第二百八十六話 己への枷


 使い物にならなくなった大剣を投げ捨て、俺は両拳を顔の前に構えてファイティングポーズを取った。

 魔人はというと、俺が無手となったことで勝利を確信したのかニタリと気持ち悪い笑みを浮かべている。


「ふふふ。防戦一方だったのに武器も壊れてしまったのか。潔く負けを認めれば、苦しませずに殺してやるぞ」

「…………………」


 俺は戯言には返事をせず、ただ魔人をどう攻撃し、どう倒すのか。

 それだけに思考を全て費やし、ジリジリと距離を詰めていく。


「威勢だけが取り柄だったのに喋ることすら出来なくなったのか。つまらん」


 気持ちの悪い笑みを引っ込めてそう呟くと、片手を前へと突き出して黒い魔力の塊を作り出す。

 この技は、さっきの開けた場所で使ってきた技と同種のもの。


 同じ技を使ってくるとは、とことん舐められているようだな。

 一度見たこの魔力の塊を躱す手段なんて、何十通りも思いついているが……。


「死ね」


 短く発せられた言葉と共に、魔力の塊が放たれた。

 その瞬間に俺も両の拳に魔力を纏わせ、飛んできた魔力の塊に合わせて右ストレートを叩き込む。


 捻じり込むように放った右ストレートにより、魔力の塊は一瞬にして霧散。

 魔人が両目を見開き、驚愕している様子を視界に捉えながら、一気に距離を詰める。


 魔力の塊を正面からあっさりと破られるとは微塵も思っていなかったのか、慌てた様子で魔力の剣を練り上げ、突っ込んだ俺に合わせて剣を振り下ろしてきた。

 ――ただ魔力の剣如きじゃ、俺の拳を止めることは出来ない。

 魔力の塊同様、魔力の剣にも拳を完璧に合わせ、根本からへし折ってやる。


 俺を無手と馬鹿にしていた奴が無手となった訳だが……反応を楽しみたいところを我慢し、まずは魔人の土手っ腹に左の拳を叩き込む。

 完璧にクリーンヒットしたことで体がくの字に折れ、頭が前へと突き出たところに右フックで顎を撃ち抜いた。


 魔人もちゃんと頭に脳みそが詰まっているらしく、顎を撃ち抜いたことで脳が揺れたようで、体を震わせながら地面に膝から崩れ落ちたのを確認。

 一息吐いて嗜虐心を抑え込み、追撃にかかる。


 地面に膝をついたまま動かない魔人を顔面蹴りで吹っ飛ばし、両肩を足で押さえて動かないように上からマウンティングを取る。

 そこからは、ひたすらに顔面を殴りつける作業に入った。


「油断していたところ悪いな。俺は素手が一番強いんだわ。大剣を使っているのは自ら課してる枷みてぇなもんなんだよ」


 拳を顔に打ち下ろしながら、既に顔の原型を留めていない魔人に話しかけるが、もちろんのこと返事は一切ない。

 ……やっぱりこうなっちまうと戦いってのは面白くねぇ。


 奥の手を自らバラし、警戒させた上で更なる力で叩きつぶす。

 それでこそ、相手に一番の絶望を味わわせることが出来るっていうもの。


 今回みたいに絶対に勝たなきゃならねぇ時は、不意打ち紛いで勝負を決めなきゃいけねぇんだろうけどな。

 ごちゃごちゃと色々なことを考えながら数十発もの拳を打ち下ろし、ピクリとも動かなくなった魔人が死んだことを確認してから、俺はゆっくりと立ち上がる。


 後ろでガッツポーズをしているスマッシュとディオンの下へと向かいつつ、俺はチラリと奥で控えている大蛇を一瞥した。

 一体どこで攻撃を仕掛けてくるのかとずっと警戒していたが、漆黒の大蛇はピクリとも動かないまま魔人が死んでいくのを見守っていたな。

 

