第九十一話 変化への心配


 グレゼスタを出発した俺達はいつもの道を歩き、談笑しながらコルネロ山へと目指す。

 前々回、前回と襲われているため、少し不安があるのは事実だが、【鉄の歯車】さんがいれば今回も大丈夫だろう。


 —―あっ、そうだ。【鉄の歯車】さん達で一つ思い出したことがあった!


「ねぇ……少し話が変わるんだけど、【鉄の歯車】さんの冒険者ランク、Eランクに上がったんだね! 昨日、受付嬢さんから聞いて驚いたよ。……かなり早い部類だって受付嬢さんも言っていたし、凄いことなんじゃないの?」

「そうっ! そうなんだよ! つい一週間前なんだけど、FランクからEランクに上がったんだ! ランクが上がるのが早いとかはあまり意識してなかったけど、こうして分かりやすい評価として認めて貰えたのは、努力が実を結んだ気がして嬉しかったなぁ……」


 嬉しそうにそう言ったライラの言葉に、俺はもの凄く共感した。

 俺自身は周りから評価してもらったとかではないけど、頑張って鍛えたことが実感できる瞬間と言うのは本当に嬉しいからな。

 うんうんと首を縦に振って、俺はライラの言葉に同意する。


「ランクが上がってまだ一週間しか経ってないけど、依頼料も上がったし、Eランクの恩恵をかなり感じられているよな。この調子でガンガンランクを上げたいところだぜ」

「いやいや、バーンさん。ランクは上がったばかりが危険だと教わったばかりじゃないですか。あまり調子に乗らないようにして、地に足つけて地道に行きましょう」

「……そうですね。私達に出来る事をやっていけば、今回のように認めてもらえますし……これからもスタンスは変えないようにしましょう」


 ライラやバーンが大きなことを言い、ポルタとニーナが宥める。

 本当にバランスが取れた良いパーティだなと思う。

 そんな四人の会話を俺はニコニコと聞きながら、俺達は無事にコルネロ山へと到着したのだった。



「さてと、着いたな……やっぱ流石にちょっと緊張するな」

「そうだね。……どうしても、アングリーウルフに追われたことを思い出しちゃうよ」

「前回は正直、不運だっただけだと思いますけどね。聞いた話では前回以降、コルネロ山での被害は出ていないと聞いていますから」


 やはり【鉄の歯車】さん達も前回のことが頭に過ぎるのか、ぼそりと不安を口々に漏らした。

 前々回の一人で山に置いていかれた程ではないが、前回のアングリーウルフの群れに追われたときの、背後から徐々に詰められていく感覚はかなりの恐怖は感じたもんな。


「……大丈夫です。前回も襲われながらもなんとか出来たんですし、今回だって仮に襲われたとしてもなんとかできますよ」


 ニーナが笑顔でそう声を掛けると、三人の少しピリついていた空気が緩んだのを感じる。

 ニーナの言葉にかなり落ち着けた俺達は、一度みんなで深呼吸をしてから、山の中腹に向けてコルネロ山を登り始めたのだった。

 

