第三百六十四話 魔物の体


 ペトラニーラさんは霧状の体だが物質を通り過ぎることはできないようで、二人で玄関から外へと出た。


「うおー、なんか久しぶりすぎて感動する! 空気が吸えないのが残念だけど、太陽が眩しくて気持ちがいい!」

「眩しいってことは目はしっかりと利いているんですね。魔人だった時と何か感覚が違う部分ってあるんですか?」

「うーん……。目は見えてて匂いも感じるし耳も聞こえる。食べ物は食べられないから味覚は消えてるはずで、もちろん物体に触れることができないから触覚もないね!」

「それじゃ、五感の内三つは残っているって感じなんですか。食べ物なしで動くことができるのは良いですね」

「いやいや、そんなことないよ! 美味しいものも食べれないってことだからね! 食べることの幸せを知っているだけに、この体になって一番辛いのは食に関してかもしれない!」


 魔物の体になってからのことをあれこれと聞きながら、家を離れて来た道を戻るように進んで行く。

 魔物になるというのは俺にとっては想像のつかない世界で、話を聞いているだけで面白くもっと色々なことを聞きたかったのだが……。


 日が差し込み視界がハッキリとしている場所から、暗闇へと切り替わる場所へと辿り着いてしまった。

 この先は無駄なお喋りをしていると簡単にはぐれてしまうため、ペトラニーラさんの後をついていくことだけに集中する。


「ここからはペトラニーラさんだけが喋り続けてくれますか? 俺はその声を聴いてついていきますので」

「……ん? それってどういうこと?」


 なぜかピンと来ていない様子だったため俺が事情を説明としようとしたのだが、そこから一歩踏み込んだ瞬間に辺りは暗闇に包まれた。


「うえっ!? 急にナニコレッ!? ルイン、近くにいるの?」

「隣にいますよ。……ちょっと一度、一歩後ろに下がりましょう」


 非常に慌てふためいた声が聞こえたため、俺は一度落ち着かせて後ろに下がるよう指示を出す。

 暗闇の世界から戻り、ペトラニーラさんもこちらがハッキリと見えるようになったところで一度話を行うことにした。


「ねぇ!! さっきのアレって何? 急に辺りが真っ暗になったんだけど!」

「あの……ペトラニーラさんって、この森が暗闇状態になっていることを知らなかったりしますか?」

「暗闇状態?」


 疑問形で聞き返してきたため、ペトラニーラさんが閉じ込められてから森がこの状態になったのかと一瞬思ったのだが……。

 俺が返事をする前に何かを思い出したのか、急に大きな声を上げた。


「あっ、思い出した! この暗闇……私が森に仕掛けたものだ!」

「えっ? ペトラニーラさんがやったことなのに、あんなに驚いていたんですか?」

「忘れていたんだからしょうがないでしょ! 魔王の目を誤魔化すために張り巡らせたもので、私自身も馴染み自体はほとんどなかったまま長い間閉じ込められたから忘れちゃってたんだよ!」


 自分がやったことだったら普通は忘れないとは思うけど、どれくらいの年月閉じ込められていたのか分からないし、仮に数百年もの間とかだったら忘れてしまうだろう。

 あまり発言に突っ込むことはせず、この暗闇状態についての話を伺うことにしようか。


「長い時間閉じ込められていたなら、確かに忘れてしまいますか。それでこの暗闇って何なんですか?」

「この暗闇は【ブライン】って魔法を私が独自に改良した魔法! 一定の範囲内を強制的に暗闇状態にする画期的な魔法――だったはず!」


 忘れていたこともあってか少し自信はなさそうだけど、やはり魔法によるものだったようだ。

 腕の先までの距離はハッキリと見えるっているのが自然的な暗さではなかったため、俺も魔法の一種だとはずっと思っていた。

 魔法自体を発明したのもペトラニーラさんのようだし、何か対処法を知っているかもしれない。


「魔法を独自に改良って凄いですね。それで【ブライン】の魔法の対処法ってあるんですか? それか、魔法の発動自体を止めたりとかできるのであればありがたいんですけど……」

「この森の何処かに魔法陣があって、その魔法陣を壊せば魔法を止めることができるんだけど、その魔法陣を何処に描いたのかを忘れちゃった! 対処法は確か……魔力を張ればその魔力を張った箇所は見えるようになったはず!」


 魔法陣の場所が分からないとなると、この【ブライン】の魔法を止めることは無理か。

 対処法の方も、魔力の張り方が分からないため難しいかもしれない。


「俺は魔力操作ができませんので、どちらも厳しいかもしれませんね」

「ルインは魔力が使えないの? さっき私を殺そうとしてきた時は剣にかなりの魔力が帯びていた気がするけど……」

「魔力を剣に帯びさせるのは、つい先ほどなんとなくできるようになったんです。魔力自体はかなりの量があるとは思うんですけど、操作の方法がいまいち分からないんですよね」


 魔力溜まりの洞窟で魔力草も食べていたため、魔力量自体は常人よりも遥かに多いとは思う。

 洞窟に行く前ですら、かなりの魔力量があったと思うからな。


「そういうことなら、私が使い方を教えてあげるよ! ちょっと気を楽にしてみて!」

「使い方を教える? 体の力を抜けばいいんですかね?」


 ペトラニーラさんの言う通り、俺は目を瞑ってから体の力を抜いてリラックスする。

 すると急に背中が熱くなり始めたため、慌てて逃げようとしたのだが……。


「ちょっと動かないで! 体の力を抜いたままだって!」

「背中がめちゃくちゃ熱いんですよ!」

「いいから、もう少しだけリラックスして!」


 そう強く言われてしまったため、俺は我慢して体の力を抜いたままにする。

 すると、次第に背中の熱さは和らいでいき、フワフワとした感覚に襲われていく。


「はい、もう普通にして大丈夫! 私が体を補助している形になっているから!」

「えっと……どういうことですか?」


 言っている意味が分からず、とにかく許可を貰ったため目を開けてみると……。

 俺の背中に無数の黒い糸のようなものが伸びており、その糸の先にペトラニーラさんが浮遊していた。

 体もなんだか色々とおかしく、自分では体全体の半分程度しか動かせない――そんな不思議な状態となっている。

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