第二百七十六話 犬型ミイラ
アングリーウルフの二倍ほどの体格をしているのにも関わらず、正面から見る限りはどこにも隙がないな。
真正面だと、包帯の巻かれていない箇所は口元と眼の部分のみ。
凶悪な牙を覗かせている顔を狙い打つのは、流石にリスクが高すぎるから却下として……まずは攻撃の通る場所を探しつつ、犬型ミイラの動きに対応できるよう頭に入れることも考える。
ロザリーさんとの戦闘を見る限り、かなりの強敵であることは間違いないのだが、この犬型ミイラも人型ミイラと同様に時間をかけて倒す余裕はない。
こうしている内にも、仮面の女王は次なるミイラを召喚しているため、スピーディに倒していかなければ数の暴力によって押し切られるからな。
やるべきことを自分の中に落とし込んでから、俺は速度を一気に上げて犬型ミイラに詰め寄った。
小走り状態から最高速に切り替えたため、動きについてこれていなければこのまま攻撃を叩き込んでやろうと考えていたのだが、視線はしっかりと俺を捉えている様子。
それならば……思い切り踏み込んで上段から斬りかかると見せかけてから、横へと一気に移動する。
フェイントをかけて揺さぶったことによって右側面へと回り込むことができ、俺はすぐに攻撃出来る箇所の確認を行う。
包帯が緩んでいる場所が六ヵ所あり、その内の二カ所が包帯の繋ぎ目。
繋ぎ目に上手く短剣を当てれれば包帯を解くことが出来るかもしれないが、右の側面だけで六ヵ所も攻撃出来る部分があるのであればいらない手間だ。
上段斬りのフェイントに思い切り振られた犬型ミイラを見ていけると確信した俺は、更にお尻の方へ弧を描くように回り込みながら距離を詰め、犬型ミイラが移動した俺を追おうと右に体を向けた瞬間に一気に攻撃を開始する。
一番ダメージの入るであろう脇腹の箇所を狙い、全集中をつぎ込んで寸分の狂いもないよう剣を体へと突き立てた。
トップスピードで動きながら、動いている犬型ミイラの僅かな隙間に攻撃を当てる。
外せばこちらがピンチになり得るという攻撃でもあるのだが、思い切り突き立てた剣は包帯の隙間を縫って体へと到達し、腐肉を斬り裂いて大きなダメージを負わせることに成功。
初めて聞くミイラの呻きに近い鳴き声を聞きながら、俺は剣を引き抜いて距離を取る。
剣を突き刺した場所からは紫黒色の体液が勢いよく吹き出ており、生物ならば絶命するレベルの傷なのだが……アンデッドということもあり、何事もなかったかのように距離を取った俺の方へと向き直した。
それから平然としたまま飛び掛かってきたが、口からは血にも見える体液が滴り落ちていて流石に動きも鈍くなっている。
冷静に飛びつきを前へのローリングで躱し、背後を取ってから今度は左側面へと回って、先ほど突き刺した箇所と近い位置の隙間を狙いすまし再び剣を突き刺した。
突き刺した傷口が体内でクロスするような形になったということもあり、犬型ミイラの動きが目に見えるほど鈍ったところを見てから、俺を視界に捉えようと向き直したところに眼を抉るように剣を突き刺す。
その一撃がようやく致命傷となったのか、犬型ミイラは顔から地面に倒れるように伏せ、それから間もなく灰となってフロアへと露散した。
ふぅー。
ストレングスポーションのお陰で速度で上回り、余裕を持って倒すことが出来たが想像以上に厄介な相手だ。
獣なだけあってスピードも反射能力も兼ね備えていて、黒い包帯で体のほとんどがガードされた状態。
体格も大きいためパワーもあるし、アンデッドの致命を取れる頭への攻撃も眼か口からしか攻撃出来ない。
この犬型ミイラをポンポンと召喚されないことを心の中で祈りつつ、俺は周囲へと目を向ける。
現在のフロア内のミイラは人型ミイラ三体のみで、その人型ミイラもロザリーさんがガン詰めしている状況。
人型ミイラ、そして鳥型ミイラは戦い方のコツを掴んだのか、召喚する速度よりも大分早く倒せているようだ。
俺も手助けに向かうべく、ロザリーさんの下へと駆け寄って助太刀に動く。
「無事に犬のミイラは倒しました。ロザリーさん、怪我などの調子の方は大丈夫ですか?」
「鳥のミイラをアルナさんが倒してくれまして、私は人型ミイラと戦ってただけですので問題ないです。それよりも犬のミイラの対処ありがとうございます」
「いえ、大丈夫です。ポーションを使って身体強化してますので、手強そうな敵は俺が全て相手します。……その代わり、万が一ポーションの効果が切れた場合は頼みます」
「はい! その時は私に任せてください!」
ロザリーさんとそんな会話を交えつつ、召喚される人型ミイラをぶった斬っていった。
そして犬型ミイラがいなくなったことで戦況が安定したため、今度こそ少しの休憩を入れてもらうべく、俺がフロアを縦横無尽に駆け回って二人の負担を減らしに動く。
仮面の女王は魔力が約三分の一になると、自らも攻撃を行うようになって人型ミイラを召喚しなくなるという分かりやすい攻撃パターンの切り替わりがある。
そこまでは俺がなんとか請け負いたいところだが……早くも筋肉がピクピクと痙攣し始めたのが分かった。
背中に冷や汗が伝っていくのを感じつつも人型ミイラとの戦闘を行っていると、ようやくフロアの上で立ち止まっていた仮面の女王が下へと降りてきた。
重力を無視したようなふわりとした着地を見せてから、杖をこちらへと向けて構える。
――ここからが正念場か。
仮面の女王の魔法攻撃を躱しつつ、召喚されるミイラを倒さなくてはいけない。
一番の不安は体が持つかどうかだが、そんなことを考えながら戦う余裕は恐らくないだろう。
「ロザリーさん、アルナさん。ここからラストスパートです! 全ての力を振り絞って戦いましょう!」
「ん。休ませてもらったから全力でいく」
「私も全ての力を使って戦います!」
仮面の女王戦の最終番。
ここからが本当に大変で、フロアを動き回る仮面の女王には攻撃を当ててはいけないこともあり難度が大きく跳ね上がる。
体に溜まった熱を吐き出し、俺は震える体にグッと力を入れ直して、仮面の女王を見据えた。
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