第百八十八話 ラウダンジョン社


 『ラウダンジョン社』に向かうため、メインストリートで聞き込みをしてたどり着いたのは、街のハズレにある寂れた飲み屋街。

 この街で一番の娯楽である、ダンジョンに関する新聞や本を制作、出版している会社のため、俺はてっきりメインストリートの一等地にあると思っていたのだが……。


 この飲み屋に挟まれた細長い二階建ての建物が、どうやら『ラウダンジョン社』らしい。

 完全な同業であるはずの『ダンジョンペンデント社』は、ランダウストで一番目立つ場所に建っていたから、この産業が儲からない訳ではないということは分かっている。

 トビアスさん自身もダンジョン産業だけで、このランダウストの経済を回していると言っていたし。


 となると、単純に『ラウダンジョン社』が悪いという話になるんだけど……。

 他社と読み比べた限りでは、特段駄目な部分はなかったどころか、『ラウダンジョン社』の新聞と本が一番読みやすく、情報もキッチリと載っていたように俺は感じた。


 まあ、その辺のことに関しては、いくら考察しても分からないか。

 儲かってはいるけど、あえてこの建物にかまえている可能性だってあるしね。

 建物の外観の雰囲気で中に入るのを躊躇していたが、そう結論付けた俺は意を決して中へと入った。

 

 建物の中に入ってすぐに見えたのは、大量の書類と様々な機材が乱雑に置かれた部屋。

 一瞬、入る建物を間違えたかと思ったが、どうやら1階部分は倉庫となっているようで、奥には階段が見える。


 あの階段を上がっていけば、『ラウダンジョン社』のオフィスがあるのだろう。

 俺は乱雑に置かれたものを踏まないように注意しながら、今にも崩れそうな階段を上った。


 階段を上った先には扉があり、奥には人の気配がする。

 俺はその扉をノックしてからゆっくりと開けると、中は汚らしいながらもオフィスとなっており、数人の記者さんらしき人物の姿が見える。

 ただ1人を除いては全員机に伏しており、ノックして入室した俺に気づいた様子すら見せていない。


「…………ここは新聞社よ。迷い込んだのなら、ここは生憎人手が足りていないから、隣の居酒屋にいってくれるかしら」


 唯一、机に伏しておらず俺の入室に気が付いた女性が、疲れ切った声音でそう告げてきた。

 その女性は非常に幸が薄そうな暗い雰囲気の女性。

 更に酷い目のクマと真っ赤に染まった充血に加え、血の気のない薄青い唇のせいで今にも死んでしまうのではないかという危うさすら覚える。


 ……っと、違う違う。

 初対面の人相手に失礼なことを考えていないで、早く迷い込んだ訳ではないと伝えなければならない。


「いきなり押し掛けてすいません。実は迷い込んだ訳ではなく、トビアスさんって方を訪ねてやってきたのですが……こちらの会社に在籍していますでしょうか?」


 俺が女性にそう尋ねると、酷く嫌そうな表情を見せてから、ゆっくりと立ち上がった。

 すると、少し離れた机で突っ伏している人の下まで歩き、頭を軽く引っぱたく。


「――んがぁッ!? …………ジュノーか。どうした、何かあったのか?」


 女性が取った行動に俺はぎょっとしてしまったが、なんと頭を叩かれ起こされた男性はトビアスさんだった。

 机に伏していたから、トビアスさんがいたことに全く気づかなかったな。

 

「貴方にお客さん。対応してあげて」

「……俺に? 客なんて思い当たらないが……」


 そう呟いてから、俺の方をゆっくりと向いたトビアスさん。

 寝起きだったせいもあり、とろんとした眠そうな目をしていたのだが、俺を見た瞬間に両目を大きく開かせた。


「――ルインか! もしかして、記事にさせてくれる気になったのか!?」


 トビアスさんは乱雑に立ち上がると、早足で俺の方まで歩いて来る。

 そういえば四日前に会った時の最後に、『ラウダンジョン社』で俺のことを記事にさせてほしいと頼まれていたのを思い出した。


「い、いえ。すみませんが、記事にしてほしいとかで訪れた訳ではないんです」


 寝起きのはずなのにテンションの高いトビアスさんに、俺は申し訳なくそう伝えたのだが、その言葉を聞いてもトビアスさんのテンションが落ちることはない。

 

「そうかそうか。それは残念だが、また俺に会いに来てくれたのは嬉しいぜ。ちょっと待っててくれ。すぐ話が出来るように応接室を片付けてくるからよ」


 そういうと、嬉しそうに笑みを浮かべながら俺の肩を叩き、オフィスの隣の部屋へと入って行ったトビアスさん。

 ……なんでこんなに歓迎されているのだろうか。

 単純にトビアスさんが優しい人で、顔見知りの俺に優しくしてくれているという線もあるが、テンションの高さは少しおかしい気もする。

 

 トビアスさんの歓迎っぷりに疑問を感じていると、俺と同じように小首を傾げながら俺の下へと歩いてきたジュノーと呼ばれた幸の薄そうな女性。

 トビアスさんが入って行った応接室をジッと見ているため、ジュノーさんもトビアスさんの態度に疑問を持っている様子。


「…………本当にトビアスのお客さんだったのね。あんなにテンションの高いトビアスを見たのは初めてだわ。あなた一体何者なの?」

「私は何者でもないです。トビアスさんとはたまたま知り合えて、一方的に良くして貰っているってだけですので」

「トビアスは利のない相手に良くする、そんな性格じゃないわ。寝起きであのはしゃぎようもおかしいし……。一体何を隠しているのかしら?」


 だるそうな雰囲気から一転し、急に俺を詰めてきたジュノーさん。

 利として思い当たる節としては、俺を記事にしたいってことだろうけど……大利だとは思わないし、単純に優しくしてくれているだけだと俺は思っている。


「別に何も隠していませんけ——」

「おいっ、ルインッ! 片付けが終わったからこっちに来てくれ!」

「あっ、はい! 今行きます」


 ジュノーさんに返事をし切る前に、片付けを終えたというトビアスさんからお呼びの声が掛かってしまった。

 未だに納得のいっていなそうな表情をしているジュノーさんに、俺は軽く会釈をしてからトビアスさんが入って行った応接室へと向かう。

 少し名残惜しいが頭を切り替えて、目的であるダンジョンの情報を教えてもらいにいこうか。

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