第二十五話 優しい人たち


「それじゃ、今後も取引をしてくれるんですか?」

「ああ、もちろんだよ。腕があることは今回の取引で分かったからね。……それにしても良いことを聞いた。今まで何度か低品質の薬草を叩き返されていたけど、あれはルインの仕業だね?」

「そうですね。ある程度の基準を決めて、その基準よりも低い植物に関しては送り返す――と言う仕事をしていました」

「なるほど。それならこの品質の植物を持ってきたことも頷けるのう。……ん? ということはルインが辞めた今、治療師ギルドのガードは緩々という訳か。これは低い品質の植物を卸す絶好機だな。くくく、それは本当にいいことを聞いたの」


 なにかを企んでいる様子のおばあさんに、俺は思わず苦笑いしてしまう。

 おばあさんがなにを企んでいるかは分からないけど、ヘマだけには気をつけてほしいな。


 それからおばあさんと少し話をし、今の治療師ギルドについて簡単に教えてもらった。

 どうやら俺が辞めてから間もなく、なにやら治療師ギルドで大きな問題を起こしたらしく、その対応のためギルド長は今この街を発って王都にいるらしい。

 だから、俺の包囲網も中途半端で終わっているようだ。


 正直、ざまあみろと言う気持ちがないと言えば嘘になるが、人が落ちぶれる様を見て喜ぶブランドンのようにはなりたくないという気持ちが強い。

 まさしく、人の振り見て我が振り直せ。ブランドンを反面教師に俺は生きて行こうと決めたからな。

 


 治療師ギルドの話で盛り上がり、話が一段落ついたところで、とある質問をおばあさんにする。

 そう。あの白金貨1枚で売られている超高額植物のことだ。


「あの、話ついでに一ついいですか? あの高値で売られている『イミュニティ草』ってなんなんですか?」

「イミュニティ草かい? 実はあの植物に関してはワタシもよく分かっていなくてね。毒が効かなくなるって噂されていた植物に酷似しているから、高く売っているってだけなんだ。物好きが買ったらそれだけでボロ儲け。それに売れなくても名物商品にもなるかなと思ってたんだけど……まぁ売れないし、名物商品にもならないねぇ」

「そうなんですか。てっきりあの高値だったので、死者を蘇生できる効果でもあるのかと思っていました」

「くくく。もし死者を蘇らせる効果があったのなら、白金貨1枚は安すぎるよ。白金貨100枚でも買う奴はいるだろうからね」

「白金貨100枚ですか……。なんか金銭感覚がおかしくなります」

「まあ、死者を蘇らせるなんてお伽ばなしだからね」


 死者蘇生の植物はとりあえず置いておいて、イミュニティ草はあの値段で効果がわからないのか。

 イミュニティ草を語っていたおばあさんの顔は、悪い笑みだったから本当に分からないのだろう。

 なにか凄い効果が確約されているのであれば、お金をかき集めてでも購入を検討していたのだが、効果不明では流石に手が出ない。


「おばあさん、あともう一つだけ聞いてもいいですか?」

「ん? ワタシが答えられることなら聞いとくれ」

「ありがとうございます。……あの、ダンベル草ってご存じですか?」


 もう一つの聞こうと思っていた、ダンベル草についても俺は尋ねる。

 結局、翌日経った今でも変化は訪れていない。

 おばあさんが、ダンベル草についての詳しい情報を持っていれば助かるのだが。


「ダンベル草……? いいや、聞いたこともない植物だね。それはどんな植物なんだい?」

「見た目は雑草みたいな植物なんですけど、全身が痺れるほどの苦みを持っている植物なんですが」

「ん? それってただの雑草なんじゃないか? ニガミ草って言う今の症状と同じ雑草を聞いたことがあるよ」


 うーん。おばあさんでも知らないのか。

 それとも世間的には詳しい効果が分からないため、ニガミ草で通っていたりしているのか?

 どちらにせよ、収穫はゼロってところかな。


「ニガミ草ですか。ちょっと自分でも調べてみます! 今日は色々と本当にありがとうございました! また、植物を収穫しましたら持ってきますので、そのときはよろしくお願いします!」

「ワタシの方こそありがとうね。その時はまた買い取らせてもらうよ。……それから、治療師のギルド長に負けるんじゃないよ!」

「何を以て勝ちなのかは分かりませんが、勝ちます!」


 こうして笑顔のおばあさんに挨拶をしてから、俺は『エルフの涙』を後にした。

 博識の優しいおばあさんだったし、【青の同盟】に続き、いい出会いが出来た。

 治療師ギルドで働いていたときは、常に孤独を感じていたが、一歩外に出て見れば俺に対しても優しくしてくれる人がいる。


 正直、治療師ギルドで死ぬまで雇われていたとしたらと考えると……ゾッとするな。

 クビにされたときはあれだけドン底の気分だったのに、今振り返ると雇われたままだった方が絶望的と思えるのだから、人生というものは不思議だと思う。


 俺がどれだけ狭い世界に閉じこもっていたのかが分かり、それと同時に広い世界を見て回ってみたいとも思い始めている。

 ……いや、流石にそれは先を見据えすぎか。

 まだちょっとお金を稼げただけだしな。


 ただいつか、明日の生活を考えなくても大丈夫なほどのお金と、魔物とも戦えるような力を得ることできたら、この街を飛び出してみたい。

 漠然とだが俺はそんな夢を抱いた。


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