第二百九十六話 解散報告
「うーん。家はここなんですけど、いくらドアをノックしても出てきませんね。多分、まだ寝てるんじゃないでしょうか?」
「それでは、今日は会えないってことですかね?」
「ちょっと待ってください。……あっ、ほら鍵開いてます!」
「流石というべきなのか、めちゃくちゃ不用心ですね」
「まあ、一流の冒険者でもアルナさんにはどうこう出来ませんからね! それでは、私が起こして来ますのでルインさんはここで待っていてください」
「はい。くれぐれも気を付けてくださいね」
無断で家の中へ入る方に注意喚起するのもおかしなことだが、アルナさんは寝起きが悪いからな。
不審者だと思われて襲われないことを祈りつつ、俺は中へと入っていったロザリーさんを見送った。
それからしばらく時間が経ち、そろそろ心配になってきた頃、ようやく中からロザリーさんと……。
髪の毛がぼさぼさで目も半分しか開いていない、パジャマ姿のアルナさんが姿を現した。
「ロザリーさん、無事なようで良かったです」
「はい! 中々起きてくれなかっただけで、特に危害は加えられてないです!」
「勝手に押しかけておいて酷い言い草。……で、何の用?」
大きくあくびをしながら、早く要件を終わらせろと言わんばかりに本題へと促してきたアルナさん。
正直、話しやすい場所に移動したいのが本音だが、アルナさんの恰好がこんなだしこの玄関前で話すしかないようだ。
「……実は、急遽やらなければいけないことが出来まして、一時パーティを解散したいと思ってるんです。唐突な話で本当に申し訳ございません」
俺は少しの間を置いてから、二人にパーティ解散の件を頭を下げて伝える。
流石に予想だにしていないことだったようで、ロザリーさんの息を呑む声が頭上から聞こえた。
「……え? な、なんでそんな唐突に解散なんて……。三十階層を突破して、無事に帰ってこられたばかりなんですよ!?」
「理由を聞かせて」
そこで俺は下げた頭を上へとあげる。
ロザリーさんは動揺が表情からも伺えたが、アルナさんは何も変わらずに眠そうな表情のまま。
……アルナさんが変わらず平常心でいてくれたのが、俺には本当に助かった。
「はい。理由は全て説明させて頂きますね。俺達が三十階層を攻略していた間、このランダウストが魔王軍の襲撃にあったんです」
「し、知ってます。そのせいもあって、今日はギルドの手伝いをしていましたので」
「へー。で?」
「その襲撃に対抗するべく、いくつかの冒険者パーティがランダウストを守るために魔王軍と戦って――」
ここで思わず息を呑んでしまう。
棺に入っていたアーメッドさんの顔が、どうしても頭の中で鮮明に思い浮かんでしまった。
冷静になれ。冷静に。
平常心を装うと決めたからには、最後までしっかり演じ切る。
「死んでしまいまして、その死んでしまった冒険者の中に俺の恩人がいるんです」
「い、以前から話していた【青の同盟】さんですか?」
「はい。そのことをきっかけでやらなくてはいけないことが出来まして、一時的にパーティを解散とさせて欲しいんです」
流れを切らずに話し切り、大きく一つ息を吐く。
「確か、ルインが冒険者を始めたのはその冒険者パーティが理由だったよね」
「はい」
「なら、止めようがない。正直、お金が舞い込んできてたし、辞めたくない気持ちは強いけど」
「お金に関しては、二人にはある程度の額を渡そうと思っています。前回の攻略で手に入れたアイテムや、貯め込んでいた分の植物を売る予定ですので」
「それなら何も文句ない」
アルナさんは態度を変えずに了承してくれた。
あとは、ロザリーさんがどうかだが……。
「と、止めても気持ちが変わることはないんですか?」
「…………はい。もう気持ちは決まっています」
「す、すいません。私は解散が嫌です。……嫌ですけど、いくら止めても無駄なんですよね。……なら、受け入れるしかないです」
「本当に申し訳ございません」
もう一度、頭を下げてお詫びをする。
アルナさんは納得してくれた感じはあったが、ロザリーさんは仕方なく受け入れたといった感じだ。
非難覚悟で打ち明けたが、俺を攻めてこない二人に余計罪悪感が強くなる。
「で、ですからルインさん。やることを終えて戻ってきたら、またパーティを――」
「それはない。私はずっと立ち止まっている気はない。ルインもその覚悟で行くんだよね?」
「…………はい。何もかも俺の我儘で、本当に申し訳ないです」
「決まり。一時解散じゃなく、【サンストレルカ】は解散。……まぁ楽しかったよ。おつかれ」
そう言い残すと、アルナさんは部屋の中に戻って行った。
甘い考えで一時的に解散と俺は伝えたが、アルナさんはそれを断ち切った。
俺は見つかるかも分からない蘇生方法を探しに行く訳でもあるし、二人を長い時間待たせてしまうことを考えれば、解散を言い切ってくれたアルナさんに感謝をしなくてはいけないのかもしれない。
「な、なんでこんなことになってしまうんですかね。全て、全て……上手くいっていたと思っていました。困難を乗り越えて、ようやく信頼し合えるパーティになれたと思っていたのに……なんで」
「全て俺のせいです。本当に迷惑をお掛けしてすいません」
「ルインさんのせいじゃないですよ。襲撃してきた魔王軍が全て悪いんです。で、ですけど、なんでこのタイミングなんだって思わずにはいられなくて……。すいません、大事な人を亡くしたばかりのルインさんにこんな自分勝手なことを言ってしまって」
「いえ、自分勝手なことを言っているのは俺ですから。お二人には本当に申し訳ないという思いしかないです」
必死に取り繕い、俺への心配の言葉をかけてくれたロザリーさん。
その優しさに更に申し訳なさが込みあげてくる。
「急遽私たちを集めて話したってことは、ルインさんはすぐに発ってしまうんですよね?」
「はい。今日中には一度ランダウストを発とうと思ってます」
「分かりました。アルナさんとは私がもう一度話してみたいと思います。ルインさんは、私たちのことは気にせずやるべきことを成し遂げてください。……そして、全てが終わったら、私はまた一緒にダンジョンに潜りたいと思ってます」
「ロザリーさんがそう思ってくれているのなら、俺もまた一緒にパーティを組みたいです。……ロザリーさん、本当にありがとうございます」
まだロザリーさんの中でも整理し切れていないのが分かったが、それでも笑顔を取り繕って俺に応援の言葉をかけてくれた。
俺は最後にもう一度深々と頭を下げてから、ロザリーさんを置いてアルナさんの家を後にする。
あるかどうか分からない蘇生方法を探すため、仲間を切り捨てるべきなのかどうかは、何度も考えた。
ただ、それでもなお、このまま何もせずに終わるという選択肢は取れなかったのだ。
今もっているお金は最低限の額だけ残し、残りは全て二人に譲渡すると決め、俺は『ぽんぽこ亭』を目指して歩を進める。
そして、やるべきことを済ませて荷物を整えたら、すぐにランダウストを発つと決めたのだった。
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