第二百九十七話 新ギルド長


「ほら、まずは自己紹介させなさいよ。連れてきた子、呆けているわよ」

「ワタシはスムーズに挨拶させるつもりだったさ。お前さんが突っかかってきたからいけないんだろう?」

「いえ。相変わらず、あなたの礼儀がなってないのがいけないのよ。普通は返事を待ってから入室するのが礼儀なの」

「いちいちうるさいね。ワタシとシャーロットの仲で細かい――もういいさ。この子はルイン。お前さんも自己紹介しとくれ」

「……ルイン? ルインってあの?」


 口喧嘩っぽく話していたが険悪な雰囲気は一切なく、二人の仲の良さが伺える会話をおばあさんは急にぶった切ると、新ギルド長さんに俺を紹介してくれた。

 名前を呼ばれたタイミングで軽く会釈したのだが、新ギルド長さんはどうやら俺を知っていたようで目を大きく見開いて固まった。

 一切の面識がないはずなのだが、治療師ギルドでの騒ぎに関わっているため耳が通っているのかもしれない。


「そうだよ。“あの”ルインだ。お前さんは頭を下げてルインに感謝した方が良いね」

「私は治療師ギルドのギルド長をやっているシャーロットよ。君のことは色々なところから話を聞いているわ。よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


 笑顔を見せてくれたシャーロットさんと握手を交わす。

 やはり近くで見ても美人な人で、三十代でも若いと思ってしまうほどだ。


「補足させてもらうと、シャーロットはワタシの元パーティメンバーで、ルインが治療師ギルドに務める前のギルド長でもあった人だよ。ブランドンが辞めたお陰で戻ってこれたって訳だね」

「そうなんですか……。失礼かもしれないですけど、とてもそんな感じには見えないですね」

「ん? ああ、見た目のことかい? くっくっく。シャーロットは治療師ギルドのギルド長であることを良いことに、老化を抑える植物や細胞を活性化させる植物を使用しまくってるからね。パーティを組んでた時は、怪しげな魔道具や魔術も乱用してたぐらいだ。ワタシと同じくらいの年だから見た目に騙されたら駄目だよ」

「余計な情報を喋らないでくれる? それと、私はあなたほど年取ってないから!」


 やはり実際の年齢は見た目よりもかなり高いようだ。

 色々な手を使って見た目が変わらない努力をしているみたいだけど、それでも元がこの状態という訳だから、美人だということには変わりないのだと思う。


「そ、れ、で! 何しに来たのよ。ルイン君を紹介しに来たって訳じゃないんでしょ

?」

「ああ。…………シャーロットに頼みがあって来たんだ」


 ここまでは楽しそうに喋っていたおばあさんだったが、本題を聞かれた途端に表情を固くさせて言いづらそうにぽつりとそう呟いた。

 てっきりシャーロットさんに話を聞きにきたのかと思っていたが、この感じから察すると伝説や未知の物に詳しい人物というのは、また別の人物なのかもしれない。


「待って。今から話そうと思ったことはなんとなく察したわ。ここじゃ嫌だから場所を変えてほしい」

「分かったよ。ワタシの店でもいいかい?」

「いえ。私たちが話す場所と言ったらあの場所よ」

「……『ビンカス』だね。あいつとは出来る限り会いたくないんだけどね」

「どちらにせよ力を借りることになるんだろうし、遅かれ早かれよ」

「分かったよ。それじゃあ、先に行って待ってるよ」

「ええ、仕事が片付いたらすぐに向かうわ」


 端折られ過ぎていて、傍から聞いていた俺は一切会話内容が分からないまま二人は話を終え、ギルド長室を後にした俺とおばあさん。

 俺のせいで色々と話が進んでしまっている気がし、今まで見たことのないおばあさんの表情を見たことから、大分迷惑をかけてしまっていると感じる。


 ……ただ、おばあさんに迷惑がかかってしまったとしても情報は諦めきれない。

 いつかおばあさんから借りた全ての借りを返すと決め、俺はおばあさんの後をついていった。



「やっぱり見るのも嫌だね」

「ここなんですか? さっき話していた『ビンカス』ってお店は」


 治療師ギルドを出て、歓楽街にある一軒の建物の前で立ち止まった。

 やはりこの建物が『ビンカス』というお店らしく、おばあさんの顔が珍しく渋くなっている。


「ああ、そうだよ。知り合いが経営しているバーでね。その知り合いがワタシはちょっと苦手なんだ」

「おばあさんが苦手って初めて聞いたかもしれません」

「くっくっく。ブランドンも苦手だったから初めてじゃないさ。……さて、渋っていても仕方がないね。入ろうか」


 おばあさんは俺にも分かるほど大きく深呼吸をすると、軋む木の扉を押して中へと入って行った。

 俺もその後を続くように、『ビンカス』の店内へと入る。


 外観は如何にも古臭い建物だったのだが、内装はかなり綺麗で凝ったインテリアになっていた。

 落ち着いた音楽とお洒落な店内がマッチしており、入ってすぐに居心地が良いと感じるお店。


「いらっしゃいま――。おや、アイリーンさんじゃないですか。……それと、ルインさんまで! どうぞ、好きなお席にお掛けになってください」

 

 カウンターの先から声を掛けてきたのは、ちょび髭のかっこいい男性。

 お洒落なお店にふさわしい、清潔感のあるマスター。


 そして面識はないはずなのだが、何故か俺の名前を発した。

 グレゼスタでは、大した活躍もしていなかったと思うんだけどな。

 そう不思議に感じながらも、おばあさんに付いて行きお店の一番端のテーブル席に座ったのだった。


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