第二百七十七話 数的不利の戦い
杖を構えた仮面の女王は、こちらに向かってゆっくりと杖を振るった。
先端が赤みがかった杖からは火属性らしき魔法が飛び出し、一直線に俺の下へと飛んでくる。
追尾性能があったら面倒くさいなと思いつつも、俺はサイドステップで軽く躱して魔法を様子を伺うが、火属性の魔法は特に変化を見せることもなく地面に当たって霧散した。
……やはり仮面の女王自体の戦闘能力は高くないみたいだな。
今の魔法も恐らく火属性で一番弱い【ファイア】だろう。
鬱陶しいことは鬱陶しいが、仮面の女王に意識を割かずにミイラにだけ集中しても大丈夫そうだ。
「犬型ミイラです!」
ロザリーさんの声が聞こえ、仮面の女王から目線を外して魔法陣を確認すると、先ほどの魔法陣から二体の犬型ミイラが召喚されているのが見えた。
そして更にその奥には、キャニオンモンキーにも似た猿に近しいミイラも数体召喚されている。
「上に鳥のミイラと蝙蝠のミイラ」
アルナさんの声に反応し上を見上げると、複数体の鳥型ミイラと蝙蝠型ミイラの姿も見えた。
仮面の女王が地上に降りてくる前とは桁違いの召喚速度に、思わずパニックになりかけるが、一つ息を吐いて冷静に対処法を考える。
「ロザリーさんは猿のミイラを、アルナさんは鳥のミイラと蝙蝠のミイラをお願いします。俺は犬のミイラを倒しにかかります」
「ん。……二匹相手に一人で大丈夫?」
「危なかったらアルナさん援護頼みます!」
そんな無責任なお願いをアルナさんにしつつ、俺は飛んでくる魔法を掻い潜りながらフロア中央へと向かう。
魔法陣には先ほど戦ったミイラと同じ犬型のミイラが二匹。
やはりというべきか、二体とも黒い包帯で全身を覆っており、包帯が解けている箇所もさっきのミイラとは違う位置。
せめて攻撃可能箇所が同じ位置ならば、かなり楽に倒せていたと思うんだが……こればかりは仕方がない。
完全に召喚される前に魔法陣をぐるりと一周回りながら、まずは犬型ミイラの攻撃箇所の見極めにかかる。
一体は急所に近い位置に隙間があるのだが、もう一体は腰付近にしかないため倒すのに苦労しそうな感じがあるな。
見極めが終わると同時に、完全に召喚された二匹の犬型ミイラが魔法陣から飛び出てきた。
二匹と数的有利なのが分かっているからなのか、様子を窺ってくる様子は微塵もなく突っ込んで来たところを俺は冷静にあしらう。
攻撃パターンはひっかき攻撃に噛みつき攻撃、それから踏みつけと体当たりってところだろうか。
なんとか互いに互いの攻撃を当てさせるように仕向けたいところだが……そう都合よくはいかないだろうな。
ただ、犬型ミイラが巨体であることを利用して、上手く視界に入らないよう盾にする要領で立ち回り、まずは解けた箇所が急所の、近い位置にいる犬型ミイラから攻撃を加えに入る。
二体の犬型ミイラを相手取るのは厄介だと思っていたが、巨体ということもあって連携がままならず窮屈そうに戦っているため、二体から離れないように立ち回りつつ隙が生まれた瞬間に包帯の隙間を縫って剣を突き立てた。
犬型ミイラ自体との戦いになれたということもあるのか、予想よりも簡単に重い一撃を加えることができ、急所に攻撃を受けた犬型ミイラはぐったりとしたように足を止めた。
ここで確実に一体を仕留めたいため、回り込んで俺を狙ってくる犬型ミイラを躱しつつ、無理やりにでも既に一撃を入れた犬型ミイラに狙いを定める。
爪、噛みつき、踏みつけ。
剣では受けずに体で躱し、隙を見て負傷させた犬型ミイラの懐へと飛び込む。
腹の下に潜り込むように体を入れてから、真上に突き上げるように剣を差し込んだ。
異様な臭いのする体液が体に降り注ぎ、思わず顔を歪めるが動きは止めない。
犬型ミイラに押しつぶされる前に剣を引き抜き、地面を転がるように犬型ミイラの体下から脱出し、べたりと地に伏せた犬型ミイラにトドメを入れる。
激しい攻防に筋肉の痙攣がより一層激しくなるのが分かったが、ここで止まる訳にはいかない。
既に新たな魔法陣が浮かび上がっており、また別種のミイラが召喚され始めているのが視界の端で確認出来ている。
残った一体、それから仮面の女王の魔法にも意識をしつつ、足を止めずに倒しに向かう。
この残る一体は、攻撃可能箇所が腰回りそして尻尾部分と、ダメージを与えるのに期待できない部位に包帯の隙間がある。
この厄介な犬型ミイラをどう倒すのか、僅かな時間で必死に思考するが……ごちゃごちゃ回りくどく倒すのは面倒くさい。
そう結論づけた俺は、弱らせることを考えずに正面から倒しにかかる。
噛みつき攻撃に焦点を絞り、そこに合わせてカウンターを叩き込むことだけに全神経を集中。
ここまでの戦いで思うように攻撃出来ていなかったということもあり、ブンブンと大振りの攻撃を繰り出してきた犬型ミイラ。
大振り相手に近づくのはかなりリスキーだが、噛みつきを誘発するために超至近距離まで近づき、ひっかきを掻い潜りながら体当たりを受け流すように躱し、顔の真ん前に体を投げ出して噛みつきを誘発したところでバックステップで軽く距離を取る。
距離を取った俺を捕まえようと、首を伸ばして噛みつこうとしてきた犬型ミイラに合わせ、ギリギリまで引いた剣を眼へと突き刺した。
犬型ミイラの攻撃に俺の攻撃も上乗せされ、今までで一番の手ごたえが剣を通して体に伝わる。
前足を滑らせるように胸から地面へと崩れ落ちた犬型ミイラは、そのままピクリとも動かずに灰となって露散した。
ギリギリの戦いだったが、犬型ミイラ二匹の討伐に成功。
周囲を見渡すと、ロザリーさんは複数匹の猿型ミイラを相手にばったばったと薙ぎ倒しており、アルナさんは空中を自在に飛ぶ鳥型ミイラと蝙蝠型ミイラを一射も外すことなく正確に叩き落としていた。
この様子なら二人の心配はいらなそうだな。
一番体にガタがきているであろう自分の心配を第一に、犬型ミイラとの戦闘の合間に視界端で捉えていた別種のミイラの下へと向かう。
体格は大きいと感じていた犬型ミイラの更に倍ほどの大きさをしていて、仁王立ちをしながら見下ろすように俺を見ている。
黒い包帯でグルグル巻きとなっているため定かではないが、【青の同盟】さん達と初めて依頼に行った際にアーメッドさんが狩ったアンクルベアと同種……熊型のミイラだと思う。
過去一番の威圧感を漂わせている熊型ミイラに、冷や汗が全身からじんわりと吹き出てきた。
恐らくこの一戦が、仮面の女王戦での俺のラストバトルになる。
生半可な気持ちでは一瞬にして蹴散らされると感じた俺は、この熊型ミイラとの戦いに残ってる全ての力を注ぐことを決めたのだった。
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