第二百五十話 切り替え


「今日はありがとな! 襲撃については……まぁジュノーと話してみるわ」

「こちらの方こそ、色々と情報を頂きありがとうございました。はい。正直自分じゃ理解の及ばないところでしたので、ジュノーさんと情報共有してくれたら嬉しいです」


 トビアスさんとの話し合いが終わり、お礼を述べてから俺は『ラウダンジョン社』を後にした。

 最初に襲撃についてを話したため、お昼ちょい過ぎだったのがもう夕方となってしまっている。

 今日はじっくりと時間を使って植物で能力アップを図りたかったが、パパッと済ますしかなさそうだ。


 ……それにしても襲撃については難しい話だったな。

 先ほどの話を要約すると、魔王軍は襲撃していた軍の少数をバレないようにこの王国領に残し、その少数をランダウスト付近に集めて奇襲をかけようとしている可能性があるということ。


 可能性としては限りなく低いみたいなんだけど、ジュノーさんが何故魔王軍がランダウストを襲撃するという考えに至ったのか。

 その内容次第では、奇襲を目論んでいる可能性が高くなるとも話していた。


 冒険者の集まるこの街のことだから、襲われたとしても何とかなるとは思うし、もちろん魔王軍が襲ってくるのであれば俺も戦うけど……。

 今は可能性として限りなく低い訳だし、そんな低い可能性を考えて待機し続けることは出来ない。

 もう少し続報が出るまでは、俺は襲撃のことを頭から消してダンジョン攻略に思考を割こうと思う。


 そう襲撃についてをあれこれと考えていたら、あっという間に『ぽんぽこ亭』へと帰ってきた。

 中に入る前から、何やら美味しそうな匂いがプンプンと漂ってきていて、俺のお腹がグーッと情けない音が鳴る。


「あっ、ルインさん。おかえりなさい! 丁度良かったですね。もうそろそろご飯が出来ますよ!」

「ただいま。中に入る前から、料理の凄く良い匂いがプンプンと漂ってきてたよ。朝のご飯も本当に美味しかったし、夜ご飯も本当に楽しみにしてた」

「えへへ。喜んでくれたならお母さんも喜ぶと思います! 夜ご飯も腕を振るって作ってますので、もう少しだけ待っててくださいね!」


 出迎えてくれたルースが、満面の笑みでそう言った。

 夜ご飯も温かい美味しい料理が食べれるのは心の底から嬉しい。


 こうしておかえりなさいと言ってくれる環境もありがたいし、ルースもルースのお母さんも温かい。

 『ぽんぽこ亭』は本当に癒される場所だ。


 さて、夜ご飯が出来るまでの間、部屋で魔力草やダンベル草を摂取するための準備をしておこうかな。

 ご飯前に不味い植物でお腹を膨らますのは申し訳ないと考え、ご飯後にすぐ摂取できるよう団子状にしておくことに決めた。


 今回は前回発見した粘着草で団子状にして摂取するのと、風船花を使って完全に閉じ込めるやり方を試してみる。

 小さい風船花なら口に入れられるサイズだし、中に閉じ込めたまま飲み込めるならば、団子状にするよりももっと被害を抑えられるはず。


 懸念点は口の中で割れてしまうことなのだが……。

 そこは細心の注意を払って摂取を試みようと思う。


 しばらくの間、粘着草と一緒に魔力草を練り込み、風船花にダンベル草を詰め込んでいるとドアが軽くノックされた。

 直後にルースの明るい声が聞こえ、ご飯が出来たと報告に来てくれたみたいだ。


「ありがとう。すぐに行くよ」


 短くそう返事をし、一度作っていたものをパパッと片付けた俺は飛ぶように食堂へと向かった。

 食堂は朝よりも賑やかで、この『ぽんぽこ亭』で宿泊しているお客さんのほとんどが集まっている様子。


 ダンジョンに潜る前の頃は、俺もこの時間帯に一緒にご飯を食べていたのだが、すっかりご無沙汰していたため見知っている顔はほとんどいない。

 ここはあくまでも宿屋のため、長期滞在する客は俺ぐらいだもんな。

 そんな空気間にちょっと疎外感を感じつつ空いている席に座ると、すぐにルースが食事を運んできてくれた。


「お待たせしました! 朝よりは豪勢じゃないんですが、味わって食べてくれたら嬉しいです!」

「いやいや、十分豪勢だよ! ありがとう。ゆっくり味わって頂くね」


 ルースが運んできてくれたご飯は、サクサクの衣がついたステーキに野菜とお肉の風味漂うスープ。

 それから魚介の乗ったサラダに、メインは白いご飯と香ばしい匂いが食欲をそそるダンベル草カレー。

 確かに朝よりは料理自体の種類が少ないけど、十分すぎるほどに豪華な夜ご飯。


 カレーに衣つきのステーキを乗せるのをカツカレーと呼ぶらしく、これがまた至極の一品。

 もう我慢ができなくなった俺は、食前の挨拶をしてから一気にご飯を頬張ったのだった。



 食堂にて美味しい料理を堪能した俺は、いよいよ明日に向けての準備に取り掛かる。

 植物を摂取する前に荷物の確認から。


 最低限の荷物で攻略を行うため、忘れ物は厳禁。

 何かを一つ忘れた時点で、攻略が中断する可能性が大いにあるため三重のチェックで確認を行っていく。


 荷物の確認を終えたら、次は装備の確認。

 おばあさんから借りた装備を丁寧に手入れしていき、剣のメンテナンスも滞りなく行う。


 二十三階層はボス戦となるため、装備品に関しても絶対に気を抜くことは出来ない。

 人間は慣れていくものだが、初めての経験には弱いところがあるからな。

 装備の手入れを入念に行い、最後にボス戦用のアイテムチェックも終えたところで……いよいよ植物接種のお時間だ。


 満腹だしもう何も口に入れたくないのだが、少しでも強くなるために欠かしてはならないもの。

 俺が唯一他の人よりも優れている部分だし、これを手放したら凡人以下になってしまう。


 バチンとほっぺたを叩いて気合いを注入し、先ほど準備した魔力草団子と牛乳を手に取る。

 手が勝手に震えるほどに体からの拒否反応は凄いが、次々と団子を口に入れては牛乳で流し込み、無事に新しく発明したダンベル草風船花も摂取することに成功。


 強烈な苦味や臭いが胃から込み上げてくるのを必死に堪え、なんとか治まるまで吐き気を耐えた俺は、明日の攻略に向けて睡眠へと就いたのだった。


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