第二百七十四話 生み出されるミイラ
襲ってくるミイラの動きはかなり速い。
同じアンデッド族の魔物であるグールはゆったりとした動きなのだが、ミイラは普通の生物と同じような動きをしている。
ここまで速い動きならば、粘着爆弾を使って動きを止めにかかりたいところだが、ミイラはフロア中のありとあらゆる場所から生まれてくるため、位置によっては俺達が粘着爆弾に足を取られてしまう可能性があり使えない。
粉塵爆発の方は場合によっては使えそうではあるが、広いフロアとは決して言えないため使いどころは間違えないように気をつけなければいけない。
「ルイン頭下げて、【パワーアロー】。ロザリーは動かないで、【レインアロー】」
指示を出しながら、何時にもなく全開で矢を射ちまくっているアルナさん。
俺とロザリーさんが接敵していないミイラを中心に射っており、フロアの端から端まで全てを射程範囲としてミイラを次々と屠っている。
俺もそんなアルナさんに負けじと、襲ってくるミイラを冷静に見極めながら斬り伏せていく。
よしっ、大丈夫そうだ。十回ほど全力で剣を振ったが、体の痛みは感じていない。
階段での最後の休憩の際に【麻痺】の効能を持つクラーレの葉を生成し、傷口には入らないよう傷口周りに塗ったのが功を奏しているようだ。
痛みを発している部分を麻痺させて、無理やり痛みを感じなくさせているという荒業だが、上手くいったようで助かった。
戦闘後、麻痺が完全に切れたあとのことを考えると恐ろしいが、今は死なないためにも目の前の敵だけに集中する。
この仮面の女王戦で最も大事なのは、なんといってもミイラを屠る速度。
少しでも手こずれば、新たに生まれるミイラへの対処が遅くなり、数的不利の状況をいとも簡単に作られてしまう。
三人パーティとなれば尚更で、アルナさんがフロア全体を攻撃範囲としてミイラを倒しまくっているいるのにも関わらず、処理速度はかなりギリギリの状態。
「アルナさん。傷の具合が良いので、右を広くカバーします。少し休みつつ、遠くの敵のみに焦点をあてて下さい」
「ん。了解」
俺はそう指示を出し、馬車馬の如く序盤から飛ばしまくってくれているアルナさんに少しでも休みながら戦うように伝えた。
ミイラを倒す速度はギリギリの状態だが、俺が広くカバーすればまだ補うことが出来る。
次に生み出されてくるミイラに備え、アルナさんには少しでも休んでいて貰わないといけな――。
そこまで考えたところで、もはや歌のようになっていた仮面の女王の魔法詠唱がピタリと止まる。
目の前のミイラに意識を向けながらも、ちらりと天井に立っている仮面の女王に目を向けると、祈るような形で杖をかざし始めていた。
「ロザリーさん、アルナさん! 別種のミイラが来ます!」
「【サモン・アンデッドビースト】」
張り上げた声と仮面の女王の詠唱が、ほぼ同じタイミングでフロア内に響き渡った。
それからすぐに、フロアの中心に青光りした魔法陣が浮かび上がる。
くそっ、想定よりも速すぎる。
俺が確認していた限りでは、人型ミイラのみを召喚する時間がかなり続いていたはずなのだが、戦闘開始して数分しか経っていないのに獣のミイラの召喚をしてきた。
フロアにまだ人型ミイラが大量に残っているし、アルナさんが休む時間を少しでも作りたかったのだけど、こうなってしまったら仕方がない。
運が悪かったと割り切って全力で対処に当たる。
「アルナさん。休んでくれと言ったばかりですいませんが、全開で対処お願いします!」
「分かってる。残ってる人型を狙い射つ」
「私は獣のミイラを倒しに行きます! ルインさんは近い位置にいる人型ミイラをお願いします!」
仮面の女王の、このタイミングでの【サモン・アンデッドビースト】は予想外の行動だったのだが、俺が指示を飛ばす前に最適の行動に移ってくれている二人。
ロザリーさん一人で獣のミイラと戦わせてしまうのは怖いが、まずは人型ミイラを倒しきらなければいけない。
ここが序盤にして正念場と見た俺は、ホルダーからダンベル草のストレングスポーションを取り出す。
残り本数も少なく、手持ちのダンベル草ポーションもこの一本限りなのだが、ここが全力の出しどころと判断した。
相変わらずの酷い臭いに顔を歪めてしまうが、瓶を一気に傾けて全てを胃へと流し込む。
胃から逆流するダンベル草の臭いを堪えながら、足は決して止めずに襲ってきている一匹のミイラと対峙する。
ミイラの薙ぎ払いに近いパンチを躱し、すれ違い様に胴体を斬り裂く。
手ごたえは十分だし、普通の生物ならばこれで終わりなのだが……俺は即座に振り返り、腹から黒い液体を噴き出しながら襲いかかろうとしているミイラの首を跳ね飛ばす。
跳ね飛ばしたミイラの首は、くすんだ黄金色のフロアの壁に当たると勢いなく下へと落ちた。
落ちたあともパクパクと口を動かしていたが、次第にその勢いはなくなっていき、動かなくなったと同時に灰へと変わって消え去る。
…………ここ最近は、戦闘中倒した相手の様子にまで気に掛ける余裕がなかったのだが、今は嫌でも見たもの全てが情報として処理されていく感覚。
俺の心臓が飛び出るのかと思うほど速く鼓動し、その鼓動に呼応するかのように体の全てが超反応を示している。
やはり、『エルフの涙』のおばあさんお手製ストレングスポーションの効能は凄まじい。
久しぶりの自分の体ではない感覚に高揚する気持ちを必死に押さえつつも、全てのミイラを屠ってやると決意し、俺は生み出されたミイラに向かって突っ走ったのだった。
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