第二百七十八話 強烈な一撃の浴びせ合い


 頭を垂れるようにうつむいている熊型ミイラ。

 長く太い丸太のような腕の先からは凶悪な爪が覗かせており、一撃でも当てられた時点で致命傷となることが分かる。


 生唾を飲み込みながら動かない熊型ミイラの観察をしていると、犬型ミイラと同様に包帯の解け目を四カ所見つけることが出来た。

 右足の太もも、腰の左部分、左肩、そして頸椎部分。


 頸椎という急所部分に解け目があるのはありがたいが、熊型ミイラの体格は俺の三倍以上あるため普通に戦っていては絶対に届かない位置。

 なんとか地面に手をつかせるようにダメージを与え、フィニッシュに頸椎への一撃を持っていけるようにしたい。


 熊型ミイラ討伐の大まかな作戦を立てていたところで、召喚されてから微動だにしていなかった熊型ミイラがようやく顔を上げた。

 フロアを一周、観察するように見渡してから、一番近くにいた俺に視線を向けたまま止まると、耳を劈くようなけたたましい雄たけびを上げてから一気に襲い掛かって来た。


 最初は綺麗な二足歩行の姿勢だったのにも関わらず、四足歩行に切り替えて突っ込んで来たため、頭で予測していたよりも俺に到達するまでが速い。

 体の大きさと腕の長さから逆算し、回避不可と判断した俺は剣で受けにかかる。


 剣を上段で構え、足を地面に突き刺すように踏み込む。

 そして相手の威力も上乗せるようにタイミングを見計らい――一瞬に全ての力を込めて伸ばしてきた爪に向け、剣を一気に振り下ろした。


 今までの人生の中で一番の一撃。

 そう自信を持って言えるほどの感触があったのだが……熊型ミイラが叩き込んできた爪と俺の振り下ろした剣が触れた瞬間、全力で振り下ろした力以上の威力が剣を通して俺の体へと伝わってきた。

 

 まずいと感じ取ったのも時既に遅く、次の瞬間には体のありとあらゆる箇所を打ちつけられながら視界がグルグルと回る。

 あまりの威力に受け身も一切取れないまま、強い力で地面に何度も叩きつけられながら、フロアの壁にぶつかったことでようやく動きが止まった。


 骨も数カ所折れたのが分かったし、今どちらが天井でどちらが地面かも判断できていないが、このまま倒れたままだと死ぬということだけが強く頭の中で反芻される。

 激しく痛む体を無理やり動かしてなんとか立ち上がったのだが、既に目の前にまで追撃にきた熊型ミイラの姿が見えた。


 背後は壁。左右にしか逃げ道がないが、熊型ミイラの巨体と突っ込んでくる速度を考えたら回避は間に合わない。

 もう一度剣で受けにいくしかないか? ――無理だ。


「粉塵爆発を使うっ!」


 周囲の確認を出来ていない俺は、ロザリーさんとアルナさんに報告をしてからホルダーから粉塵爆発セットを取り出してぶち当てにかかる。

 声を上げたのとほぼ同時の行動のため、声を出したのはほとんど無意味なのだが……二人が近くにいないことを祈るしかない。


 まき散らした粉にボム草ボールの火が引火。

 瞬間――目の前で強烈な爆発が起こった。


 風船花と耐火素材で作った簡易的な防火マントを瞬時に着たお陰で、急所は守れているものの、隙間から漏れ出る火力のせいで至るところが火傷を負っているのが分かる。

 数カ所の骨折に体の大部分に火傷。更にデザートビッグモールから受けた傷とダンベル草ポーションの反動のせいで俺の体はもうボロボロ。


 ……ただ、この粉塵爆発だけではあの熊型ミイラは倒せない。

 爆発による熱風が収まったのを感じ取った瞬間に、ホルダーに入ったクラーレの葉で作った麻痺ポーションを一気に飲み干す。


 戦闘前に塗りたくったクラーレの葉単体とは比べ物にならないほど、麻痺の成分を何倍にも強めているクラーレのポーション。

 正に劇薬と化しているこのポーションをまさか自分に使うとは思っていなかったが、限界を迎えた体を動かすにはこの方法しか残っていない。


 一種の賭けだったのだが……投与してから即座に全身が痙攣し始め、体が硬直したまま動かなくなった。

 呼吸もまともに出来ないせいで脳に酸素が送られず、意識が朦朧とし始める。

 視界がぼやけて何も見えなくなった代わりに、何故か過去の思い出が脳内を駆け巡り始めた。


 治療師ギルドで無能扱いされ、奴隷のようにこき使われていた時のこと。

 冒険者ギルドでの依頼で、【青の同盟】さん達と出会い冒険した時のこと。

 独りぼっちだった俺を優しく迎え入れてくれた『エルフの涙』のおばあさんのこと。

 【鉄の歯車】と一緒にアングリーウルフ、そしてヴェノムを討伐したときのこと。

 行き詰っていた俺に親身になって修行をつけてくれたキルティさんのこと。

 見知らぬ街で親切にしてくれ、ずっと面倒を見てくれたトビアスさんのこと。

 ダンジョン都市にて始めての仲間となり支えてくれたアルナさん、ロザリーさんのこと。

 そして、ランダウストで再会を果たし、約束をしたアーメッドさんのこと。


 俺の本当に何もなかった人生に彩りをくれた人達との出来事を全て思い出し、まだ死ぬわけにはいけないと体に力が舞い戻る。

 まともに息をすることもままならなかった呼吸も落ち着き始め、硬直していた体も気力で動かす。


 数時間のようにも感じた走馬灯だったが、時間にして僅かしか経っていなかったのか……。

 ぼやけていた視界が元へと戻り、空へと舞い上がる煙の中からゆっくりと俺の下へと歩いてこようとしている熊型ミイラの姿をハッキリと捉えることが出来た。


 痺れのお陰で痛みどころか、五感のうち視覚以外一切感じることが出来ない。

 ただ熊型ミイラも無事ではなかったようで、包帯がボロボロに焼け破けている。


 頸椎への一撃を決めるプランを考えていたのだが、そんなまどろっこしいことをしなくても大丈夫になったようだ。

 強敵との戦い。恐怖すらも麻痺してしまったのか、なんか楽しくなってきたな。


 俺はニヤリと口角を上げてから剣を向けると、一歩一歩踏みしめるように歩いていた熊型ミイラも足を止めて四足歩行の構えを取った。

 初撃では完全なる敗北を期したが、最後に勝てば全て良し。

 こうして、一時止まっていた戦闘が再開された。

 

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