第百九十三話 メンバー募集者とのご対面
渡された書類に記入をし、俺はそそくさと冒険者ギルドを出てきた。
受付嬢さんの冷めた視線が心にきてしまい、しっかりと質問もせず、逃げるように出てきてしまったのだ。
ただ、渡された書類に細かく規約と詳細が記載されていたため、契約内容についてはほぼほぼ把握できている。
規約については、守れないような難しいことは書かれていなかったし、普通の行動をしていれば規約違反になることはないはず。
不安点をあえて挙げるならば、規約が思いのほか細かすぎたため、知らず知らずのうちに破ってしまわないかだけだと思う。
それと、穴埋めのサポートを受けるための、ギルド職員1人に対しての依頼料なのだが、1日につき金貨1枚と銀貨5枚がかかると記載されていた。
俺が初めて依頼した【青の同盟】さん達への依頼料が、4日で金貨4枚だったことを考えると、トビアスさんの言っていた通り一般的なルーキー冒険者では支払えない金額だということが分かる。
俺も曲がりなりにもギルド職員として働いていたから分かるが、この穴埋めサービスは四方から色々と言われて無理やり設けたサービスなのだと思う。
サービスを受けさせるつもりはないけど、周りを納得させるために仕方なく――というのが、あの契約書と金額を通じて透けてみえた。
ここ十数年は使われていなかったサービスだから、今頃一部のギルド職員は色々な手続きや作業で忙しくなっているのだろうけど……。
ソロやコンビでダンジョン攻略をしている人がおらず、俺も仕方なしで利用させてもらっているため、お金をキッチリと支払うということで許してほしい。
そんな懺悔を心の中でしつつ、俺は『亜楽郷』へと戻ってきた。
辺りはまだ夕焼けで真っ赤に染まっていて、日は落ち切っていない時間帯なのだが、そそくさと冒険者ギルドを出てきてしまったせいでやることがなくなり、少し早いが戻ってきてしまったのだ。
『ラウダンジョン社』に顔を出し、トビアスさんに有用な情報だったことへのお礼を伝えに戻ることも考えたのだが、お礼を伝えるがためだけに本日二度目のお時間を取らせるのは、逆に迷惑だと感じて思い留まった。
情報を貰うためのお時間を貰ったのが、今日じゃなければお礼に行っていたところなんだけどね。
『亜楽郷』で長時間待たされることも覚悟しつつ、俺は『亜楽郷』のドアに手を掛けた。
中へと入ったのだが……やはりというべきか、店内はまだ静まり返っている。
「すいません。先ほど尋ねたルインですけど、店主さんいますか?」
今度は奥までは入らずに入口付近から声を掛けると、お店の奥からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
しばらく待っていると、奥から先ほど対応してくれたお姉さんが顔を覗かせ、俺の前へと来てくれた。
「あら。もう戻ってきたの? 夜に訪ねると言ってたのに随分と早かったね」
「早めに訪ねてしまい、申し訳ありません。こちらの用事が済んでしまいましたので、例の女性が出勤してくるまで、こちらで待たせて頂けないかなと思って早めに戻ってきたんです」
声を掛けてくれたお姉さんは、お昼に会った時のような気怠さが一切なくなっており、高級感のあるシックなドレスに身を包んで、お化粧も完璧にこなした状態となっていた。
やはり先ほどは寝ているところを俺が叩き起こしてしまい、寝起きの状態で俺に対応してくれたのだと思う。
……やはり、人は見た目で判断してはいけないな。
親切なお姉さんを怖いと感じてしまったことを心の中で猛省しつつ、俺は会話を進める。
「なるほどね。でも、丁度良かったと思うよ。さっきパーティメンバーを探しているっていったうちの従業員は、もう出勤してるからさ。営業開始前に話をつけてくるといいよ」
「本当ですか!? お姉さん、ありがとうございます!」
「私が早めの出勤を促した訳じゃないし、お礼なんかいらないよ。それよりも奥の右手側の部屋にいるから、ノックしてから入ってみるといい。坊やのことは話してあるから、すぐに本題へと入れると思うよ」
