第三百五十三話 ハエ蛾
空を飛びながらも、まるで静止しているかのように体が一切ブレていない。
ただその羽だけは見えないほど高速に動いており、そのせいもあって宙には煌めくような粉が舞っている。
巨大なハエ蛾がいなければ、舞っている粉はカラフルで綺麗に思えるんだけど……。
あの粉の出所がハエ蛾だと思うと一気に気味悪く感じる。
「ルイン君、どう戦いますか?」
「空に逃げられるのは厄介なので、なんとか地面に叩き落したですね。ディオンさん、下に叩き落す方法を思いつきますか?」
「やはり弓矢じゃないでしょうか? 私も扱えますのでルイン君の動きに合わせて弓矢を当てます」
「お願いします。スマッシュさんはまだ隠しておきたいので、ディオンさんに任せますね」
俺は軽く作戦会議を行ってから、俺は飛行しているハエ蛾に向かって走り出した。
多少の高さならばジャンプで届くだろうし、相手がこちらの力量を図りかねている一撃目はかなり重要。
舞っている鱗粉の中に飛び込むのだけは非常に嫌だが、仮に毒に侵されたとしてもオール草なんかを生成して食べれば問題ない。
そう自分の中で覚悟を決めてから――踏む込む力を強くして、一気に距離を詰めた。
近くで見ると、その体の凶悪さがより分かる。
ぐちゃぐちゃに爛れていたワイバーンゾンビよりも、このハエ蛾の方が気色の悪い見た目をしているな。
体毛というよりも一本一本が針のようになっていて、無数の小さな目が集まったかのような赤く光り輝いている眼は、俺ではなく正面だけを見据えている。
更には虫とは思えない凶悪なハサミのような口も持ち合わせており、牙のような口をカチカチと鳴らしているため不快な音が耳に届いてくる。
本音を言うと剣でですら触れたくないが……追ってくる以上は殺さなければやられるため斬り裂きにかかった。
眼だけを見ると俺を見ているようには思えないが、かく乱するために正面から突っ込むと見せかけて一気に旋回する。
真横に回り込むように高速で旋回しているのだが、ハエ蛾は体を停止飛行をしたまま体の向きだけを俺に向けてきた。
俺は大きく回っているのに対し、ハエ蛾はその場で向きを変えるだけ。
鳥のような感じではなく羽を高速で動かしているからか、細かな移動や調整も可能なようだし背後を取ることは無理そうだな。
せめてディオンさんが弓矢で狙いやすいように、180度旋回して挟み込むようにしてから意を決してハエ蛾に突っ込んでいく。
宙を舞う粉を思い切り吸い込んでむせそうになるのを抑えつつ、俺は更にもう一段貝速度を上げ――停止飛行しているハエ蛾に斬りかかった。
案の上、高度を上げて避けにかかってきたのだが、俺はジャンプして逃げられるギリギリでなんとか捉えた。
深々とまではいかなかったが、腹部と六本ある内の一本の足を斬り裂くことに成功。
見た目からなんとなく察してはいたが、体自体が硬いということはない。
緑色の体液を漏らしながらも、必死に空中へと逃げていくハエ蛾。
流石にあの高さまで逃げられてしまったら、もうジャンプしても届かない訳だけど……。
ここまで攻撃せずに見守っていたディオンさんが、空へと逃げたハエ蛾に背後から弓矢を放った。
ハエ蛾が俺の一撃を受けて怯んでいたところに、背後からの連続射撃だったため対応できず、ハエ蛾は背中に矢を何本か受けたようだ。
キチキチという奇怪な音を鳴らしていて飛行能力も失われていないようだが、俺があと一発斬り裂くことができればこちらの勝ちは確実なはず。
ただ俺も一発も攻撃を受けていないとはいえ、ハエ蛾が振り撒いている鱗粉らしきものを大量に吸い込んだからか、体が微妙に動かしづらくなり始めている。
目も痒くなってきて視界もボヤけてきたし、指先が痺れ始めてきた。
長期戦はこちらが不利になるため、一気に勝負をつけてオール草を摂取したいところ。
ディオンさんと、背後に控えてもらっているスマッシュさんにハンドサインを送ってから、俺はハエ蛾の注目を集める動きを取ることに決めた。
一連の攻防で、この中で一番危険なのは俺だというのを分からせることができたと思う。
ハエ蛾が絶対に届かない位置まで飛行しているとはいえ、俺が怪しい動きを見せたら確実に食いついてくる。
石か何かを拾ってぶん投げるとかでもいいと思うが、今の俺の身に起こっている状態を考えると……。
俺はわざと膝を地面に着き、口元に手を当てて倒れる仕草を取った。
ディオンさんとスマッシュさんには演技であると合図を送っているため、ハエ蛾が俺の動きに釣られるのをただただ待つ。
恐らくハエ蛾が攻撃を仕掛けてこないのは、この粉による毒の影響を俺が受けるのを待っているから。
そこでこれ見よがしに食らったふりをすれば――よし、狙い通り!
さっき攻撃を仕掛けた時は、俺を視界に捉えつつも周囲の警戒を怠っていなかったが、今は真下にいる俺を食いつくように見ている。
このまま無防備な俺の背中に攻撃を仕掛けてくれれば……これも狙い通りで、ハエ蛾はここぞとばかりに滑空してきた。
俺は逃げる素振りも一切見せず、ディオンさんと隠れているスマッシュさんに全てを任せる。
ハサミのような口をカチカチと鳴らしながら、蹲っている俺に襲い掛かってきたところに――待機していた二人から放たれた弓矢がハエ蛾を襲う。
ディオンさんの弓矢が羽を打ち抜き、スマッシュさんの弓矢が目を打ち抜いた。
滑空していたハエ蛾の動きが完全に止まった隙を見逃さず、俺は立ち上がった勢いのまま巨大なハエ蛾の体を上段から斬りかかる。
今度は逃げることも躱すこともできないため、斬った手ごたえは完璧。
体の芯から綺麗に両断することに成功し、粉を撒き散らしながら襲ってきたハエ蛾は力なく地に伏せたのだった。
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