第二百三十一話 アイテム制作


 翌日の朝。

 久しぶりに日が完全に昇ってからの目覚めで、寝起きがかなりスッキリとしている。


 窓を開け、気持ちのいい日差しと空気を吸いながら軽くストレッチを行い、ルースから貰った青い飴玉を口へと放り込む。

 この飴玉はというとルースのお母さんの手作りで、疲労回復と眠気覚ましの効能を持つ、ミント味のすっきり美味しい非常にありがたい飴玉。


 ここ最近の攻略の日々で疲弊し切り、目の下に大きなクマ作っていた俺を見て、ルースが気を利かせてプレゼントしてくれたのだ。

 ルースに感謝をしつつ、口の中の飴玉がなくなるまで入念にストレッチをしてから、俺は部屋を出るとドアノブにかけられたバスケットが揺れた。


 これも最近特別に用意してくれている、俺専用のごはん。

 本当に特別待遇をしてもらってばかりで非常に申し訳なくなるのだが、ルースもルースのお母さんも“二食付き”を謳っているからと、どれだけ断っても用意してくれるようになってしまったのだ。


 申し訳ない気持ちと……それ以上に嬉しい気持ちを持って両手を合わせ、バスケットを受け取った俺は『ぽんぽこ亭』を後にした。

そして『ラウダンジョン社』へと向かう道中、早速バスケットの中身を確認してみると、中にはサンドイッチとダンベル草カレーの入ったカレーパンが見栄え良く盛り付けられている。


 どこでも気軽に食べられて、常温で美味しく食べることの出来る料理。

 こういう細かな気遣いが、本当に身に染みてありがたく感じるな。


 美味しいパンを噛みしめるように食べながら歩き、『ラウダンジョン社』にたどり着いた俺は、手慣れた手つきで建物の中へと入ると、旧式醸造台の前に立って道具を広げた。

 よしっ。ここからは仕事モードに切り替え、ポーションやアイテムの制作のための思考を行う。


 まずは何を作るかだが、大雑把に選択肢を狭めていこうか。

 渓谷エリアでの戦闘中、何が一番欲しかったかと聞かれたら、それは広範囲に高火力のダメージを与えることのできるアイテムだ。


 魔物に囲まれた時の対処が一番厳しく大変で、その状況を一発で打破できる広範囲高火力アイテムが喉から手が出るほど欲しかった。

 もちろん系統的には、二つの材料を使った粉塵爆発がそれに該当するんだけど、あれは周囲の環境や状況によって爆発の度合いが大きく変わってしまうため、誤爆を考えるとゆとりがある場面でしか怖くて使用することはできない。


 だから決まった範囲にのみ、瞬間的に高火力の出せる広範囲アイテムが欲しいと思ってしまったんだけど、口に出してみてその現実味のない効果に肩がズンと重くなるほど、作成するのが無謀なことは分かっている。

 もし仮に作れるのだとしても、一日二日では絶対作成することはできない。

 

 だとするならば…………動きを止めるアイテムか。

 魔物の動きを少しでも止めることができれば、体勢を立て直すことが出来たり、一方的に数匹は倒すことも出来る。


 そして何より、戦闘中に一瞬でも落ち着くことのできる時間を作れるというのが非常に大きく、魔物の動きを止めている間にこちらが何もしなかったとしても、心のゆとりを持てる間を確保できるだけで、その効果が絶大なのは実際に戦ってみて分かる。

 拘束なら使用場面も幅広いし、作成難度も広範囲にすると少々手こずる可能性があるが、決して難しくはないはず。


 渓谷エリアでの苦しい戦闘を思い出し、そう結論付けた俺は早速製作に取り掛かる。

 まずはどう魔物を拘束するかだが、真っ先に拘束する方法として思いついたのは、セイコルの街でヴェノムに使用した劇薬ポーションの材料であるクラーレの葉だ。


 あのヴェノムにも効いていたという保証付きで、扱いにもかなり慣れている部分もある。

 ただ一つ大きな問題点があり、その強力な効能故に生成魔力が大きいということ。


 広範囲の拘束を目的とするならば、製作できて一日一つ作れるかどうかだろうし、切り札的な用途で使わないといけなくなる。

 それに、攻略で魔力を使った日は製作不可になるだろうし、ちょっとコスパ面でのデメリットが大きいよな。


 ……だとすれば、やっぱり粘着草を使っての拘束が一番かもしれない。

 粘着草での足止めは、スラストバッファローとの戦いである程度使えることが分かっているし、魔力のコスパ面でも非常に優秀。

 クラーレの葉よりも能力では劣るけど、十分な拘束力はあると思っている。


 あとはどうアイテムにしていくかの作業なんだけど、やっぱり風船花に粘度を極限まで高めた粘着草を入れるのがいいのかな。

 ただ、それだと広範囲は厳しいし……うーん。

 これは一つ一つ試しながら、試行錯誤して作っていくしかないようだな。



「おおっ! ルインじゃねぇか! 醸造台を使わずに何してるんだ?」


 粘着草によるアイテムの制作を開始してから、約半日が経過。

 午前中は外で取材をしていたのか、午後になって出社してきたトビアスさんが俺に声を掛けてきた。


「トビアスさん、こんにちは。実は、ダンジョンで使うアイテムを制作してたんですよ」

「へー、ダンジョンで使うアイテムねぇ。ちょっと見ても大丈夫か?」

「ええ、もちろんです」


 トビアスさんは俺に許可を取ると、午前中の間に制作した粘着爆弾を手に取り、興味津々な様子で眺め始めた。

 

「…………これはパンの粉を詰めてたボールと同じやつか?」

「構造は同じですけど、中身はこの粘着草をすった粘着物質がギッチリ詰まってるんです」

「……粘着物質? あー! スラストバッファローを転かしたアレか!? 映像を見てた記者たちが必死になって探していたぞ!」

「そうですね。あれは植物のままだったんですけど、植物のままですと猪突猛進なスラストバッファローぐらいにしか効きませんので、改良したのがこの粘着爆弾なんです」

「くくく、こりゃ面白いこと考えたな! あのスラストバッファローをいなすように転がしまくってた時点で戦い方が柔軟だと思ってたけど、それで満足しないで次なるものに改良するんだもんな!」

「自分たちが楽をするためですからね。柔軟とかじゃなくて、かなり不純な動機ですよ」

「楽をしたいと思うなら、マジックアイテムの店に駆け込むのが冒険者の普通だわ! まぁマジックアイテムの店にゃ、こんなアイテム置いてねぇけどな!」


 確かにマジックアイテムのお店は、実用的でないアイテムの割合が非常に高い。

 制作している人が、戦闘やダンジョン攻略を行ったことがないからなのか、絶妙に痒いところに手が届かない商品が多いんだよな。

 それに値段も購入意欲がなくなるほど高いし。


「そうですね……。マジックアイテムのお店で使えるアイテムが安価で売っていれば、俺も休日にアイテム開発なんかしないんですけど」

「はっはっは! ルインがいつか冒険者を引退したら、戦闘専門アイテムのお店を開くのがいいかもな! きっと大儲けできるぜ!」

「それはちょっと面白そうですね」


 それからしばらくの間、休憩がてらにトビアスさんと談笑。

 その際に、今日の午前中に行っていた取材の件を軽く話してくれたのだが、その内容は何処か既視感があり、非常に気になる内容だった。

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