第二百九十二話 静かな街


「やっと、やっと出口が見えてきました……。なんとか生きて帰ってこれて良かったです」

「私、今回は本気で死んだかと思いましたよ! やっと体を綺麗にして、心から休めると思うと、嬉しさで涙が出てきそうです……!」

「ん。本当に大変だった。長めの休暇が欲しい」

「もちろんです。疲労を抜き切るためにも、しばらくの間は攻略を休止しましょう」


 二十階層のセーフエリアで数日間体を休め、体勢を完璧に整えてから帰還を目指した俺達は、やっとの思いでダンジョンの入口まで戻ってくることに成功した。

 セーフエリアで休んだといっても、所詮はテントのガッチガチの寝袋で疲労も十分に取り切れていないし、長らく日の光も浴びずに薄暗い洞窟の中に籠っていたため、体の調子もどことなく悪い。


 今回の予想外の長期攻略の疲労を取り切るのに、長期休暇は必須だと思う。

 ……というか、心情的にしばらくはダンジョンに潜りたくないっていうのが本音でもある。


「人が集まってなければいいけど」

「どうですかね……。俺達、なんだかんだ三十階層まで一気に攻略してますから。流石に集まっていないってことはないと思いますけど」

「ですねぇ。過去最高に人が集まっていても。私はおかしくないと思いますよ!」

「うへー。帰りたいけど帰りたくない」


 アルナさんが舌を伸ばし、心底嫌そうな表情を見せた。

 確かにこの疲労感の中、観客の対応をするのはしんどい部分があるが、ダンジョン攻略が一種の見世物となっている以上は仕方のないことだ。

 副ギルド長のアレックスさんが上手いこと捌いてくれていることを祈りつつ、俺たちは十数日に及ぶダンジョン攻略から帰還したのだった。


 押し寄せているであろう観客を想像し、恐る恐る冒険者ギルドの入口へと出る。

 凄まじい歓声が聞こえてきた――と思ったのだが……それは俺の想像で、実際に俺達を出迎えている観客は数えるほどの人数しかいない。

 

 記憶にある限りでは、パーティを組んでから今までで一番観客が少なく、正直ちょっと悲しく感じてしまうほど。

 まぁ、対応に追われないのはありがたいんだけどね。


「全然人がいないですね。アレックスさんが何かしてくれたんでしょうか?」

「その可能性が高いと思います。この人の少なさから考えると、制限をかけてくれたのだと思いますが……俺達のためだけにそこまでしてくれるんですかね?」

「どっちでもいい。囲まれなくてラッキーだった」


 アルナさんは嬉しそうにそう言ったが、観客だけでなく冒険者やギルド職員の数も少ないのが気になってしまう。

 深夜ならあり得てもおかしくないが、ギルド内に差し込む光から察するに今は朝から昼辺り。


 少ないながらも人はいるため、大事件が起こったとかではないと思うんだけど……。

 俺はちょっと嫌な胸騒ぎを覚えた。


「外も人が少ないですね。ちらほらとは見えますけど、こんなに人が少ないのは初めてです」

「今日は宗教的に何か特別な日とかなんですかね?」

「……うーん。私は聞いたことないですね」

「なんでもいいじゃん。早く解散して休もう」

「まぁ、確かにそうですね。今日は流石に反省会はやらずに、ここで現地解散としましょうか」


 嫌な予感がしっ放しだが、とりあえず疲労感が強く、他のことに意識を割きたくない感情が強い。

 休んでいる内に何かしらの情報が入ってくるだろうし、今は考えなくていいと思うが……。


「それじゃ、また日を空けてから集まりましょう! ルインさん、アルナさんお疲れ様でした!」

「お二人共、今回は本当に迷惑をお掛けしました。お礼はまた改めて言わせて頂きます。お疲れ様でした!」

「ん。おつかれー」


 別方向へと歩き出した二人を見送り、俺も『ぽんぽこ亭』を目指して帰路に着く。

 歩きながらでも、一瞬でも気を抜けば寝てしまいそうな中、ダンジョン通りからメインストリートへと戻ってきたのだが……。


 やはりメインストリートに入っても、人通りが明らかに少ない。

 店は開いているのだが、常に活気溢れていた街とはかけ離れており、まるで別の街に来たのではと錯覚するほど。


 モヤモヤとした感情がより一層強くなり、俺は襲い来る眠気を押し殺して、『ラウダンジョン社』へと向かうことを決めた。

 近くにいる街の人を捕まえて、手っ取り早く聞き込みをしてもいいのだが、大量かつ正確な情報を手に入れるのであれば、トビアスさんに聞きに行くのが一番効率がいい。


 ついでに三十階層攻略成功の報告もすればいいし、一石二鳥だ。

 疲労感と漏れ出る大きなあくびを噛み殺しながら、俺は街の外れにあるラウダンジョン社へと向かった。



 いつもは必ず立ち止まる醸造台をスルーし、二階への階段を上る。

 扉がガラス製のため中が見えるのだが、皆いつにも増して真剣な顔つきで必死に何かの作業へと取り掛かっていた。

 

 比較的入りやすい場所なのだが、今回ばかりは少し躊躇しつつも扉を押し開ける。

 ペンが走る音だけが響く静寂の中、俺が入ったことで半数以上の人の視線が俺へと向けられた。


 中には集中し切っていて俺に気づいていない人もいるが、大多数の人が俺を見ているためかなり気まずい。

 俺は片手で頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべてトビアスのことを訪ねる。


「お忙しいところすいません。トビアスさんはいますか?」

「トビアスは今急用で空けているわ。私で良かったら話聞くけど?」


 俺の問いに返事はなく、若干の間があってからジュノーさんが立ち上がって答えてくれた。

 いつもは空席の目立つラウダンジョン社だが、今日はデスクが満席に近いため、いるのではと思ったが席を外していたか。


 ジュノーさんに尋ねてもいいのだが、別に急な用事ではないからな。

 忙しそうにしているし、また日を改めて訪ねよう。

 そう思い直し、俺は断りを入れようとしたのだが……。


「例の喫茶店でいい? 場所を移しましょう」


 俺の返答を聞く前に、そう言い捨てて部屋から出て行ったジュノーさん。

 慌てて後を追うように、ラウダンジョン社から出てジュノーさんの後を歩く。


 例の喫茶店までの間、早足で歩くジュノーさんに俺は一言も声をかけれず、喫茶店の席でようやく面と向かって顔を見ることが出来た。

 それから珈琲を頼み、流れるように運ばれてきた珈琲を飲んで一息ついたところで、俺はいきなり衝撃的な話をジュノーさんから聞かされるのであった。

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