 『後ろで待っていろ』という指示に忠実に従っていたのか、それとも大蛇の意志で見殺しにしたのか。

 発している圧の大きさならば、圧倒的に魔人よりも大蛇の方が大きいからな。

 

 敵のボスを殺したといってもあの大蛇がいるため素直に喜べないが、俺達に手出しする気配がないのであれば、こっちからちょっかいをかける気はない。

 本来ならばあの大蛇とも戦り合いてぇところだが、連戦に次ぐ連戦のため俺から死の臭いが漂ってきているのを感じている。


「やりましたね! やっぱり最初から全力なら負けるはずがないと思ってましたよ!」

「あっしらが発破かけなきゃ、すぐに手加減するんでやすからね! それで、あの魔人はもう死んでるんですかい?」

「ああ。魔人の方は完全に息の根を止めた」

「魔人の方は――ですか。後ろでピクリとも動いていない大蛇は生きているんですね」

「発している圧から分かんだろ。動き出す前にズラかるぞ。流石に今の状態であいつと戦り合ったら普通に死ぬかもしれねぇ」


 大蛇を指さしながら俺が初めて口にする敗北宣言に、一瞬にして顔を真っ青にさせた二人。

 あの大蛇の強さ、そして現状の危険さを理解したようで、首をもげるのではというほど縦に振って俺の言葉に同意した。


 二人を引き連れ、森の出口を目指すために立ち去ろうと振り返ったのだが――。

 殺した魔人の位置からこの位置まで戻る間にはいなかった、満面の笑みを浮かべた何者かが俺達の背後に立っていた。

 

 五感、そして第六感まで冴えている俺ですら気づかず、索敵の経験値が上限突破しているスマッシュにすら気づかせずに、俺達の背後を取ってきた謎の魔人。

 見た目はさっき殴り殺した魔人と似たような形状をしているが、背は明らかにこいつの方が高く、角だけでなく尻尾も生えている。

 

 ただ、恐らくこいつも同じ魔人だろう。

 ……とにかく危険な臭いがぷんぷんと漂ってやがる。


「誰だてめぇは!!」

「バアリウスが連絡をよこさないのでおかしいと思っていましたが……なんとまぁ殺されてしまっていましたか」

「おいっ! 無視してんじゃねぇぞ! 俺の質問に答えやがれ!」


 敵意のない笑顔で、実に楽しそうに丁寧な口調で話す魔人。

 急な登場に一歩も動けていない俺達の真横を、何事もないかのように通りすぎると、俺が殴り殺した魔人の下へと歩き始めた。

 そして、殺された魔人を弔うのかと思った次の瞬間。


「私が貴様の敗北に気づかず、計画がぶち壊しになってたらどうしてたんだッ! てめぇが弱いからユハラハムを預けてたのに、なに許可なく死んでんだよ? ああッ!?」


 優しそうな笑顔を一転させ、鞭のようにも剣のようにも見える尻尾によって、怒号を浴びせながら何度も何度も死体に突き刺していった。

 態度の変化にガン無視されたことへの怒りも飛び、その異様な光景にただただ目を奪われる。

 俺も大概だが、この魔人は更にイカれていやがる。

 

「――っふぅー。……取り乱して申し訳ございません。私は魔王軍の幹部をやらせて頂いております。クロナックと申します」


 俺が殴り殺した魔人の死体を、ぐちゃぐちゃの肉片と化すまで刺したところで満足したのか、急に俺の方に振り返ると再び優しい笑顔を見せ、尻尾についた血と肉片をハンカチで拭きながら丁寧な挨拶をしてきたクロナックと名乗る魔人。

 その行動と言動の読めなさに異様性は感じていたが、こいつが魔王軍の幹部。


 俺はてっきりさっき殺した魔人が幹部だと思っていたが……。

 後ろに控える大蛇よりも危険なオーラを放つクロナックなる魔人に、冷や汗がダラリと流れるが、俺は一歩前へと踏み出してこの魔人を殺すことを決意した。


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