第二百九十五話 装う平常心


「い、いや。ですが、生き返らせる方法なんて聞いたことすら――」

「たとえ方法がなかったとしても、俺は探すと決めましたので。『特別霊安室』の件はお願い致します。使用料については俺がなんとかします」


 それだけを言い残し、俺は二人を置いて特別霊安室を後にする。

 ここに来るまで霞がかっていた気持ちは、アーメッドさんの今の状態に直面し、やるべきことが定まったことで若干ながら晴れた。


 もちろん悲しみは大きいが、悲しんで泣いている時間は俺にはない。

 とりあえず今日は『ぽんぽこ亭』に戻り、心配をかけてしまったであろうルースのお母さんに報告。


 そして明日になったら、アルナさんとロザリーさんの元に行って事情を説明するつもりだ。

 俺の要望でパーティを組み、俺の我儘で一時パーティを解散という形になるだろうが……二人には頭を下げて納得してもらうしかない。

 色々と抑えられず早まる気持ちをそのままに、俺は早足で商業通りを抜けると『ぽんぽこ亭』へと戻ったのだった。



 翌日。

 ダンジョンから帰還し、そのままの足でランダウストの街を駆け回り、体は疲労で限界を迎えていたはずなのだが、あまり眠れずに目が覚めてしまった。


 形容しがたい気持ち悪さが胸に残り、一日経った今でも何も変わらない。

 少しでも気を抜けば動けなくなってしまう感覚があり、それが眠れなかった理由の一つかもしれない。


 ほぼ無心の状態で準備を整えた俺は、『亜楽郷』を目指す。

 俺はアルナさんの寝泊まりしている場所を知らないため、知っているであろう『亜楽郷』の店主さんに聞くのが一番だと思ったからだ。


 朝一ならば、店自体も閉めたばかりで伺うにはベストな時間だし、もしかしたら『亜楽郷』にアルナさんがいる可能性も高い。

 表ではぶーぶーと文句を言っているが、なんだかんだ『亜楽郷』にいるときが一番リラックスしているし居心地がいいのだと思う。


 そんなことを考えながら商業通りを抜け、『亜楽郷』へとやってきた俺は、「closed」の看板を無視してお店の中へと入った。

 お客はもういないようで店内は静まり返っているが、お店の奥からは食器を洗う音が聞こえてくる。


「おはようございます。お店閉まってるのに入ってきてすいません」

「すまないと思うなら入ってくるな。……ん? なんだ今日は一人か?」

「はい。実は尋ねたいことがありまして、アルナさんって今日は来てないですよね?」

「ああ。ここ一週間は顔を見せてないね。なんだ? あの子逃げだしたのかい?」

「いえ。昨日までは一緒にダンジョンに潜っていたので、そういう訳ではないのですが……。実は急で伝えたいことがありまして探しているんです。『亜楽郷』のお姉さんなら知っているんじゃないかなと思いまして、今日は一人で訪ねてきたんです」


 事情を伝えると、考えているような表情を浮かべたまま、手は食器を器用に洗っている状態で少しの間が空く。

 アルナさんの居場所を思い出そうとしてくれているみたいだが、どうやら忘れてしまっているようだな。


「うーん……。以前、一回だけ聞いた気がするんだけど、聞き流していたし一回も行ったことがないから忘れてしまったよ。すまないね」

「そうですか。こちらこそ店締めで忙しい中、訪ねてきてしまって申し訳ございません。また反省会で使――」

「あっ! 同じパーティのロザリーなら知っているんじゃないか? 二人で一緒に帰るのを何回か見たことあるよ」

「…………確かに、たまに一緒に帰っているのを見ますね。ありがとうございます。ロザリーさんに当たってみたいと思います」


 店主のお姉さんに深々と頭を下げ、俺は『亜楽郷』を出た。

 アルナさんの情報は手に入らなかったが、確かにロザリーさんなら知っている可能性が高い。


 ロザリーさんは冒険者ギルドの社宅に住んでおり、いつもは冒険者ギルドを介して情報を伝えて貰うのだが、今回は急な要件なため直接向かわなくてはいけない。

 個人情報のためもしかしたら教えてくれない可能性もあるけど、副ギルド長のアレックスさんがいれば大丈夫なはず。

 アルナさんからロザリーさんルートを辿る予定が逆となってしまったが、俺は急ぎ足で冒険者ギルドへと向かった。

 

 

 昨日と変わらず活気のない冒険者ギルドに入り、すぐにアレックスさんを探したのだが……まさかのロザリーさん本人が冒険者ギルドにいた。

 いつもの装備ではなくギルド職員の服を着ているため、職員としての業務を行っている様子。


「ロザリーさん」

「え! ルインさんじゃないですか! 休日に冒険者ギルドに来てどうしたんですか?」


 ここにいることについて色々と聞きたいことがあるが、全てを飲み込んでいきなり本題を伝える。


「実はロザリーさんとアルナさんに急遽伝えなくてはいけないことがあり、探していたんです。今、時間大丈夫ですか?」

「え、えーっと……。ちょっと待ってください!」


 大量の書類を手に抱えたまま、裏へと走って行ったロザリーさん。

 それから間もなくして、普段着へと着替えて出てきた。


「お待たせしました! アレックスさんに許可を貰ったので大丈夫ですよ!」

「本当に大丈夫ですか?」

「はい! 私たちがダンジョンに潜っている間に起こった事件のせいで、ちょっとゴタゴタしているみたいでしたので、休日返上で手伝いを申し出たんです。本来は休みのはずですので、少し抜けるくらいなら大丈夫なはずです!」


 なるほど。

 魔王軍の襲撃のせいで、冒険者ギルドの手が回っていないって感じなのか。

 その事情を知ったロザリーさんは、休日なのだが仕事に入っている……と。


「忙しいところすいません。要件なのですが、アルナさんとも一緒に伝えたいんですけど、アルナさんの家って知っていたりしますか?」

「知ってますよ! 今はまだ寝ていそうな感じしますけど、とりあえず案内します!」


 冒険者ギルドを出て、ロザリーさん案内の下アルナさんの家へと向かう。

 商業通りの良い場所の賃貸か、高級宿屋に寝泊まりしているイメージがあったのだが、向かう先はダンジョン通りの先。


 確かにダンジョンに潜るなら近いし良い立地だが、こっちに住んでいるとは思わなかったな。

 会話も特になく黙々とついて行っていると、何かを察したのかロザリーさんが話を振ってきた。


「…………ルインさん、大丈夫ですか?」

「ん? 俺は大丈夫ですよ。どうしたんですか急に」

「い、いえ……。昨日と比べて、かなり顔色が悪く見えたので。すいません、大丈夫ならいいんです!」


 急にパーティの一時解散を伝えるって時点で何か悟られるのは分かっていたが、解散を伝える前にロザリーさんに悟られてしまった。

 アルナさんとロザリーさんには余計な心配をかけたくない気持ちが強いし、平常心で二人とは会話するように心掛けようと思っていたのだが……。

 暗い気持ちが漏れ出ていたのだろう。

 

 腕を思い切りつねって表情を作り直し、いつもの自分を演じるつもりで気合いを入れなおし、アルナさんの家へと向かった。


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