第百三十一話 異様なトロール


 喜びの表情を期待して振り返ったのだが、予想に反した二人の表情に俺は戸惑ってしまう。

 気づかない間に、なにか変なことでもしてしまったのだろうか。


「えーっと、あの……。次の魔物を倒しに行きますか?」


 表情を強張らせたまま、一歩も動かない二人の沈黙に耐え切れず、俺から声を掛ける。

 そんな俺の声かけに、ようやくハッとしたような表情をしてから、ライラが猛スピードで目の前まで近づいてきた。


「ルイン……!何、今の戦い!! オーガ4匹を瞬殺って意味が分からないって!!」

「俺も茫然としちゃったわ。……オーガは仮にもDランクに位置する魔物だぞ。それを何もさせずに瞬殺って……なぁ?」

「そう言われても……。対魔物の戦闘は対人戦以上に訓練してたから、オーガは人型なのもあって相乗効果でいい結果が出たんだと思うよ。それにポルタの【ブレイブ】もあったしさ! ……って、それよりも次の魔物を倒しに行かないと!」


 まだ納得のいってなさそうな顔をしている二人だが、俺のその呼びかけに応じて、次なる魔物を探して街中を駆けて回ることに。

 目についたオーガを俺とライラ、バーンで交互に入れ替わって倒し、街の中心を目指して突っ走った。


 俺達三人の後ろを追いながら、空に向けて【アンチヒール】を放ちまくっているニーナも好調で、空を飛来していた魔物の約半数を既にニーナが叩き落している。

 陸も空も……。圧倒的な速度で魔物を蹴散らしながら、突き進んでいた俺達だったのだが、街の中心にある広場の真ん前で仁王立ちしているトロールを前にその足を初めて止めた。


 トロールはここまでの道中でも数匹倒したのだが、かなり厄介だった。

 斬ってもすぐに斬り口が塞がれる高い自己治癒能力に、筋骨隆々の大きな体躯から繰り出される棍棒のマン振り。

 迂闊に近づき辛いこともあって、三人で取り囲むようにして倒していたのだが……今、目の前にいるトロールは、先ほどまで倒したトロールとはまた少し様子が違っている。 


 体の色が通常の緑色ではなく紫色で、体格は緑のトロールよりも少し小さいのだが、体幹がしっかりしているのか緑色のトロールよりもバランスが良く見える。

 服装も、毛皮だけが腰に巻かれているのではなく、しっかりとした服で全身着飾っていて……それに武器も雑に作られた棍棒ではなくて、切れ味の良さそうな大剣を持っていた。


 見るからに今まで戦ってきた魔物とは一線を画す、その紫トロールの立ち姿に俺達は迂闊に近づけずにいる。

 もしかしたら……この魔物が魔王軍の幹部とやらなのかもしれない。

 俺がそう思い始めたとき、この沈黙を破るように紫色のトロールが‟話”を始めた。


「グヘヘヘヘ。お前ら何だよ、かかってこないのか?」


 明らかに魔物の口から言葉が発せられたことで、驚きから背筋が伸びる。

 呻き声や鳴き声ではなく、はっきりとした人の言葉。

 魔物が人の言葉を話すというその事実に、衝撃を隠しきれない。


「ああ?何驚いてんだよ! オラッ、早くかかってこいや!」


 下卑た笑みを浮かべている紫色のトロール。

 俺の知っている魔物像からかけ離れたそのトロールを前に、俺は突っ込むに突っ込めずにいる。

 それは俺だけでなくバーンもライラも同様のようで、息を呑む音がはっきりと聞こえた。


「…………撤退するか? こいつはヤバい」

「私も賛成。一度、逃げて……援軍を待った方がいいと思う」


 バーンだけでなく珍しいライラからの弱気の言葉に、このトロールが如何に危険なのかが分かる。

 俺は経験自体が浅いのもあるのと、キルティさんを毎日相手取ってしまっているからか……確かにこのトロールからは嫌な雰囲気は感じているんだけど、全員で連携を取れればイケると思ってしまっている。


 ……ただ、二人がそう言うのならば、戦闘は避けるべきか。

 そう思って二人の言葉に頷こうとしたその時。――横道から飛び出てきた少女の姿が視界に入った。

 なにやら魔物に追われているのか、後ろを向きながら走っているため、正面の紫トロールに気づいていない。


 紫色のトロールも走ってきている少女の姿を見つけたのか、口元をニヤつかせたのが俺には分かった。

 バーンとライラは少女に大声で注意しているが、背後から魔物が追ってきているのだとしたら、止まることは出来ないはず。


 そう思ったら……俺の体は勝手に飛び出していた。


 紫色のトロールと少女の間に向かって、俺は剣を構えて全力で駆ける。

 視界の端ではトロールが少女に向かって、大剣を振り下ろすのが見える。


 間に合う、間に合う、間に合うはずだ!!


 自分に言い聞かせるように心の中でそう連呼し、あの大剣を食い止めることだけを考えながら、ギリッギリで少女の前に体を滑り込ませることに成功。

 そのままの流れで、紫トロールから振り下ろされた大剣目掛けて、俺は鋼の剣を思い切りかち上げた。


 俺の鋼の剣と紫トロールの一撃がぶつかり合い、周囲に爆発音のような音が響き渡ったが——なんとか相殺することに成功。


 そのまま俺は少女を抱えて窮地を抜け出すと、即座にその場から逃走。

 紫トロールが追ってくる動きを見せたが、俺の後を追ってきていてくれたバーンとライラが立ちはだかってくれた。


 ふぅー、ふぅー。

 間に合わないかと思ったが、なんとか助けることが出来て良かった。

 ただ……これで、紫トロールとの戦闘は避けられなくなってしまったか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る