第二百九十四話 信じられない事実


「し、死んだ……? アーメッドさんが死んだってどういうことですか!?」

「…………魔王軍の幹部と戦い、そこで命を落としてしまったんです」

「う、嘘ですよね? あのアーメッドさんがやられる訳がない」

「残念ながら嘘ではありません。火葬する前にルイン君には一目会わせようと思い、今は冷凍保存してあります。そのことを伝えるために……私とスマッシュさんはここで待っていたんです」


 その真剣な眼差しが嘘ではないことを物語っており、俺はパニックで上手く呼吸が出来ず、全身から冷や汗が流れ出始めた。

 ――嫌だ。信じたくない。

 そんな俺の気持ちが、ディオンさんの言葉に正面から向き合うのをやめる。


「……お、俺は信じません。あのアーメッドさんが死んだなんて」


 不貞腐れるように言い放った俺のそんな一言に、酷く困った表情を見せたディオンさんとスマッシュさん。

 

「本当に嘘じゃないんです。今、アーメッドさんは特別な霊安室にて保管されていますので、今から一緒に行きましょう。……一目見れば、理解してもらえると思います」


 そう言って、先に『ぽんぽこ亭』から出て行った二人。

 心配そうに俺を見つめるルースのお母さんに力なく会釈をしてから、俺も二人を追って『ぽんぽこ亭』を出た。


 二人の後をついていきながら、俺は受け入れがたい事実から目を背け、悪質ないたずらを仕掛けられているのだと必死に自分に言い聞かせる。

 真剣な表情や【青の同盟】さん達の性格から鑑みて、冗談ではないと心の片隅では分かっているのに。


 

 無言のまま、二人の後を追って辿り着いたのは治療師ギルド。

 昔、働いていたことがあるため分かるのだが、治療師ギルド内にはご遺体を一時保管する場所がある。


 全てに筋が通っていることにより、事実だと分からされていく感覚に襲われた。

 俺は重い足取りが更にズシリと重くなった気がし、全身の気だるさも酷くなっていく。


 そんな俺の気持ちなど知らない二人はズンズンと進んで行き、夜のため人のいない治療師ギルドを裏手から入り、『特別霊安室』と書かれた部屋の前で立ち止まった。


「ここでアーメッドさんが眠っています」

「……ルイン。大丈夫ですかい?」

「え、ええ。……俺はアーメッドさんがやられる訳がないと信じていますので」


 本音を言えば、事実を確認せずにこの場から今すぐに立ち去りたい。

 知ってしまったら、俺が俺でなくなってしまい、生きていく意味すら見失ってしまいそうな気がしてならないのだ。


「それでは開けますね」


 ディオンさんが扉に手をかけ、特別霊安室の中へと入って行く。

 部屋の中は異様に寒く、吐く息が白くなるほど室温が低い。


「アーメッドさんはここにいます」


 いくつか並んでいる棺の一つを指さし、俺に中を確認するように促してきたディオンさん。

 俺は生唾を飲み込みながら、寒さなのか恐怖なのか分からない震えに耐えながら、ゆっくりと棺の蓋を開けて確認する。


 恐る恐る棺を開けた俺の目に飛び込んできたのは、紛れもないアーメッドさんの姿。

 ただいつもと違うのは、眠ったように動かないこと。

 顔には今まで見たことのない傷を無数に受けており、死闘を繰り広げたことが伝わる。

 

 …………そうか。俺はアーメッドさんを守るという約束を果たせなかったのか。

 眠るように死んでいるアーメッドさんを見て、初めて死んでしまったことを認識した。

 ――いや。ずっと頭では分かっていたが、無理やり認識させられたのだ。


「いつものように豪快に笑ってください。ディオンさんやスマッシュさんとの楽しいやり取りをまた俺に……見せてくださいよ」


 溢れ出る涙を止められずに、死んでいるアーメッドさんに思いの丈を吐露してしまう。

 どこまでも自分勝手な自分に嫌になりそうになるが、どうしても……どうしても俺はこの現実を受け止めきれない。


「…………ディオンさん、スマッシュさん。アーメッドさんのご遺体っていつまでここで保存できますか?」

「え? お金を払い続ける限りは保存出来ると思いますが……なんででしょうか?」


 唐突な俺の質問に困惑した様子を見せながらも、答えてくれたディオンさん。

 お金を払い続ける限りは置いておける――これならば、なんとか出来る可能性が一つだけある。


 俺の頭の中では、一つの会話が思い返されていた。

 『エルフの涙』に初めて訪れた日。

 

 イミュニティ草の効能について話をした際に、ふと死者を蘇らせる話をおばあさんに振った。

 その時、そんな効能の植物はおとぎ話の中でしか存在しないとは言っていたけど、逆を言えばおとぎ話の中ではその存在が語られているということ。


 完全なる創作の可能性も大いにあるが、英雄伝のように実話を元にした話の可能性だってある。

 ほんの僅かでも可能性があるのだとすれば、俺は諦めたくない――というより諦めることが出来ない。


「それなら、俺がお金を払い続けますので、出来る限りここに置いてもらえませんか?」

「何か考えがあるんですかい?」

「はい。雲を掴むような話ですが、アーメッドさんを生き返らす手段を探したいと思ってます」

「い、生き返らす……。そ、そんなことが出来るんですか!?」

「分かりません。ただ、その可能性が僅かでもある限りは、俺は追いたいと思っています」


 ディオンさんとスマッシュさんは、互いに顔を合わせながら驚いた表情をしている。

 生き返らそうなんて、一切考えていなかったと言わんばかりの表情だ。


「そんな方法があるのでしたら、私たちも探したいところですが……。死んだ人間を生き返らすなんて聞いたこともありません。そして、アーメッドさんが死ぬ間際、お願いされたことが一つあります」

「お願いされたことですか?」

「ええ、ルイン君をよろしく頼むとお願いされました。アーメッドさんは、無謀なことにルイン君の時間を割くことは望んでいないと思います。そして、その思いを託されたからには止めるのが、私とスマッシュさんの役目だとも思ってます」


 真剣な表情で俺を諭そうとしてくれているディオンさん。

 冷静に考えれば、死者を蘇らすなんて不可能だし、そんな方法を探すのに時間を割くなんて無駄だと思うのが普通。

 ――でも、もう俺の心は決まってしまっているのだ。


「俺は全て理解した上で諦めきれないんです。……もう一度だけ、もう一度だけでいいのでアーメッドさんと話がしたい。例え生き返らす方法が見つからず、無駄に終わったとしても俺は一切の後悔もしません」


 目を見てはっきりと断言する。

 最初から気持ちはずっと同じで、これはただの俺の我儘なのだ。


 アーメッドさんのためではなく、俺のためにアーメッドさんを生き返らす方法を探りたい。

 元々、俺の命はコルネロ山で遭難した時になくなっていて、アーメッドさんから頂いたもの。


 俺の残りの人生全てを費やしたとしても、俺は何の後悔もない。

 ディオンさんの目を真っすぐ見つめ、俺は自分の嘘偽りない気持ちを全てぶつけた。


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