか?


 性別は男で、実力でも認めさせることは出来なかった。

 普通に考えれば全くもって大丈夫ではないのだが……アルナさんは言葉足らずが過ぎる。


「えーっと、俺と組んで頂けるなら有難いんですけど、俺はアルナさんの条件を一つも満たしていませんが大丈夫なのでしょうか?」

「それはさっき大丈夫と言った」

「こっちとしても、しっかりと理由を教えて頂けると嬉しいのですが」

 

 その俺の言葉を聞き、下がっていた口角が更に下がった気がする。

 確かにアルナさんが良いと言っているのだから、理由なんかはなんでもいいのだろうけど……。

 

 これからパーティを組むとなったら、曖昧なままでは駄目だと俺は思った。

 アルナさんが悪い人ではないことはここまで話して分かっているが、【白のフェイラー】の二の舞を演じることだけは絶対にしたくない。


「パーティを組んでもいいと思ったのは実力を認めたから。無手から煙を発するなんて聞いたことがないことを考えると、何かしらの‟レア”持ちの可能性が高い。それに斬り下ろしの一撃に関しても、君は見えていないのと寸止めする気みたいだったから、振りが鈍くなってたようだけど、それでも重い一撃だったのは受けて分かった。性別に関しては男と組むと色々と面倒臭いから同性を探していただけ。君はいい意味で意気地がなさそうだから大丈夫と判断。…………ふぅー。これで満足?」


 早口且つ抑揚のない喋りで、俺とパーティを組んでもいいと思うに至った理由を羅列したアルナさん。

 何処かぼーっとしている人だと思っていたが、洞察力はかなり優れているのが分かる。


 初めて会って、それから間もなく実力試しの戦闘。

 俺のことなど一切知らないだろうに、‟レア”持ちであり斬り下ろしを加減したことまで完璧に見抜いている。

 可愛らしい見た目に反して強者なのは、今の説明を聞いて明白となった。


「ありがとうございます。自分の中で納得出来ました。アルナさんがそう仰ってくれるのでしたら、こちらとしては嬉しい限りです。これから一緒のパーティとしてよろしくお願い致します!」

「うん。よろしく」


 実力試しの戦闘に長々と喋ったことで疲れが出たのか、ピンと立っていた長いもふもふの耳はぺたんと二つ折りとなってしまっているアルナさん。

 ‟よろしく”の言葉は今までで一番覇気がなく、これから働かなければいけない人とは思えないほど疲弊している様子なのだが……。

 こちらとしてはパーティを組むとあれば、もう少しだけ話を詰めておきたい。


 ダンジョンを潜る際の条件等を早めに決めておきたいし、このパーティに加入するであろうギルド職員のことも早急に伝えないといけないからな。

 そっぽを向いて俺とはもう話す気ゼロのアルナさんに近づき、俺は無理やり話へと持っていくのであった。

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