第三百二話 別れの挨拶

 

 【鷲の爪】を出た瞬間、店の前で座っているアルナさんが目に飛び込んできた。

 項垂れるように体育座りで座っており、すねたように何やら地面を人差し指でいじっている。


 お店を飛び出て行ってから、ずっとここで座っていたのか……?

 なんて声を掛けたらいいのか分からず、しばらくの間沈黙が流れていると、ここでようやくアルナさんが口を開いてくれた。


「なんですぐに追いかけて来なかった」

「……合わす顔がないからです」

「お金はロザリーから受け取ったし、私は水に流したつもり。元パーティメンバーとして、これから普通に友人として接していきたい」

「アルナさんが良いのであれば、俺もアルナさんとは普通に接していきたいと思ってます。……これからも変わらず、よろしくお願いします」

「ん。それじゃ」

「――あの一つ質問してもいいですか? アルナさんはなんでさっき、逃げたんでしょうか?」

「分からない」

 

 短くそれだけ言い残すと、アルナさんは早足で行ってしまった。

 分からない……か。


 質問の答え自体はモヤモヤとするが、アルナさんから友人として接していきたいと言ってくれたのは本当にありがたかった。

 立場上、俺からは絶対に言えないセリフだからな。


 ロザリーさんとはどうなのか、冒険者は続けるのか、これからどうしていくのか。

 聞きたいことは色々あったが、喉元まで出かかった言葉は口には出ず、俺はアルナさんの背中を静かに見守る。


 全てを終えて戻ってきたら、しっかりと謝罪をしよう。

 そう心に決め、俺は背を向けて歩き出した。



 商業通りで旅の準備を整えたあと、俺は『ぽんぽこ亭』に挨拶に来ていた。

 ランダウストに来てからずっと利用させてもらった宿屋で、一人だった時もルースとルースのお母さんが温かく受け入れてくれたため、寂しさを感じることなく俺は新生活を充実させることが出来ていた。


「ルース、ルースのお母さん。本当にありがとうございました」

「こちらこそありがとうね。ルイン君がずっと泊まってくれて、こっちが助かっていたのよ? 金額以上のお金も払ってくれていたしね」

「お金に関しては、夜遅くに帰ってきたと思えば朝一で出て行くような生活をしていたのに、毎度のようにご飯を準備してくれていたからです。最後の最後まで、本当に気苦労をかけさせてしまってすいません」

「ううん、気にしなくていいのよ。勝手にだけど、ルイン君のことは家族のように思ってたから。ね、ルース」

「うん! ルインさん、戻ってきたらまた泊まりに来てくださいね!」

「絶対にまた泊まりに来させてもらうよ。ルースもずっと気にかけてくれてありがとう」


 ルースのお母さんとルースの満面の笑みに見送られ、俺は『ぽんぽこ亭』を後にした。

 本当に最後まで迷惑をかけてしまったのに、ずっと笑顔で俺を支えてくれていたな。


 少し晴れやかな気分で商業通りを抜け、あとランダウストでやるべきことといえば……。

 『ラウダンジョン社』で、トビアスさんに別れを告げることだな。


 俺の気持ちも落ち着いたし、時間が空いた今ならトビアスさんもいるかもしれない。

 通い慣れた古びた商店街に入り、『ラウダンジョン社』へと向かう。


 専属契約を結んでいたただけに、何の相談もなくパーティを解散したため少し入るのに躊躇したが、俺は扉を押し開けて中へと入った。

 人の少ないランダウストとは裏腹に、中では忙しなく動いていて、かなり忙しそうにしている。


「あっ、ルインくん。……トビアスなら戻ってきてるわよ」

「本当ですか。呼んでもらってもいいですか?」

「うん。ちょっと待っててね」


 入口からデスクが近いジュノーさんが、入ってきた俺に気づくや否や、すぐに声を掛けてくれた。

 トビアスさんは戻ってきているようで、ランダウストを発つ前に話すことが出来そうで一安心だな。


 少し待っていると、ジュノーさんに連れられて顔を見せたのは――恐らくトビアスさん。

 血色が悪く黒ずんでおり、髪の毛や髭がいつにも増して無造作で、パッと見ではトビアスさんかどうか分からなかったが、間違いなくトビアスだ。


「よう、ルイン。久しぶり」

「……トビアスさんですよね? 随分と……その……」

「ああ、ちょっと最近眠れていなくてな」


 疲れからか声もかすれている。

 今回の襲撃によって死んでしまった親族に挨拶周りをしていたと言っていたし、その疲れが溜まっているのかもしれない。


「大丈夫ですか? 会っていきなりですが、少し休んだ方がいいんじゃないですか?」

「俺は大丈夫だ。それよりも――ルイン、すまなかった」


 悲しげな表情を見せてから、俺に対して深々と頭を下げてきたトビアスさん。

 この様子から、挨拶周りは何が起こったのか説明だけでなく、方々でずっと頭を下げ続けていたことを俺はすぐに理解した。

 

「謝らないでください。トビアスさんは何も悪いことをしていませんから」

「もう聞いているだろ? ルインが慕っていた【青の同盟】に、声を掛けたのは俺なんだよ。俺が声を掛けていなければ……死なずにすんでいた」

「それは違います。アーメッドさんが戦っていなければ、より多くの死者を出していたと思いますし、アーメッドさんならトビアスさんに声を掛けられていなくとも戦っていたと思います。あの人は本当に戦いが好きですから」

「いや、全員で集まって戦っていれば、数で押せていたかもしれないんだ。わざわざ敵の親玉がいる場所に奇襲をかけにいく必要は一切なかった。なんで俺は奇襲が成功すると……」


 そこからは俺に対してではなく、自分に問いかけるようにぶつぶつと言葉を発し始めたトビアスさん。

 いつものような飄々とした態度は一切見せず、一人で全てを抱え込んでいるのが分かった。


「何度も言いますが、トビアスさんのせいではないです。今回関わってくれた冒険者の皆さんは、全てを理解した上で戦ってくれたと思いますから」

「…………すまないな。ルインに慰めさせてしまって」

「ですから、トビアスさんはトビアスさんにしか出来ないことをやってください。ここで倒れたら元も子もないですよ」

「確かに……そうかもしれないな」


 トビアスさんはここでようやく、小さくだが笑顔を見せてくれた。


「俺も俺にしか出来ないことをやるつもりです。ですので、唐突になってしまうのですが――俺は今日でランダウストを出て行きます」

「…………そうか。ルイン、お前は出会った時からずっと強いな。ルインのお陰でこの『ラウダンジョン社』は持ち直せた。本当にありがとう」

「全然強くないですよ。今もいっぱいいっぱいです。……俺は必ず成果をあげて戻ってきますので、それまでどうかお元気で――トビアスさんも頑張ってください!」

「ああ。ルインも体には気をつけて頑張れよ」


 トビアスさんと互いに頭を下げ合う形で別れを告げ、俺は『ラウダンジョン社』を後にした。

 トビアスさんの様子はかなり心配だが、ここで折れるような人ではないと信じている。


 俺はこうしてランダウストに別れを告げ、隣国である帝国を目指し進み始めたのだった。


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