第三百四話 観光スポット


「おい、サボー! ルインをよろしく頼んだぞ!」

「はいはい。分かってますよ」

「タハールさん、色々とありがとうございました。またいつか出会うことがありましたら、必ずお礼をさせて頂きます」

「気にすんな! 俺も昨日は長いこと付き合ってもらったからな! 楽しかったぜ! またどこかで会おうや!」

「俺も楽しかったです! またいつか会いましょう!」


 ピレラールの街の飲み屋街で飲み明かした翌日。

 最初の約束通り、タハールさんは『竜の谷』方面へと向かうという、商人さんを俺に紹介してくれた。


 かなり親しい商人さんらしく、タハールさんがゴリ押してくれたお陰で荷物と同じところに座るという条件だが、まさかの無償で乗せて行ってもらえることとなったのだ。

 お金がないため徒歩での長い旅路を覚悟していた俺にとっては、本当にありがたい交渉をしてもらった。


 街の外まで見送りにきてくれたタハールさんに、何度も頭を下げて別れを告げ、俺は馬車に揺られながらピレラールの街を後にした。



 道中、暗くなったらキャンプを行いつつ、馬車に乗ってから四日が経過した。

 俺を乗せてくれた商人のサボーさんの話によると、明日にはこの馬車の目的地であるテトラマレの街に到着するらしく、俺が目指す『竜の谷』まではテトラマレから徒歩一週間ほどで行けるらしい。


 『竜の谷』は観光地としても一応有名なようで、『竜の谷』までの馬車は出ているのだが、余計な出費を増やさないためにも徒歩で向かうことにした。

 アルナさんとロザリーさんに手持ちのほとんどのお金を渡してしまったため、手持ちはかなりカツカツな状態。

 

 グルタミン草を生成し、お金にある程度の余裕を持たせてから出発すればよかったのだが、気持ちが先行しすぎて勢いのまま飛び出してきてしまったのだ。

 結局、馬車で数日でいけるところを、徒歩で一週間かけていくのだから、計画を立てることの大事さが身に染みて分からされた。

 ぶつくさ文句を言っても仕方がないため、テトラマレの街に着いたら最低限の準備だけ整え、俺は『竜の谷』を目指して歩き始めることを決意した。


 

 テトラマレを出発してから四日が経過した。

 公道をひたすら歩き続けていたのだが、徐々に道幅が狭くなっていき、今じゃ二本の車輪跡があるだけの場所となっている。


 周囲はダンジョンの渓谷エリアのような岩場となっていて、時折俺の横を馬車が通っていくが完全に人が踏み入っている様子のない景色。

 ダンジョンとは違って倒した魔物が消えることがないため、食料に困ることはないのだが、はたしてこの方角で合っているのかいささか不安になってくる。


 とりあえず一週間は歩き続ける――そう決め、その後もひたすら車輪跡に沿って歩き続けていると……。


「風が変わったか?」


 四方八方に山がそびえ立っているからか、風の勢いがとある地点から強く吹き始めた。

 商人のサボーさんの話によると、『竜の谷』付近には異常なほどの強風が吹くため、近づいたらすぐに分かるという情報を貰っている。

 この風がそうなのかはまだ分からないが、俺は確かな手ごたえを感じつつ、ひたすら先を目指して歩き続けた。



「お! あそこが『竜の谷』か……?」


 風が強く吹き始めたのを感じ取った日の翌日。

 高々とそびえる山の間に、村らしき集落のようなものが見えてきた。


 俺がテトラマレを出てから六日目。

 聞いていた話よりも少し早いが、あの村が『竜の谷』かもしれない。


 更に近づくと村の入口にでかでかと掲げられている看板には、『竜の谷へようこそ!』と書かれていた。

 やはりあの村が『竜の谷』なのだろうが、俺の想像とはやはり少し違ったな。


 タハールさんやサボーさんの口からは『竜の谷』が村であることは聞いていたのだが、おばあさんやシャーロットさんの口ぶりからは『竜の谷』が村だとは到底思えなかった。

 この情報の齟齬が気になりはするが、ひとまずは『竜の谷』と掲げられている村に入ってみよう。


 アーチのような看板の下を潜り抜けて、俺は『竜の谷』の村へと入った。

有名な観光地というだけあり、辺境の場所にある村にも関わらず結構な人がいる。


 お土産屋さんなんかも何店もあり、村を見て回るにつれて俺のイメージとはかけ離れている村だと認識する。

 とりあえず詳しい話を伺うため、定食屋さんに入ってみることにした。


 中に入り、店内を見渡すと……俺のよく知る人物が目に飛び込んできた。

 テーブル席でご飯を掻き込んでおり、いるはずのない人物が何故この場所にいるのか分からず頭が混乱する。


「スマッシュさんとディオンさん……?」

「おお! ルインじゃねぇですかい!」

「どうも、ルインさん。……やっぱりまだ着いてないだけと言ったでしょう」

「ずっとルインのケツばっか追ってきたから、今回ももう行っちまったと思ったんでさぁ。まぁ会えたんでやすから、結果オーライって奴ですぜ」

「あ、あの……なんで二人がここにいるんですか?」


 二人は何事もないかのように会話を続けているが、俺は何が何だか分かっていない。

 説明を求めるべく、二人に追求する。


「なんでと言われましても……。アーメッドさんに頼まれたんですよ。ルイン君をよろしくと」

「そうでさぁ。だから、ルインが治療師ギルドを飛び出してから、あっしら必死に探したんですぜ? そしたらグレゼスタに戻ったみたいな話を聞きやして、行ってみたらもういない。またランダウストに戻ったら次は帝国に行ったって言われやして、本当に大変だったんですぜ」

「それは……本当にすいませんでした」

「私たちが勝手に追っていただけで、ルイン君は何も悪くないので気にしなくて大丈夫ですよ」


 説明を受けたがいまいち理解できない。

 二人が俺を追ってここまで来てくれたのは分かったが……アーメッドさんが二人に俺を頼んだ?


「ディオンさん。頼まれたっていうのは、一体どういうことなんでしょうか?」

「すいません。私も詳しくは分からないんです。ただ、アーメッドさんが死んでしまう間際に『ルインを頼んだ』と言われましたので、その指示に従っているという訳ですね」

「あっしらもどうしようか迷ったんですがね、近くで死なないように守るのが正解なんじゃないかって結論に至ったんでさぁ」

「もう私たちよりも、ルイン君の方が強いとは思うんですけどね。ただ、アーメッドさんのお陰でお金には困っていないですし、コルネロ山の時みたいにルイン君を守ろうって勝手に決めたんです。迷惑でしたらすぐに帰るので遠慮なく言ってください」

「俺は全然迷惑なんかじゃないです。……でも、お二人はそれでいいんですか?」

「もちろんでさぁ! やることなんてねぇですから」

「スマッシュさんの言った通り二人じゃ何もできませんし、私たちとしては護衛させてほしいぐらいなんですよ」

「それじゃ……遠慮なくお願いしてもいいですか?」


 アーメッドさんの訃報を聞かされた時、二人には酷い態度を取ってしまった自覚があったのだが……。

 アーメッドさんの最後の指示とはいえど、こうして付き添ってくれるという二人の行動はすごく嬉しかった。


 これから行う特訓にはたして護衛がいるかどうかは怪しいところだけど、見知らぬ土地で一人ぼっちではないというのは、言い知れぬ安心感がある。

 俺は二人との久しぶりの日常会話を楽しみながら、ちょっと早めの昼食を頂いたのだった。


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