第百八十九話 質問の対価
トビアスさんに案内されたまま、応接室の席へと着く。
部屋の端には書類が山積みにされており、急いで片付けたのが伺えた。
その書類の日付が数年前のものなのを考えると、応接室自体あまり使われていないのだろう。
「すまんな、汚くてよ。本当は場所を変えた方がいいんだろうけど、この辺りは飲み屋しかねぇから」
「いえいえ。気になさらなくて大丈夫です。いきなり押しかけたのはこちらですし、謝罪をしなくてはいけないのは俺の方ですから」
謝罪してきたトビアスさんに、俺は全力で否定する。
伝えた通り、連絡も入れずに押しかけたのは俺の方だからな。
「そう言ってくれると助かる。――それで、ルインは俺に一体何の用でやってきたんだ?」
「あの……実は、ダンジョンについて詳しく教えて頂けないかと思いまして」
俺が要件を伝えると、トビアスさんは少し口角を上げたように見えた。
寝ているところを叩き起こした上に、要件は一方的な質問。
質問内容もトビアスさんの仕事に直結することだし、下手したらキレられてもおかしくないと思っていたのだが……。
この反応は少し意外だった。
やはりトビアスさんは、単純に良い人なのだろう。
「ダンジョンについてか。確かにそれならば、俺を訪ねてくるのは正解ってもんだな。……以前、話した内容よりも詳しく聞きたいってことで大丈夫か?」
「そうですね。トビアスさんの仕事にも関わることですし、そう簡単には話して貰えないとは思いますが……。どうしても、自分一人の力でダンジョン攻略をしなければいけなくなりまして、情報を頂けないかと思って尋ねてきたんです」
情報を知りたい事情を簡潔に伝える。
この反応からみて情報は貰えそうだが、はたして情報に見合った謝礼を俺が支払えるかどうかがかなり怪しい。
買い物でお金もかなり使ってしまったからな。
「なるほど。事情はなんとなくだが分かったぜ。そういうことなら俺の知っていることなら教えてやるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「――ただし! 一つだけ条件があるんだ。それを飲んでくれるって条件付きだが大丈夫か?」
二つ返事で了承してくれたことに、俺は喜びを隠せなかったのだが……。
やはり何かしらの条件を出してくるよな。
無茶な条件じゃなければいいのだが、情報の価値に見合う位の対価を要求されることは覚悟しておいた方が良さそうだ。
「やはり条件はありますよね……。俺に出来ることでしたら、喜んで条件を飲ませて頂きます」
「なーに、そんなに固くならなくていい。それほど厳しい要求をする気はないからな。……俺が情報を教える代わりとして、一週間に一度ほどの頻度でダンジョンについての取材をさせて欲しいんだ。もちろん無償ではなく、取材に見合った対価は支払わせてもらう」
トビアスさんからの予想外の提案に、俺は目をまんまるくさせてしまう。
てっきり金銭や宝石、ダンジョンでしか入手できないアイテム等の現物品を要求されると思っていたが、条件はまさかの取材を受けてほしいというもの。
取材で時間を取られるのは痛いが週に一回程度ならば気にはならないし、まさかの取材料も頂ける。
期待に見合った取材を俺が出来るかどうかだけがネックだが、この条件ならば飲まない手はない。
「条件が取材を受けるだけで良いのでしたら、こちらは全く問題ないのですが……。トビアスさんの期待に沿える可能性は極めて低いと思いますけど、その辺は大丈夫でしょうか?」
「ああ! 俺も半分は賭けみたいな気持ちだし、ルインが良い記事になるように——とかは考えなくて大丈夫だ」
トビアスさんがそう言ってくれるなら、何の心配もなくなった。
もちろん俺も、やるからにはできる限りのことはするが、面白い記事になるような出来事をトビアスさんに提供できる保証はない。
俺に求めるハードルが高い訳ではないと分かっただけで、こちらもかなり引き受けやすくなった。
「そういうことでしたら何も問題ありません。定期的に取材を受けるという条件を飲ませて頂きます」
「よしよし、そりゃ良かった。取材の件の詳しい契約内容は後で話すとして……。まずは、ルインの質問から答える。ただの知り合いから同労者となったんだからな。隠し事はなしで、俺の知っていることなら全て話すぜ」
‟知っていることを全て話す”。
記者さんが発すると、非常に頼もしい言葉に聞こえる。
俺はトビアスさんのその言葉に甘え、ダンジョン攻略について知りたいことをとにかく聞いてみることに決めた。
「それじゃまずは……。一番気になっていることから聞かせて頂きます。俺がダンジョンを攻略しなければいけないということは、先ほど軽く話したと思うのですが……ランダウストのダンジョンをソロで攻略することって可能なのでしょうか?」
俺が今、一番気になっていること。
それはソロでのダンジョン攻略が可能かどうかについて。
俺のダンジョン攻略の目的が「【青の同盟】に加入するため」なのを考えると、安易にパーティは組めないからな。
【青の同盟】の到達階層に追いついた時点で、俺は組んだパーティを抜けるだろうし、そんな自分勝手のために他人を巻き込むのはなるべく避けたいのだ。
ただ俺が現状で得ている知識では、ソロ攻略は不可能と断言できるほど、ランダウストのダンジョンが厳しい場所なのも事実。
ダンジョン専門の記者さんであるトビアスさんならば、ソロでもダンジョンを攻略できる術を知っているかと思い、薄い望みに賭けて質問してみたという訳なのだ。
「……いきなり答え難い質問だな。まあ、ルインも新聞や本、ダンジョンモニターを見たから分かると思うが、ソロでのダンジョン攻略はほぼ不可能だな」
……やはりトビアスさんも俺と意見は変わらず、ソロでのダンジョン攻略は無謀と捉えるか。
まあ、俺自身が低階層ですら四苦八苦していたし、ソロでの攻略が厳しいことは身を以って体験したからな。
「一切の攻撃を通さない体。長時間休憩を取らず且つ、大容量の荷物を運べる無尽蔵のスタミナ。そして、全ての魔物を一撃で屠れる圧倒的な力。この3つを兼ね備えた人物なら、不可能ではないと思えるだろうが……俺はそんな人物を見たことがない点から、ソロでのダンジョン攻略はほぼ不可能と言える」
「やはりソロでのダンジョン攻略は厳しいんですね」
「そうだな。だからこそ、ソロでダンジョンに潜ったルインに対し、話題性を求めて方々の記者が声を掛けてきたって訳だ。単純にルインのポテンシャルが高いってのも、大きな要因の一つではあったけどな」
なるほど。色々と合点がいった。
あの時は低階層で引き返す予定だったし、低階層で出現する魔物なら余裕だからという考えで、俺は1人でダンジョンに潜った訳だが……。
確かに傍から見たら、無謀な挑戦をする面白そうな少年として見られていた訳なんだな。
トビアスさんが助けてくれず、記者さんの口車に乗せられてソロ攻略を大々的に記事にされていたらと思うと……。
記事を見た周りの視線が期待を持った視線へと変わり、ソロ攻略を止める選択肢を取り辛くなっている自分が鮮明に想像できた。
「…………改めて、あの時は助けて頂きありがとうございました!」
「へっへっへ。まあ、俺もルインと仲良くなりたいっていう欲があった訳だし気にするな。それよりもドンドン質問をしてこい」
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