第三百三話 国境越え


 ランダウストを出た俺は整備された公道を進み、三つの街を経由しつつ国境まで辿り着いていた。

 魔物や盗賊などの懸念もあったが、公道を通ったお陰か魔物とはほとんど遭遇せず、盗賊に関しても気配すら感じなかった。


 歩けば魔物に遭遇するダンジョンでの経験のお陰で、この二週間はほぼ休みなく歩きっぱなしだったが、肉体的にも精神的にも疲労を感じることなく、ここまで辿りつくことが出来ている。

 このままのペースならば、問題なく『竜の谷』までは到着出来そうだが……俺が一番心配なのはこの国境だ。


 アーサーさん曰く、冒険者カードさえあれば問題なく通れると言っていたが、それと同時に街の身体検査とは比べものにならないほどの、入念な身分確認と身体検査を行われるらしい。

 少しでも違和感があれば、すぐに兵士によって牢にぶち込まれるらしく、自分が危険だと思うものはなるべく持ち込むなという助言を受けた。


 首を真上に上げなければ、先端が見えないほどの高い壁が立ち塞がっており、有刺鉄線で囲われた先には大きな建物が壁に埋め込まれるように建っている。

 あの建物が王国と帝国の入出国管理局だろう。


 建物から溢れんばかりの人が並んでおり、帝国へ向かう人の数が尋常ではない。

 平均的な利用者数を知らないが故に、俺はこの人数の出国希望者を見て、魔王軍の襲撃を恐れて逃げる人なのではと思ってしまう。


 そんな大勢の人の中に混じり、俺は入国検査を行うべく静かに順番を待つ。

 一人、二人と徐々に中へと入って行き、数時間経過しようやく俺の番が回ってきた。


 建物の中は五つのゲートが並んでおり、それぞれのゲートに十人ほどの検査官が配置されている。

 検査を受ける前に軽く指導があった通り、身分証を手に持ち鞄と身体検査をすぐに受けられるようにして順番を待った。


「身分証の提示を」

「ご確認お願いします」

「次に鞄。それから両手を上にあげて前に進め」


 威圧的な指示を受けながら、完全に無防備な体勢を取らせられ、俺は三人の検査官の待つ場所へと歩く。

 三人の検査官は俺の全身を弄るように、何か隠し持っていないかをくまなくチェックし、一分ほどの検査でようやく身体検査が終了した。


「名前は?」

「ルイン・ジェイドです」

「職業は?」

「冒険者です」

「……大丈夫だな。行っていいぞ」


 そんな短い質問でようやく全ての入国検査が終わったのか、渡した冒険者カードと鞄を返され、俺は中へと通してもらうことが出来た。

 鼓動が速くなるほど緊張したが、兵士に捕まることなく無事に入国。

 

 出入国管理局を出て、俺は初めて帝国の地へと足を踏み入れた。

 人が多い上に、景色も王国側と大差なく、帝国に来た――といった実感は起きないな。

 くだらないことを考えるのをやめ、俺は管理局にいる多くの人を抜き去る形で、足早に『竜の谷』を目指して出発した。


 

 出入国管理局から歩いて数十分、俺は出入国管理局から一番近い街ピレラールに到着。

 王国が近いお陰で貿易が盛んだからか、かなり栄えた街のようだ。

 

 この街で『竜の谷』の情報を集めつつ、地図を買ったり等の準備を整えていこうと思っている。

 見知らぬ街で情報を集める場所といえば……やはり酒場だな。


 お酒を飲む人は口が軽くなっていて、機嫌が良くなれば情報をくれる可能性が非常に高い。

 お店のマスターも情報通の人が多く、情報集めにはかなり適した場所だ。


 俺は大衆酒場を探し、一番賑わいを見せている酒場に早速入ってみることにした。

 まだお昼過ぎくらいなのだが、既にかなりの賑わいを見せていて、あちらこちらで話し声が響き渡っている。 

 俺は気の良さそうな人を探し、見つけた大柄のけむくじゃらの男性に話しかけた。


「すいません。ちょっと話を伺ってもよろしいですか?」

「グワッハッハ! ……ん? なんじゃ! 小僧も昼からお酒か? いいぞ、一緒に飲もうじゃねぇか!」


 思った通り、感じは良さそうなのだが、かなり酒が入っているのか声が大きい。

 俺は笑顔を浮かべつつ、お酒を奢ることをチラつかせて情報を聞き出しにかかる。


「すいません。俺はちょっとお酒は飲めなくて……。奢りますので飲んでください!」

「お? おお! 奢ってくれるのかよ! 気前が良いな! でもな、小僧に奢られるほど落ちぶれちゃあいねぇ! ほれっ、好きな物頼め! 俺が奢ってやる!」


 奢る提案をしたのだが何故か逆に奢られることとなり、俺は酒場で少し遅いお昼ご飯を頂くこととなった。

 それからおじさんの話し相手をしつつ、奢ってもらったお昼ご飯を食べていたのだが、ここでようやく俺に話を振ってきてくれた。


「それで? 坊主は酒も飲まずに昼から酒場で何してるんだ?」

「実はさっき王国から来たばかりでして、帝国に来た目的でもある『竜の谷』に行くための情報を集めようとしていたんです」

「おお! 坊主は王国から来たのか! そんで『竜の谷』に……? 随分と変わった目的だな!」

「確かにそうかもしれないですね。おじさんは『竜の谷』の場所を知ってたりしますか?」

「おお! 知ってるぜ! 何なら知り合いが『竜の谷』近くまで馬車を出すからな! 坊主、紹介してやろうか?」


 まさかの一人目で有力すぎる情報を頂いた。

 ここで紹介してもらうことが出来たら、地図を買わずとも『竜の谷』に行けるかもしれない。


「本当ですか? 良ければ、紹介して頂けませんか?」

「もちろん構わないぞ! ……その代わり、今日は夜まで飲みに付き合え! 俺がピレラールの街の飲み屋街を紹介してやるからな!」


 こうして酒場で出会ったおじさんに連れられ、俺はピレラールの街の飲み屋街周りに付き合った。

 ダンジョンから戻ったあの日から、ほとんど休みなく動いていた俺にとっても何だかんだ良い休息となり、帝国に来て初めての街を楽しく過ごすことが出来たのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る