第二百七十五話 呪い状態


 俺の近くにいる人型ミイラは三体。

 それと、ロザリーさんが持ち場を離れて獣のミイラの下へと向かったため、ロザリーさんが受け持っていた人型ミイラも含めると計六体か。……余裕だな。


 既に抜いている剣に加えてエレメンタルゴーレム用の短剣も引き抜き、俺は二刀の構えを取る。

 ただ、もちろん二刀流なんて練習すらしていないし、刃の長さも形状も違う二つの剣を上手く扱うなんてことは出来ない。


 だから針状の短剣の方は、投げて攻撃を加える中距離武器として使わせてもらう。

 本来の用途とは違うためアーサーさんには少し申し訳ない気持ちもあるが、今は手段にこだわるところではない。


 俺は近くに三体固まったミイラに目標を定め、まずは一番離れた人型ミイラに短剣を投げつけた。

 頭を粉砕するつもりで投げたのだが、流石にそこまでの威力はなく片目を潰してよろける程度に終わってしまったが――十分。


 一番近い位置にいる人型ミイラを上段斬りで一撃で絶命させ、もう一体を袈裟斬りで膝をつかせたところに回し蹴りで頭を飛ばす。

 そのまま失速せずに、目に刺さった短剣を押さえながらよろめいている人型ミイラの首を撥ねた。

 時間にして約十秒。上出来。


 転がった頭に突き刺さっている短剣を回収してから、ロザリーさんが請け負っていた三体の人型ミイラに目を向ける。

 通常の魔物であれば、同族の仲間が三体一気に瞬殺された瞬間に警戒モードへ入るのだが、アンデッドということもあるのか一切動きを変えず俺を囲うように近づいてきている。


 いつもなら苦笑いを浮かべてしまう不味い状況なのだが、今回に限って言えば好都合。

 要領は先ほどと同じように、正面の人型ミイラに対して短剣を思い切り投げつけて怯ませてから、背後にいる二匹の人型ミイラに斬りかかる。


 間合いを測りながら、一気に踏み込んで右腕を斬り飛ばし、バランスを崩して倒れかかったところの首を刈り取った。

 息つく暇もなく二体目に視線を向け、ノーモーションから体をバネのように使って全力で心臓付近を突く。


 人間とは違い、心臓部分を突き刺しても絶命しないのだが、人型ではあるため動きは著しく鈍る。

 連続で腹部、肩、首、そして最後に頭を突き、五体目の人型ミイラも倒しきった。


 最後に短剣を突き刺したミイラにトドメを刺そうと振り返ったのだが、先ほどの場所に人型ミイラの姿はなく、投げつけた針状の短剣だけがその場に落ちていた。

 どうやら今回は投擲の一撃だけで仕留めることが出来たようで、絶命したことによって灰となったのだろう。


 周りのミイラを全て屠ったし一息入れたいところだが、すぐにロザリーさんのカバーに向かわなければいけない。

 俺がフロア中央の魔法陣に視線を向けると、丁度召喚されたであろう犬型ミイラとロザリーさんが様子を窺い合っていた。


 犬型ミイラはロザリーさんの三倍ほどの体躯で、人型ミイラと同じく全身を包帯で包み込んでいる。

 ただ、人型ミイラが白い包帯なのに対して犬型ミイラは黒い包帯であり、包帯の色によって違いがあるのかどうかは分からないが危険な臭いがプンプンする。


 所々、包帯が解けている箇所から見える肉体部分は腐りかけていて、人型ミイラと同じく腐敗した体であることが分かるが、大きな口に生えている牙だけはしっかりとしていて、噛みつきに注意をしなければ一撃でやられる可能性が高いと感じた。

 

 それからしばらくの間、魔法陣を囲うように回りながら睨み合っていた犬型ミイラとロザリーさんだったが、仮面の女王の詠唱と同時に犬型ミイラが攻撃を開始。

 助走なしの素早い踏みつけ攻撃だったが、ロザリーさんは冷静にバックステップで対処。


 更に返しで前足に完璧な一撃を入れ、ロザリーさん優位に進んだように見えたのだが……。

 何故かロザリーさんは剣を地面へと落とし、手ぶらで無防備となったところに犬型ミイラの猛攻が始まった。

 ただ、剣を落としても冷静さは欠いていないようで、噛みつき攻撃を前へのローリングで華麗に躱し、続く体当たり攻撃を身を宙へと投げ出すようにしてギリギリで躱す。


「【パワーアロー】【ブレイクショット】」


 地面に転がるように回避したロザリーさんに追撃をしようと、犬型ミイラが反転、そして素早く前足での踏みつけへと移行したが、アルナさんの矢がそれを阻止。

 その攻防の間に、端にいた俺もフロア中央へと戻ることができ、犬型ミイラと無手のロザリーさんとの間に入ったことで犬型ミイラは動きを止め、再び場は膠着状態に変わった。


「ロザリーさん、大丈夫ですか?」

「はい。直撃はしなかったので怪我はないです。それよりもあの包帯には気を付けてください! 触れた瞬間に体が硬直してしまって、言い知れぬ恐怖を感じたんで咄嗟に剣を離したんですが……何か危険な感じがしました!」

「硬直……ですか。麻痺……いや、呪い状態か」


 頭をフル回転させ、すぐさま症状についての情報を思い出す。

 麻痺も似たような症状だが、接触による硬直だとすれば呪い状態しかない。


 呪い状態は硬直以外にも様々な症状が確認されている厄介な状態異常であり、オール草では治癒出来ない状態異常でもある。

 ロザリーさんの危機察知能力のお陰で、幸い完全なる呪い状態には陥っていないようだが、戦い方には気をつけなければ戦況が一気に傾いてしまう。

 ミイラと戦う上での注意点として呪い状態になるという情報は持ち合わせていなかったため、準備不足だったツケがきてしまったな。


「呪い状態……ですか?」

「ええ。あの黒い包帯には触れると、恐らく体が硬直したような状態異常が起こるのだと思います。とりあえず俺があの犬型ミイラの対処をしますので、ロザリーさんは剣を拾い次第、先ほど仮面の女王が召喚したミイラの対処をお願いします!」


 俺はロザリーさんに自分の知識を簡潔に伝えてから落とした剣の回収を手伝い、すぐに犬型ミイラと向かい合った。

 ロザリーさんには、仮面の女王が召喚した人型ミイラと鳥型ミイラの対処に当たってもらい、俺は犬型ミイラに集中する。


 ここからは攻撃を搔い潜りながら、包帯の解けた箇所に攻撃を当てるという芸当をやらなければならない。

 恐らくこの犬型ミイラに対する正解の択は遠距離攻撃だが、ストレングスポーションが効いている今ならやれる。

 針状短剣をいつでも投げられるように構えつつ、俺は睨むように静観している犬型ミイラに向かっていった。


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