第二百八十五話 魔人との再戦

※【青の同盟】アーメッド視点となります。




 軽い手当てを終えてから、気配を探りながら森を進むこと数分。

 あまりにもあっさりと、木陰で佇んでいる先ほどの魔人を発見した。


 魔物の大群を引き連れて待っているとか、もっと森の奥に逃げて力を蓄えているとかを想像していたため、興ざめしそうなほど内心では驚いたが表には出さずに堪える。

 魔人は何やら黒い物体に腰を下ろしており、よく見てみるとその黒い物体が大蛇だということが分かった。


 ……確か、あの大蛇のことも記者が言っていたな。

 魔人よりも危険な臭いがするが、引き返すという選択は俺にない。


「てめぇ、よくも逃げやがったな」


 まだこちらに気が付いていない魔人にそう叫びかけると、心底驚いた表情で俺を見てきた。

 余裕そうに休んでいたところを見ても、俺があの魔物の軍勢を突破できるとは思ってもみなかったのだろう。


「まさかあの魔物の中を突破してきたのか?」

「今、俺がここにいるってことはそれしかねぇだろうが! てめぇが狡い手を使ったの忘れたのか?」

「なるほど。…………だとすれば、私がお前の力を測り間違えたのか。軽くやりあった時も読みを外したが……そうか。どうやら戦いを挑んで来た他の人間とは違い、お前は中々の強さを持った人間らしいな」


 こいつは俺から逃げたのにも関わらず、余裕な態度を崩さずにあくまでも上から目線で話してきやがる。

 そんな態度に驚きで一回消えかけた怒りが、また沸々と再燃してきた。


「俺から尻尾巻いて逃げた癖に随分と余裕そうじゃねぇか。もうお前を助けてくれる仲間は近くにいねぇんだろ?」

「……逃げた? お前ごときに私が逃げるはずがないだろう。私はお前と違って暇じゃないだけだ」


 逃げた時に俺が挑発した時もそうだったが、言葉の節々から分かるように煽り耐性はないようだ。

 俺もすぐカチンとくる方だが、こうして傍から見ると感情的になりやすい奴はあまりにも滑稽だな。


「暇じゃないとか言っておいて、今さっきまでそこで休んでたじゃねぇか。別に隠さなくていいぜ。俺から逃げ出した奴は何もお前だけじゃねぇからな」

「…………いいだろう。そこまで死にたいのであれば、望み通り殺してやろう。……それと、私の仲間はもう近くにいないと言っていたが、このユハラハムが見えていないのか?」


 目を大きく見開いた魔人はそう言うと、もたれかかっていた大蛇を軽く叩いた。

 叩かれた大蛇はゆっくりと地を這いながら、甲高い警戒音を鳴らして俺の行く手を阻むように正面へ移動した。


 体格のある俺ですら、一瞬で丸呑みできてしまうほどの巨大な蛇。

 威圧感は魔人の比でなく、魔人なんかよりこの大蛇の方がずっと嫌な感じがしていやがる。


「はっ、気づいていたがてめぇのペットだと思っていただけだ。逃げたいがために、まさかペットにまで戦わせるなんて思いもしていなかったがな」

「このユハラハムがペット。本当にそう見えているのなら、随分とおめでたい頭をしているな」


 気色の悪い笑みを浮かべながら、馬鹿にするような口調の魔人。

 「ただのペットに見えてるわけねぇだろ!」と叫びたいところだが、わざわざ下に見ている相手に本心を伝える必要はない。


「いいから早くやろうぜ。一度逃げられてむしゃくしゃしてんだよ。ペットからでもお前からでも……それとも、俺が怖いっていうならいっぺんにかかってくるか?」

「…………今度こそ私が相手をしてやろう。逃げなかったことをあの世で後悔しろ」

「へっへっ。だから、逃げたのはてめぇだろうが!」


 危険なオーラを放っている大蛇を後ろへと下げたのを見て、俺は一気に魔人へと詰め寄る。

 面構えも雰囲気も、さっきの場所でのものとは一変している魔人。


 今度こそ腰を据え、俺とやり合う気になったようだ。

 高ぶる気持ちを抑えようとするが、体はどうにも止まりそうにない。

 本能の赴くままに大剣を振り上げ――俺は魔人の頭目掛けて勢い良く振り下ろした。


「確かに……人間にしては重い一撃だな。だが、この程度じゃ時間稼ぎもできないぞ?」


 無防備な魔人に渾身の一撃をかましたのだが、魔力によって生み出した黒い剣であっさりと受け止められた。

 こちらは大剣で、魔人の持つ剣は歪な形はしているが片手剣。

 圧倒的に俺が有利な状況での攻撃をあっさりと受け止められ、予想以上の力を持つ魔人に思わずニヤけてしまう。

 

「なにをニヤニヤと笑っているんだ? 力の差が分かったのならとっとと死ね」


 受け止めていた剣を軽く手首で返すと、即座に斬り返してきた。

 俺も大剣を地面につき立てるようにし、なんとかガードを図ったが……速度もさることながら、威力がとてつもない。

 突き立てた大剣ごと引きずられ、地面に力を逃がしているにも関わらず手の痺れもある。


 体は大してデカくねぇのに、ダンジョンで戦ったドラゴンミイラと同じくらいの威力を感じた。

 それに単純な力だけでなく――俺が少しでも離れたと見るや否や、歪な黒い剣を球状に変えると魔法による追撃を放ってくる魔人。

 近接も遠距離も、剣も魔法も扱える……間違いなく今までで最強の相手だ。

 

 俺は飛んでくる魔法に対抗し、大剣に魔力を纏わせて弾きにかかったが、魔力操作は不得意な分野。

 小さい頃、無理やり魔法を習わされていた時は、魔法に関しての天賦の才があると言われていたが、俺の性格との相性が壊滅的に合わず放り出したのを今になって思い出す。


 黒い魔力の塊を大剣で受けながら、もう少し真面目に魔力操作の指導を受けておけば良かったと若干後悔するが、俺は俺らしく力任せに強引に斬り裂く。

 ……ふぅー。

 致命傷を負わされていてもおかしくない連続攻撃を無傷で乗り切ったが……全てを大剣で受けたため、いつへし折れてもおかしくない耐久度になってしまっているはず。


 もちろん、そんな俺の事情などお構いなしで次なる攻撃への移行を見せている魔人。

 避けに徹しながら大剣の手入れを行う――そんな考えが頭を過ったその瞬間。


「エリザ! 本気でやらねぇと死にやすぜ!」

「今回ばかりは楽しむ余裕がない相手です!」


 後ろに控えていた二人からそんな叫び声が飛んできた。

 …………確かに、今の現状や魔人の強さを鑑みても、攻防を長く楽しむ余裕はねぇか。


 意図的ではないのだが、強敵と戦うときは相手の全てを見たくなり、相手に合わせて動くのが体に染みついてしまっている。

 今回も同様、魔人の全てを引き出した上で倒したいと考えてしまっていたが、初っ端から本気でいくしかいようだ。


 俺は次の攻撃へと移行するまでの僅かな間、目を瞑り瞑想する。

 先ほど行ったときよりも更に深い位置まで落とし込み、俺は一気に極限まで集中力を高めた。


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