第百十七話 新たな特訓法
おばあさんからポーション生成を習い始めてから、約三カ月が経過した。
ポーション生成の近況はと言うと、回復ポーションならば、おばあさんの付き添いなしで生成出来るようになっており、更にはおばあさんの付き添いありきだが、魔力ポーションの生成にも、つい先日成功することが出来た。
毎日、おばあさんの元気な姿を見れるし、お話を出来るだけでも楽しいのに、体を休めることも出来て、更にポーション生成も身に付く。
レシピを覚えたり手順を覚えたりと、かなり頭は使うが、これ以上ない至福の時間を過ごさせてもらっている。
それと、これはかなり意外だったのだが、おばあさんの指導方法が褒めて伸ばしてくれるスタイルのため、精神的なダメージがほとんどない。
指導となると、おばあさんの悪い性格が出るのかなぁと勝手ながらに思っていたのだが、常に笑顔で優しく教えて貰っている。
就職先が治療師ギルドではなくて【エルフの涙】だったら、こうしておばあさんと二人でお店を切り盛りしながら、のんびりとして楽しい生活を送っていたのかな……なんて想像してしまう程には、今のポーション生成する生活が楽しくて仕方がない。
今行っている魔力ポーションの次に教えてくれると約束している、苦みの成分の薄い植物全般に使える汎用性のあるポーション生成法で、ひとまずの終わりを告げられているため、このポーション生成生活に終わりが見えているのが少し寂しさを感じている。
そして、肝心の剣術の方はと言うと、キルティさんによる三カ月に渡る朝と夜の指導のお陰で、上段からの斬り下ろしだけでなく、袈裟斬り、斬り払い、逆袈裟、切り上げ、突き。
基本の振り方の基礎を叩き込まれたお陰で、人並みにはしっかりと剣を振ることができるようになり、戦いについても正当な駆け引きが出来るようになった。
そのお陰もあり、一昨日に行っていた植物採取での模擬戦大会では、初めてライラ相手に一勝を挙げることができ、【鉄の歯車】のみんなに驚かれた。
俺だけでなく【鉄の歯車】さん達も成長を遂げているため、勝ちはまだまだ難しいかなと思っていたのだが、一勝でも勝ちを挙げることが出来たのは大きな経験になったし、ちゃんと強くなれているんだと言う自信にもなった。
それで昨日、植物採取から帰ってきて、早速キルティさんに勝利を挙げることが出来たと報告したところ、なにやらニヤリと笑ってから、今日は早朝から木剣でなくフル装備で来るように言いつけられた。
理由は教えて貰えなかったが、俺はキルティさんの指示に従い、フル装備の準備を整えるため、いつもより少し早く起きて着替える。
それからキルティさんが来るのをボロ宿前で待っていると、いつもより少しだけ遅れてキルティさんがやってきた。
ただ…………キルティさんの様子が見るからにおかしい。
キルティさんの格好がいつもの甲冑ではなく、初めて見る私服のような服装。
黒のストレートのサテンパンツに、白のお洒落なノースリーブのブラウスでコーディネートされており、元が美人なだけに別人のように見える。
更には髪もいつものようにまとめられておらず、綺麗な青みがかった黒髪を下ろしているのも、別人具合を上げている気がした。
……と言うか、いつも鎧だったためあまり分からなかったのだが、服装も相まって……なんと言うかその、視線の置き場にかなり困る。
「ルイン、おはよう」
「お、おはようございます。……じゃなくて、キルティさん! どうしたんですか?その服装!」
「ん? 普通の私服なのだが……どこか変か?」
「い、いえ! 変ではなく……とても似合ってるんですが……」
「そうか! そう言ってくれると嬉しいな」
パッと花が咲くような笑顔を見せたキルティさんだったが……って違う、違う。
似合っているか似合っていないかはどうでもよくて、なんでこんな服装なのかが俺は気になっているのだ。
「じゃなくて、どうして私服なんですか? いつもは騎士団の鎧を着ているじゃないですか!?」
「今日は久しぶりの休暇を貰ったんだよ。それで少し特別な訓練を行おうと思ってね。この服装は余所行きの服装だよ」
「余所行きの服装……それに特別な訓練ですか?」
「ああ。一つ提案なのだが、私と少しデートをしてはくれないか?」
そんなキルティさんの言葉に少し期待しつつ、俺はついて行ったのだが……連れて来られた先はグレゼスタ郊外にある大きな森。
確かここは、以前一度だけ採取をしに行こうとしていたナバの森だ。
ブルータルコングと言うBランクの魔物がいると、【鉄の歯車】さん達が言っていた森だと思うんだけど、こんなピクニック感覚で来ていいのだろうか。
キルティさんは一応、細身の剣を帯剣してはいるけど、服装的にも戦闘を行えるようには見えない。
…………ということは、俺が戦うことになるのか?
「よし。ここら辺でいいだろう。ここまで来たらもう、私がルインになにをさせようとしているか分かるな?」
「えーっと、魔物と戦わせる……ですかね?」
「ふふっ、正解だ。流石にもう数ヵ月も一緒にいるから、私の考えが分かるようになってきたか」
俺が言い当てたことで、どことなく嬉しそうな表情を見せているキルティさんだが、対する俺は全然嬉しくない。
魔物との戦闘はゴブリンとコボルト相手に数回戦ったことは一応あるが、アングリーウルフと言う稀有な例を除いて、基本的には見晴らしのいい場所ではぐれている個体を見つけて戦闘を挑んでいた。
こんな見晴らしの悪い場所、且つ、魔物がうじゃうじゃといる森での戦闘は、心情的には出来る限り行いたくない。
それにキルティさんのことだし、多少の無茶をさせてきそうな感じもあるしな。
「こんな森でやることと言えば、植物採取か魔物を狩ることぐらいしかないですからね」
「ふっ、確かにそれもそうか。まあ、なにをやらせたいのかと言うと、私はルインに更なる経験を積ませたいんだ。もう基礎の型は身に着けたし、死の付き纏う実戦段階に移ってもいいと少し前から考えていた」
「それで魔物との戦闘ってことですか?」
「そうだな。本当は人間相手が一番いいんだが、人間相手に殺し合いなんてそうそうできるもんじゃないからな。ルインは魔物相手の戦闘経験も少ないだろうし、ルインにとっても魔物相手で経験を積むのがいいと思ったんだよ」
なるほどな。
一応、段階的に、魔物との戦いが出来るようになったから、連れてきたって感じだったのか。
……キルティさんがそう判断したのなら、俺も覚悟を決めてやるしかない。
いつも護衛してくれている【鉄の歯車】さん達がいないのは、俺としてはかなり心細いが、キルティさんがいるならば危なくなってもなんとかしてくれるだろうし、俺は後のことを考えず全力で魔物を狩ることだけを考えよう。
ここまで、キルティさんについてきて何の失敗もなかった。
今回も不安はあるが、信じてついていこうか。
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