「分かりました! すぐに行ってみたいと思います!」
煙草を吸いながら、優しくそう言ってくれたお姉さんに深々と頭を下げ、俺は教えて貰った通りに奥の右手側の部屋へと向かう。
正直、長時間待つことも考えていたから、こうしてすぐに顔合わせさせて貰えたのは嬉しい。
緊張で手のひらに汗が滲んでいくのを感じながら、俺は右奥の部屋の前へと立った。
扉を数回ノックし、中からの反応を待っていると、少し間が空いてから無機質な声が返ってきた。
「どうぞ」
「……失礼します」
俺は恐る恐る部屋の中へと入ると……。
そこには、頭の天辺付近にモフモフの長い耳のあるスーツの女性が立っていた。
体毛が白く、髪の毛は肩口辺りまでのショートヘアーで、目はクリッとしていて大きく、燃えるような赤い瞳。
頭付近にあるモフモフの長い耳も合わさって、非常に愛嬌のある可愛らしい顔立ちをしているはずなのだが……。
無表情かつ、スラッとした長身でスーツを完璧に着こなしているため、近寄り難いオーラを全身から発しているように感じてしまう。
この女性も恐らく、『ぽんぽこ亭』のルースちゃんやそのお母さんと同じ亜人なのだろう。
失礼かもしれないけど、何処か魔物の‟ホーンラビット”に似た雰囲気だと俺は思ってしまった。
「なに? ジッと見て」
「すっ、すいません! 店主さんから聞いてると思いますが、私はパーティメンバーを探しているルインと申します!」
冷や水をぶっかけられたのではと感じるほど、感情の籠っていない冷たい言葉を浴びせられ、俺は慌てて自己紹介を行う。
自己紹介と同時に、握手をするために手も差し出したのだが……その手は握り返されることはなく、差し出された手など見えていないかのように、完璧にスルーされてしまった。
「私はアルナ。私もパーティメンバーの募集をしているけど、君は私が募集している条件は知っていて来たの?」
「え、えーっと……。はい。……女性の方を探していると、店主さんからは聞いています」
圧のある喋り方に、つい言葉を詰まらせてしまう。
口ぶりから考えれば、女性のパーティメンバーを探しているのに、なんで男のお前が来たんだと言いたいのだろうけど……。
口調が無機質故に、怒っているのかどうかすら伝わってこないのだ。
「それだけじゃない。私は女性で強い人を探してる。君はそのどちらにも当てはまらない」
淡々とそう告げてきた女性。
怖いし、謝ってすぐにでも退散したいところだが……ギルド職員を2人借りるとなると半年はかかると言われたし、その期間で『青の同盟』さん達に致命的な差をつけられてしまう。
ソロでパーティを募集している人など、本当にこの人ぐらいしかいないし……。
俺の立場上、簡単には諦められない。
「確かに……私は女性ではないですけど、実力ならばあると自負しています。失礼かもしれませんけど、アルナさんよりも強いと思いますよ」
面と向かってそう告げた俺に対し、初めて口角をピクリと動かしたアルナさん。
初対面の人に失礼な態度だが、こうしてハッタリをかけることしか打開出来る術を思いつかなかったのだ。
「それは面白い冗談。でも……君がそう言い切るのなら、この場で私を認めさせることが出来たら、パーティ加入を検討してあげてもいい」
不機嫌にさせ、即退出を言い渡されてもおかしくない態度を取ったのだが、どうやら面白がってくれたようだ。
見た目や雰囲気から考え、アルナさんは本気で俺を弱いと判断している様子。
油断しているアルナさんに対し、認めさせるため本気の打ち込みを行ってもいいのだが……。
アルナさんからはアーメッドさんやキルティさんと同じ、強者の匂いがぷんぷんと漂っているんだよなぁ。
だとするなら、もう一つ上のアルナさんが予想していないであろう行動を取らなければ、簡単に対応されてしまう可能性が高い。
俺は頭をフル回転させ、認めてもらうための動きをシミュレートしてから、俺はさも自信あり気に宣言する。
「分かりました。この場で一撃打ち込ませて頂きます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます