第二百七十三話 くすんだ黄金の部屋
「ふぅー。下へと続く階段が見えました! 予想以上に魔物と遭遇しましたね」
「この階層は砂嵐が鬱陶しすぎて、索敵への意識が中途半端になったせい」
「索敵に加えて、戦闘でもメインアタッカーで参加させてすいません。アルナさん、ロザリーさん」
「もう謝らなくていいって。このやり取りが本当に面倒くさいから」
疲れた様子を見せている二人に頭を下げたのだが、心底面倒くさい表情で軽く流されてしまった。
アルナさんはそのまま先頭で階段を下り始めると、丁度中間の位置で腰を下ろし、アルカレスの実を割って飲み始めた。
階段を下り切れば『仮面の女王』との戦闘が始まる。
ここがボス戦前の最後の休憩となる訳だし、出来る限り休んでからボス戦に臨みたいところ。
「それで、ボス戦の作戦は決まったの? 何もなしだったら流石に許さないけど」
「決まってます! まずはボスについての説明からさせてもらいますね。また上の階層から魔物が現れても困りますので、かなり簡潔に話しますが理解の方お願いします」
そう断りを入れてから、俺は二十八階層を歩きながら頭の中でまとめた、『仮面の女王』についての情報を二人に説明する。
必要な情報だけを話したため話自体は上手くまとまっていないのだが、なんとか理解した様子で頷いてくれた。
「――とまぁ、俺が覚えている限りの『仮面の女王』についての情報はこんな感じです」
「分かり難かったけど、まぁ大丈夫だと思う」
「私も理解できました! 注意すべきは『仮面の女王』自体じゃなくミイラであって、倒し方も工夫をしなければいけないんですよね?」
「そうですね。普通の魔物や生物と違うので、しっかり頭を狙って倒しきる意識を持ってください」
「それで、魔力切れを狙うのかそれとも直接倒しにいくのか。どっちのパターンで行くかは決めたの?」
そう、重要なのは俺がずっと頭を悩ませていたこの問題。
悩みに悩んだ末に出した結論は……
「魔力切れを狙いたいと思います」
俺が怪我をしていて、二人の体力も削られている。
ボス戦への準備も万全とはいえないし、早期決着をつけた方がいいのではと何度も考えたが、こういった状況だからこそ大変ではあるが全滅のリスクの低い選択をするべきという結論に至った。
「万が一、ドラゴンミイラを召喚させてしまったら終わりですもんね。厳しい戦いになると思いますけど、私は良い選択だと思います!」
「ミイラとの連戦に次ぐ連戦か。最後の最後で怠い」
「『仮面の女王』を突破すればセーフエリアです。全てをつぎ込むつもりで頑張りましょう」
二人を鼓舞してから、クールミント草を口に入れて少しの休養を堪能する。
三人が三人とも、疲労によって足が震えていて玉のような汗が全身から噴き出ているが、そろそろ休憩を切り上げて二十九階層へと向かわないといけない。
「まだ数分しか休めてませんが、そろそろ行きましょうか」
「ん。上で魔物の気配がし始めてるしね」
「次の戦闘が終わればゆっくり休める。次の戦闘が終わればゆっくり休める。……よっ、気合いを入れ直しました! いつでもいけます!」
地面に広げた荷物をまとめ直し、二十九階層へと下り立つ。
二十九階層の入り口はくすんだ黄金色のレンガの扉で塞がれており、俺はその扉をゆっくりと押して中の様子を確認した。
フロア内も扉と同じくすんだ黄金色のレンガで囲われており、真正面には神々しくも古びた玉座が置かれている。
そして、入口からその玉座までは赤いカーペットのようなものが敷かれており、その神々しい玉座には似つかわしくない、仮面を着けた人間の女性のような魔物が大きな杖を持って鎮座していた。
「あれが……『仮面の女王』でしょうか?」
「でしょうね。警戒を緩めないでください。いつ襲ってくるか分かりません」
「ん。ミイラを生み出した瞬間に射貫く」
俺達全員が部屋の中に入っても、仮面の女王は俺達の方を向いたまま一切動かない。
仮面を着けているためどこを見ているのかは分からないせいで、どう動いてくるかが予想出来ないのも非常に辛く、何の音も聞こえない静けさも相まって形容し難い重苦しい空気が流れ続けている。
通常の戦闘ならばアルナさんが矢を放ち、一気にこちらが有利な体勢に持っていけるのだが……。
仮面の女王には下手に攻撃を出来ないという状況のせいで、相手が動くまでひたすら待つという状況になってしまっている。
俺の激しく跳ねる心臓の音に、隣に立つロザリーさんの唾を飲み込む音。
普段なら聞こえない音が聞こえるほどの静寂の中、全神経を仮面の女王の一挙手一投足に向けていると、いきなり背後から轟くような地響きが鳴り始めた。
全員が全員、音が鳴った瞬間に振り返り武器を構えたのだが、音の正体は入口の扉がただ閉まった音。
慌てて振り返り仮面の女王に視線を戻すが、先ほどまで玉座に座ったまま微動だにすらしていなかった仮面の女王の姿が消えていた。
キョロキョロとフロア内を見渡すが、薄暗いフロアのどこにもその姿を確認出来ない。
「ルイン! 上!」
後ろのアルナさんの声によって慌てて天井を見上げると、天井にぶら下がっている壊れた照明のような場所に立つ仮面の女王の姿が見えた。
そして次の瞬間――。
「【サモンアンデッド】」
透き通るような綺麗な声が聞こえたと同時に、四方八方の地面から這い出るように次々とミイラが現れ始めた。
体格は二メートル程の全身を汚れた包帯で身を包んだミイラ。
ゆっくりとその姿が地上に現れたと同時に、全力で俺達に向かって駆けだしてきた。
「右側は俺、左側はロザリーさん。遠い位置にいるのはアルナさん!」
短くそう指示を飛ばしてから、俺は剣を引き抜き襲い掛かってくるミイラと対峙する。
こうして二十九階層のボスである、『仮面の女王』との戦闘が始まったのだった。
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