第百三十七話 紫トロールの噂


「それで……バーンもルインもかなりズタボロのようじゃが、一体どんな魔物にやられたんじゃ? 街外では【鉄の歯車】が苦戦するほどの魔物はいなかったように思えたからのう」


 お互いの自己紹介のような話から、今日の話へと移り変わった。


「紫色のトロールにやられたんです。今回の魔王軍の指揮官らしいのですが……エドワードさんは何か知っていたりしますか?」

「ほう、紫色のトロール……。もしかすると、ヴェノムトロールかもしれんな」

「ヴェノムトロールですか?」

「ああ。儂も噂でしか聞いたことがないのじゃが、魔王軍が人為的に作り出した魔物だと聞いたことがある。毒に対する抗体を持っていて、更には回復力や純粋な筋力、それから知能までもトロールよりも遥かに高い魔物って噂の魔物じゃ」


 エドワードさんの話を聞く限り、ヴェノムトロールと俺達が戦った紫トロールはかなり酷似しているな。

 というか、あの紫トロールはヴェノムトロールだったのだと思う。


「その条件にかなり当てはまっていますね。私達が戦った魔物は高確率でヴェノムトロールだったと思います」

「ヴェノムトロールだったんじゃな……。これはかなりよくない情報かもしれんのう」

「よくない情報ですか? なにがよくない情報なのでしょうか?」


 深刻そうな声色でそう言ったエドワードさんに、俺はすぐさま聞き返す。

 ヴェノムトロールは俺達がしっかりと倒してきたし、それについては良い情報だと思うのだけど。


「もしかして倒した後に、なにか毒のようなものを放出するとかあるのでしょうか?」

「あーいや、そういった話ではなくてのう。さっきもちょろっと話したが、ヴェノムトロールは人為的に作り出せると噂の魔物。つまり、いつでも作り出せる魔物の可能性が高いということなのじゃよ」


 噛み砕いた話を聞いて俺もようやく、エドワードさんが良くないと言った意味を理解出来た。

 魔王軍は、俺達五人掛かりでギリギリ勝てたあのヴェノムトロールを、いつでも作り出すことができる。


 ……下手をすれば無限に且つ、大量に作り出せる可能性もあるということ。

 その事実に背筋が寒くなるのを感じた。


「それが本当だとしたら……かなり不味くないですか?」

「どうやら儂が言わんとすることが理解出来たようじゃの。まあ、どうやって作っているのかも分からなければ、本当に人為的に作られた魔物なのかも分からないから、なんとも言えんが……。どちらにせよ早急に調べないといかんのは事実じゃな」


 魔王軍……。

 ヴェノムトロールと戦ってその存在の大きさに驚愕したが、まだまだ俺が思っているよりも大きな組織なようだ。


 それからエドワードさんと、魔王軍についてや戦闘についてのお話を聞かせてもらいながら、ようやくグレゼスタの街へと戻ってくることが出来た。

 バーンはすぐに【エルフの涙】へと運ばれ、俺もエドワードさんにボロ宿まで運んでもらった。


「エドワードさん、グレゼスタまでおぶって頂きありがとうございました。面白いお話もたくさん聞けてとてもタメになりました!」

「ふぉっふぉっふぉ。そんなこと気にしなくて大丈夫じゃ。ルインは無償でセイコルの街に助けに行って、敵軍の指揮官までやっつけたんじゃからな。おんぶくらい喜んでさせてもらうわい」


 笑顔でそう言ってくれたエドワードさん。

 まだまだエドワードさんには聞きたいことが山ほどあるし、今日のお礼も兼ねてまた会いに行きたい。

 戦闘の指導もして貰いたいしね。


「とにかく本当に助かりました! また日を改めてお礼に行かせて頂きます」

「お礼なんかいらんよ。儂がお節介でおんぶしただけじゃからな。……それよりも疲労が極限まで溜まっているようじゃから、数日は安静にするんじゃぞ」

「はい。しばらくはゆっくり休ませて頂きます。ありがとうございました!」


 去っていくエドワードさんにお礼を告げてから、俺はベッドまで這って移動し、ヴェノムトロールとの激戦の疲れを癒すため泥のように眠ったのだった。

 


★   ★   ★



 ……………………ん?

 誰かいる……のか?


 ボロ宿へと帰宅後、死んだようにずっと眠っていたのだが、部屋の中から物音がした気がして目が覚めた。

 まだ痛い体をなんとか動かしてベッドから起き上がると、誰かがいないか部屋の中を見て回る。


 部屋の中は真っ暗で、今が夜だと言うことが分かった。

 こんな夜中に部屋に入ってきたとなると……もしかしたら泥棒の可能性がある。


 寝惚け眼を擦って眠気を飛ばしながら、手探りで部屋の中を探すと——玄関に人影が見え、その人物が部屋から出ようとしているのが見えた。

 一瞬、悲鳴が出掛かったが……その人影の立ち姿に見覚えがあり、ギリギリのところで声を止める。


「…………キルティさん?」


 心当たりのあった人物の名前を呼ぶと、その人物は後ろ向きの状態のまま、片手で頭をポリポリと掻いた。

 そこでようやくこちらを振り向いたことで、月明かりがその人物の顔を照らし、キルティさんの顔がはっきりと見えた。


「……すまない。何度かノックをしたのだが返事がなくてな、ドアノブを回したら鍵が掛かってなかったから入ってしまった」


 本当に申し訳なさそうな表情で、俺にそう告げてきたキルティさん。

 いや、ノックに反応出来なかった俺が悪いから、入ったまでは別にいいのだが……逃げようとするのは止めてほしかったな。

 本当に泥棒かと思ってしまい、今も心臓がバクンバクンと鳴っている。

 

「キルティさんですし、入るまでは別に構わないのですが……逃げるのは止めてください。泥棒かと思いましたよ」

「いや、本当にすまなかった。入った瞬間にルインが起きたような音が聞こえて、気が動転してしまったんだ」

「……まあノックに気づかなかったのも悪いので、大丈夫です。それよりもこんな夜中にやってきたってことは、なにか急用でしょうか?」

「急用……と言うか、セイコルの街で倒れていたから心配で様子を見に来たんだ。ついでに今日の話もしたいと思っていたんだ」


 普段と違って、もじもじしながらそう話すキルティさん。

 ……逃げようとしたところを見つかったのが恥ずかしいようで、顔もかなり赤くなっていた。


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