第三百二十三話 出発前に……


 アーサーさんと話を終えた俺は、買い出しに行っていた二人と合流した。

 正直、もう少し王都に滞在し、体を休めるのもありかとも思ったのだが……間を置くことなく、出発することに決めた。


「買い出しはバッチリですぜ! いつでも出発できやす!」

「それで……ここからまずはどこに行くんでしょうか? 魔王の領土といえば、リートロートの村に行くのが普通ですかね?」

「いえ、まずは皇国に向かおうと思っています。話を伺ってきたのですが、どうやら皇国から入るのが一番近いようなので」

「皇国ですかい! また他国に行くんでやすね!」

「はい。皇国でも一応情報を集めようと思っていますので、お二人ともご協力お願いします」

「任せてください。私とスマッシュさんにできることならば、なんでもやらせてもらいますよ!」


 胸を一つ叩いて、そう言ってくれたディオンさん。

 二人がついてきてくれるのは、本当に頼もしい限りだな。


「それで、いつ出発するんですぜ?」

「出発できるのであれば、今日中にでも出発しようと思っているのですが……大丈夫ですか?」

「今日ですか? ……私とスマッシュさんは大丈夫ですが、ルイン君はいいんですか? 危険地帯に赴く訳ですし、パーティメンバーの皆さんとはしっかり話した方がいいと思いますよ」


 アルナさんとロザリーさんの様子は確かに気になるし、一度二人と話したい気持ちはあるんだけど……。

 俺はまだ何も達成していないし、一方的に解散を通達したのに中途半端な今、話をしに行くのは違う気がしている。


「……元パーティメンバーのみんなとは、全てが終わってから話したいと思ってます」

「ルイン。話せる時に話した方がいいですぜ。あっしらだからこそ言えやすが、後悔するような選択は取ってほしくないんでさぁ」

「私もスマッシュさんの意見に同意ですね。別に深い話をしなくてもいいんです。ただ、パーティメンバーと話をしてくるべきだと思いますよ」


 そう諭されてしまい、何も返答することができなかった。

 気まずさもあるし、先延ばしにしているのが二人には伝わってしまったのかもしれない。


「…………分かりました。アドバイス通り、出発前に話をしてきます。ランダウストを出るのは、明日の早朝ってことで大丈夫ですか?」

「もちろんですぜ! あっしらは適当に飲み歩いていやすから、明日の朝また合流しやしょう!」

「ですね。明日の朝に再集合ということで!」


 合流したばかりなのだが、ディオンさん、スマッシュさんとはすぐにまた分かれ、俺は一人ランダウストの街を歩きだした。

 アルナさんとは『鷲の爪』であんな別れ方だったし、ロザリーさんは俺を優しく送り出して以来の再開となる。


 ……まずはアルナさんと話をつけてから、その後にロザリーさんと合流しよう。

 恐らくだけど、アルナさんとはまた変な空気になってしまうだろうし、先にロザリーさんと合流して変な気を遣わせるのは嫌だからな。


 居場所の検討はついていないけど、アルナさんがいる可能性として高いのは――やっぱり『亜楽郷』だろう。

 俺は重い足を必死に動かし、『亜楽郷』へ向けて歩を進めた。


 看板は『OPEN』になっているけど、まだ夕方前なので人の気配はない。

 扉を押し開けて中へ入ってみると、静けさのある店内から話し声が聞こえてきた。


 会話している人物はハスキーボイスの店主と……アルナさんの声だ。

 アルナさんは、やっぱり『亜楽郷』にいたか。


「いらっしゃい。好きな席に――って、ルインかい。アルナに会いに来たのかい?」

「はい。戻ってきたので話をしようかと思いまして……。あれ、アルナさんはどこに行きました?」


 声は確かに聞こえたはずなのだが、店内にはアルナさんの姿が見えない。

 流石に聞き間違えではないかと思うけど、どこにいったけど行ったのだろうか。


「バックルームに逃げていったよ。アルナは耳がいいからね。ルインが来たことが分かったんじゃないか?」

「バックルームに入っても大丈夫ですか?」

「もちろん構わない」

「ありがとうございます」


 許可をくれた店主のお姉さんにお礼を言ってから、俺はバックルームの扉を数回ノックした。

 中から返事はなかったのだが、このまま待っていても埒が明かないため扉を押し開ける。


 バックルームには出会った時と同じ、黒いスーツを身に纏ったアルナさんの姿がある。

 可愛らしい見た目とは反して、凛としているアルナさんには良く似合っている服装。


「…………何。急に入ってきて」

「戻ってきたので話そうと思いまして。友人として接してくれていいと、この間許可を貰いましたし」

「…………なんかムカつく」


 特段、ムカつくようなことは言っていないと思うのだが……。

 急にそう小さく呟いたアルナさん。


「随分と戻ってくるのが早かったね。帝国に行ったんじゃなかったの?」

「あれ、アーサーさんから聞いてたんですか?」

「…………まぁそんなとこ。で、なんでもう戻ってきたの? 逃げ帰ってきたの?」


 この様子だと、最後に会った時に店の外から聞いていたのかもしれない。

 アルナさんは耳がいいし、あの時は店の前に座っていたから聞こえていたのだろう。


「逃げ帰ってませんよ。……強くなって戻ってきたんです。またすぐに出てしまうんですけど、その前にアルナさんとロザリーさんと話したいなと思いまして」

「ふーん。強くなったようには全然見えないけど」

「失礼かもしれませんけど、アルナさんよりも強いと思いますよ」


 俺のその発言にアルナさんは小さく笑った。

 初めて出会った時に、アルナさんを挑発した時とまんま同じ言葉。


 反応を見る限りでは、アルナさんも覚えてくれていたのかもしれない。

 ……ただ少し意味合いが違うのは、あの時はただのハッタリだったけど、今は本当にアルナさんよりも強くなっているということ。

 

「それは面白い冗談」

「冗談だと思うのなら……この場で一撃打ち込ませて頂きますよ」

「やれるものならやってみな。またハッタリじゃないことを期待してる」


 初めて出会った時と同じやり取りに、全く同じ展開。

 懐かしさと言い表せない嬉しさが、俺の中でぐるぐると入り乱れている。


 アーサーさんに続き、アルナさんともこうなってしまった訳だけど……俺とアルナさんの思いをぶつけられるのはやっぱり戦闘だ。

 店内だし、派手に暴れられないけど、俺が強くなったことを分かって貰えたらいいな。

 色々な感情が渦巻きながらも、俺は両手を構えてアルナさんと対峙したのだった。

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