第二百四十九話 警戒


 それから関係のない雑談も交えつつ、トビアスさんとの約束の時間まで喫茶店でジュノーさんと話をした。

 かなり面倒くさいことを頼まれてしまったが、話を聞いてしまった以上は断ることなんて出来ないよな。

 トビアスさんに全てを話し、その情報を提供してくれるかどうかはトビアスさん次第だし、駄目だったら仕方ないと俺も割り切れる。


「ルイン君。悪いけどよろしくお願いね」

「はい。駄目だったらすいません」

「駄目だった場合でも気にしなくていいわ。元より無茶苦茶なお願いをしている訳だから。……それじゃ、私はここで」


 喫茶店の入り口でそう別れの挨拶を告げたジュノーさんは、俺に手を振りながらメインストリート方面へと去って行った。

 そんな背中を見送りながら、俺も足早に『ラウダンジョン社』へと戻ったのだった。


 脇目も振らずに『ラウダンジョン社』へと戻り、扉を開けると、俺の醸造台前で立っているトビアスさんの姿が目に入った。

 時間的にはまだ予定していた時間ではないのだが、あの様子からして待たせてしまったらしい。


「トビアスさん。すいません、待たせちゃいましたか?」

「おおっ、ルイン。いや、俺も丁度来たところだ。ポーション用の荷物が醸造台の上に置いてあったから、もう来ていると思ってたんだが……。どこかに行ってたのか?」

「え、ええ。まぁ……。そのことも含めて俺からも話したいことがあるので、場所変えて話をしませんか?」

「ん、なんだ? そう含みを持たせた言い方をされると、今すぐに聞きたくなるが……まぁそうだな。上の応接室を取ってあるから、そこで話そうぜ」


 二階へと上がっていくトビアスさんの後をついていき、俺はいつもの応接室へと案内して貰った。

 いつもはここからお菓子やお茶などの準備があるのだが、今日は俺の方が遅かったということもあり、テーブルの上には既に並べられている。


「うっし。まずは何から話すか。俺は待ち合わせ前にルインが何をしていたか――から聞きたいんだがどうだ?」

「全然大丈夫ですよ。ただあまりいい話ではないんですが、そこだけは予め理解しておいて頂けるとありがたいです」

「そう言われるとなんか怖ぇわ。ルインからこういった類の話は今までなかったからな。……まさか、違う新聞社に移るとかじゃねぇよな?」

「そんな不義理なことはしませんよ。ただ、割と遠くはない内容ではあるかもしれません」


 含みを持たせた言い方をしたからか、予想以上に警戒しているのが見て分かる。

 

「本気で想像つかねぇな。前置きはもういいから話してくれ」

「分かりました。実は、さっきまでジュノーさんと会ってまして」


 俺がその一言を伝えた瞬間、トビアスさんの体の力が抜け安堵の表情を見せたのが分かった。

 それから両膝に手を置き、大きく溜めていた息を吐きだす。


「はぁー……。なんだよ、ジュノーと話してただけかよ。ルインにしては勿体ぶるから、嫌な方向に色々と考えちまったぜ」

「いや。でも、俺的にはかなり嫌な話になると思ってるんですけど」

「ないない。もう気兼ねなく聞けるぜ。そんでジュノーと何を話してたんだ?」


 張りつめていた空気は弛緩し、いつもと同じような態度で話を促してきたトビアスさん。

 この態度を見るに、トビアスさん的にはやはり同僚って感覚なのだろうか。

 ジュノーさんの口ぶり的には、ただ同じ会社に所属しているだけで商売敵ってイメージをしちゃっていたが。


「トビアスさんから情報を貰ってきてくれないかって頼まれたんです。この間、軽く話してもらった魔王軍による襲撃についてなんですけど」

「あー。確かに今うちが最優先で集めてる情報だ。それにしてもルインに頼むとは……ジュノーらしいな。それであいつは何を知りたがってるんだ?」

「どうやらジュノーさんは、魔王軍がランダウストを攻め落とそうとしていると考察しているみたいでして、その考察の正誤を確かめるべく、トビアスさんの情報と照らし合わせたいみたいなんです」

「はっはっは! かなり素っ頓狂なことを言ってやがるな。……ただ、ないとは言い切れないのも事実なんだよな」

「えっ、やっぱりそうなんですか?」


 大笑いした後に顔を引き締め直し、ポケットから煙草を取り出すと火をつけた。

 トビアスさんはいつもヨレヨレの服でだらしない格好をしているのだが、しわくちゃな煙草を吸っている時はやけに様になる。


「まぁ、俺のも確かな情報じゃないんだけどな。実は襲撃をした魔王軍が魔王領付近で次々と見つかっていてよ。姿を晦ましていた魔王軍は敗走して魔王領に帰還していたって、国境沿いでは今話題になっているんだが……」


 そこまで言ってから煙草を大きく吸い込み、煙を上に向けて吐き出した。

 吐き出された白い煙は天井まで到達すると、周囲の空気に溶け込むように散り散りになる。


「実は、数が合わないとも極一部では噂になってるんだよ」

「数が合わない? 魔王軍の軍団の数がってことですか? ……それは単純に見落としているだけでなく?」

「その可能性ももちろんあるが、単純に一軍団辺りの魔物の数が情報を照らし合わせて少ないらしい。普通に考えるなら襲撃した時に死んで、魔物の数が少なくなっているだけなんだろうが……。俺は道中で分断させ、何処かに隠してるんじゃないかと密かに考えていたんだ」


 なんかまた難しい話になってきた。

 仮に軍団を分断させて魔物を隠したとして、それをする意図が俺には全く分からない。


 既に俺の理解が追いついていないため、これ以上は聞いても無駄だと思うのだが……。

 こちらから出した話題のため、もういいですとは言いだせず最後まで聞くことになったのだった。


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