 道中の感じ的には、異変が起こってるようには見えないし、【蒼の宝玉】さんが対処してくれたお陰で、本当に事態が収まったのではと思ってしまうほどに平和。

 山に入る前の不安とは裏腹に、実にあっさりと前回拠点にした渓流付近の開けた場所まで辿り着き、全員でふぅーと一つ息を漏らしたのだった。


「なんの問題もなく、無事に到着出来たね!」

「そうだな。それじゃ早速、前回と同じようにテントの班と護衛で別れて仕事をするか?」

「そうだねっ! 今回も前回と同じでいいんじゃない? 私とニーナがテント建てとご飯作り。バーンとポルタがルインの護衛で!」

「ルインさんがそれでいいなら、それで行きましょう。ルインさん、それで大丈夫ですか?」

「うん。その辺の役割については、【鉄の歯車】さんに全て任せるよ。俺が口出ししない方が確実だからね!」

「分かりました。それでは、前回と同じように僕とバーンさんで護衛に当たりますので、採取に行きましょう!」


 役割分担が決まったところで、前回と同じように男三人で植物採取へと向かう。

 この間は1時の方向を採取したため、今回は2時の方向へ向かって歩き出した。



「……なあ、ルイン。一つ質問していいか?」


 採取地に向かって歩いている最中、バーンが真剣な表情で質問してくる。

 バーンのあまりの真剣な表情に、俺は少し動揺してしまう。


「全然大丈夫だけど……なんかあった?」

「なんかと言うよりか……その体つきのことだよ。ポルタほどじゃねぇけど、流石に俺も気になるわ。一体この一ヵ月間、なにをしてたんだ?」


 バーンが真剣な表情で聞いて来たのは、俺の肉体についてだった。

 アングリーウルフ関連かとも思ったから、一先ず何もなさそうでよかった。

 そんなバーンの質問にポルタも過敏に反応し、ジーっと俺の方を見ている。


 そう言えば昨日、ポルタにトレーニング内容を説明しようと思っていたのに、まだしていなかったな。

 バーンも気になっているようだし、二人に教えようか。


「何をしてたって程のことはしてないよ。一ヵ月間、引きこもってずっと筋トレして剣を振ってたんだ。怪我するギリギリでトレーニングを行って、限度を超えて怪我をしたら回復スライムで回復。それの繰り返しを一ヵ月間、ずっとやってただけだよ」


 俺がこの一ヵ月間のトレーニング内容を教えると、少し引いたような表情を見せたバーン。

 聞いてきたから教えたのに、引かれると少し悲しくなるな。


「怪我するレベルの筋トレと素振りってなんだそれ。……正直、想像がつかないし、想像したくないが、ルインが本気でトレーニングしてたってことだけは分かったわ。……それでさ、ルインが鍛え始めたのって前回、襲われたことが関係していたりするか?」


 ちょっと申し訳ない表情且つ、俯きながらバーンがそう聞いて来た。

 ……前回襲われたことも関係ないことはないが、特訓自体はそれ以前から計画していたからなぁ。

 なんて答えたらいいのか迷うが、素直にそのまま答えようか。


「関係してないことはないけど、自分を鍛えることは前々から決めてたことだよ! なんでバーンはそんなこと気になったの?」

「いや……。俺達が不甲斐なかったせいで、ルインが自分も強くならなくちゃと思わせてしまったなら……本当に申し訳なかったなと思ってさ」

「そんなことないよ! 前も言ったけど、不甲斐ないどころか本当に心強かったから! 俺が強くなるのは前々から決めてたことだし、そう言った意味では全く関係ないから気にしないで大丈夫だよ」


 俺がそう伝えると、バーンはホッとした様子ではにかんだ。

 バーンは、口が少し悪いがこうやって俺に対しても常に気を遣ってくれ、本当に優しい。

 お兄ちゃんがいたのなら、こんな感じだったのかなぁと勝手に想像してしまう。


「……それなら良かった。ルインのあまりの変化に、余計な勘繰りをしちまったな」

「バーン、心配してくれてありがとね。それと、心配させちゃってごめん。鍛える理由とか事前に言っておけばよかったね」


 それからバーンと談笑しながら、俺達は採取地へと辿り着いた。

 安堵した表情のバーンとは裏腹に、ポルタはと言うと俺の一ヵ月間のトレーニング内容を聞いてから、ずっと顔を真っ青にさせていた。


 前回、体を鍛えなきゃいけないとかなんとか言っていた気がするから、もしかしたら楽なトレーニング方法があると思ったのだろうか。

 ダンベル草の効能を調べるためにも……ポルタには是非、俺のトレーニング方法を試してもらいたいところだけど、この表情的には難しそうだな。

 

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