第二百七十二話 無力さ


 それにしても弱いな。あまりにも弱すぎる。

 到達階層では【青の同盟】に追いつけそうではあるが、映像で見た圧倒的な戦闘能力で全てをなぎ倒すアーメッドさんと比べると、自分の力の無さを痛感してしまう。


 今回もアルナさんとロザリーさんのお陰でなんとかなったが、二人が少しでも遅れていれば、俺はデザートビッグモールに殺されていた。

 痛みの残る体を無視して攻撃を繰り返したことで、体がバラバラになるかと思うほどの痛みを堪えながら、俺は自身の無力さに心までも折れそうになる。

 

「お疲れ様です! 急な戦闘でしたがなんとか倒せましたね。ルインさん、体の方は大丈夫ですか?」

「体は動かせますけど、痛みはかなり強いですね。……ごめんなさい。不意の一撃でやられてしまい、二人を危険に晒してしまいました」

「いやいや、謝らなくて大丈夫ですよ! 私もつい昨日、やらかしたばかりですので責めることなんて出来ません! それに、ルインさんが斬った瞬間は私も『決まった!』って気が緩みましたし」


 謝る俺に対し、全力でフォローをしてくれるロザリーさん。

 忖度のない言葉をかけてくれるアルナさんもありがたいが、フォローしてくれるロザリーさんの言葉も本当にありがたい。

 俺は二人に対して申し訳ない気持ちを抱えながら、ドロップ品の回収を行ってからアルナさんの元まで戻った。


「アルナさん、本当にすいませんでした」

「おつかれ。別に気にしてない。それより、これからどうする?」


 謝罪は軽く流され、この先の提案を聞かれた。

 現在は、デザートビッグモールに追われて二十八階層に来てしまっているという状況。


 本来ならば、二十八階層へと続く階段で休憩してから引き返す予定だったのだが……。

 俺は自分の体をまじまじと眺める。


「その体じゃ戻るのは厳しい?」 


 俺の心境を見透かしたように、間髪入れずアルナさんが言葉を投げかけてきた。

 デザートビッグモールに手痛い一撃を貰ってしまったせいで、何処まで体力が持つか正直分からない。

 ここから砂漠エリアを抜け、エレメンタルゴーレムを倒し、更に渓谷エリアを進んでセーフエリアまで帰るとなると……。


「すいません。ちょっと厳しいと思います」


 俺は嘘はつかずに、正直に伝える。

 足を引っ張りたくないからと誤魔化したところで、道中で力尽きてしまったら更に迷惑をかけてしまうことになってしまう。


「それなら、このまま二十九階層のボス倒して三十階層のセーフエリアまで行こう。そっちのが近い」

「それはそうなのですが……二十九階層のボスに関しての何の対策もしていませんし、デザートビッグモールよりも強い魔物です。かなり危険な選択を取ることになってしまいますよ」

「危険なのは知ってる。でも、そっちのが安全。ロザリーもいい?」

「はい! 実は、二十九階層のボス戦はかなりの数見ているんですよ。私が攻略できなかったエリアのボスということで後悔の念が大きいこともありまして。ですから、ぶっつけ本番でもある程度は動きも読めると思います」

「じゃあ決定」


 アルナさん主導の下、三十階層へ向かうプランがとんとん拍子で決まってしまった。

 自責の念に駆られて落ち込みそうになるが、ここで落ち込んだところでまた足を引っ張るだけ。

 ロザリーさんのように――ではないが、ここから力になれるようにメンタルだけでも切り替えなければならない。


「本当にすいませんでした! ……それと更にお願いがあるのですが、二十九階層までの道中、体力温存に当てても大丈夫ですか? ボス戦に全力をつぎ込みたいので」

「ん。元々そのつもり。デザートビッグモールには流石にもう出会わないだろうし、ルインには残ってる体力全てをボス戦に当ててもらう」

「私も構いませんよ。昨日サボっていた分の体力が余ってますので!」

「それでは申し訳ないですが、よろしくお願いします。俺は全力で二人をサポートしながら、ボスについての対策を立てさせてもらいます」


 俺の我儘なお願いに対しても、快く引き受けてくれたアルナさんとロザリーさん。

 ここからはアルナさんの後ろに隠れながら二人をサポートしつつ、二十九階層のボスの情報の精査を行う。


 もちろん二人の負担は大きくなってしまうけど、渓谷エリアよりも魔物の数自体は少ないため、信頼のおけるこの二人ならば問題ないと見た。

 それと、この選択は落ち込みから来ている負の選択ではなく、今の自分に出来る最善の選択。

 頬を思い切り叩いて気合いを入れ直してから、俺達は砂嵐が吹き荒れる二十八階層を進んだ。



 襲ってきた魔物に対して弓を射ちまくるアルナさんの後ろに隠れながら、俺は目の前の魔物ではなくボスについての情報を必死に思い出しては整理する。

 二十九階層のボスは、ミイラを生み出しては操るネクロマンサー。

 通称、『仮面の女王』。


 見た目は自身が操る人型ミイラと似たような姿をしているのだが、生み出すミイラは全て男でネクロマンサーは女。

 そして、その顔には黄金に輝く奇妙な仮面がつけられていることから『仮面の女王』という別名がつけられている。


 仮面の女王の体格は、映像で見る限り俺よりも少し高いくらいで、体だけを見るのであれば普通の人間の女性と何ら遜色がない。

 それに力がある訳でもないし、攻撃魔法も大したものを使ってこないのだが……なんといっても生み出すミイラが厄介そのもの。


 ミイラは生物のような姿をしているが、生きている訳ではないため頭を潰さない限り延々と動き続ける。

 更に仮面の女王が生み出すミイラは多種多様で、剣士、武闘家、魔法使いの人型のミイラに加えて、犬のようなミイラや鳥の姿をしたミイラなど、人の姿をしていないミイラも生み出してくる。


 そして、この仮面の女王の一般的な攻略法とされているのは、仮面の女王の魔力が切れるまでミイラをひたすら倒し続けること。

 つまりは長期戦が最善手とされているのだ。

 

 もちろん、仮面の女王自体は強い訳でも体力が多い訳でもないため、直接狙って倒してしまえばそれで終わりなのだが、仮面の女王は一定の体力が削られると自身と引き換えに『ドラゴンミイラ』を生み出す。

 ドラゴンといえば、以前ダンジョンモニターで見た『レッサードラゴン』が俺の中では第一に思い浮かぶ。

 

 四十九階層のボスで【銀の風鈴】と呼ばれていた冒険者パーティを壊滅させた、まさしく空の覇者と呼べる圧倒的な魔物。

 話によれば、『ドラゴンミイラ』は空を飛ぶことが出来ないし炎のブレスも使うことが出来ないため、戦闘能力だけでいえば『レッサードラゴン』に遠く及ばないらしいのだが、ミイラであるため生命力は高く炎のブレスの代わりに毒のブレスを使用してくるとのこと。


 もちろんドラゴンミイラを生み出す前に倒しきれば問題ないのだが、仕留めきれなければパーティ全滅は確実。

 かと言って長期戦だと俺の体力だけでなく、アルナさんとロザリーさんの体力を鑑みても厳しいと感じてしまっている。


 魔力切れまでミイラを相手に出来るのであれば長期戦、厳しいのであればリスクを承知で仮面の女王を倒しに行くしかない。

 このどちらのリスクを取るかが、今回のボス戦での一番の鍵となる。


 二人が二十八階層の魔物と戦っているのを見ながら、俺は必死に頭を悩ませるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る