第三百六十五話 身体操作
凄まじく気持ち悪い感覚。
例えるなら、疲労によって足が勝手に震えてしまう――そんな状態が疲労感もないのに全身で起こっているような感じだ。
「ペトラニーラさん。俺の体に何が起こっているんでしょうか? 体が思うように動かせないんですけど」
「少しだけ私が支配しているのよ! 【パペッター】って魔法を私が改良した魔法で、対象の意識を残しつつ体を操作する魔法なの! 凄いでしょ!」
自慢するように声音を明るくさせてそう言ってきたが、凄い凄くない以前に怖さが上回ってしまっている。
操作する魔法なんて聞いたことがないし、何の説明もなく使ってきたことも怖い。
「ちょっと解除してくれませんか? 体が全然動かせなくて気持ち悪いんです!」
「いやいや駄目だよ! この体になって魔力が極端に少なくなっちゃったから、解除したら再発動できなくなっちゃう!」
「だったら、発動させる前にちゃんと説明してくださいよ!」
「まぁ気にしないで体をリラックスすればいいだけだから! ほら、ちょっと動かしてみるよー」
こっちの気を何も察してくれず、軽い口調でそう言い放ってきたその瞬間――体が俺の意図とは違う方向へと勝手に歩き始めた。
自分の体なのに勝手に動くという現象に恐怖の感情しかないのだが、冷や汗すらかくことができない状態。
「ちょっと止めてください! 本当に怖いんですよ!」
「大丈夫、大丈夫! 死にはしないから! それじゃ魔力を使ってみるから覚えてね! 操作時間も限られているし、何回もできないから感覚で覚えるんだよ!」
「そんな無茶苦茶な……」
勝手に胸の前に両手で円を作った俺の体。
そしてその直後に、両手から魔力が抜け落ちていく感覚があった。
【プラントマスター】を使った直後や、剣に魔力を溜めて斬った時と似たような感覚。
ただその時と明確に違うのは、抜け出た魔力が両手で作った円の中に留まっていること。
この時には恐怖の感情は消え去り、興味へと意識が向き始めたのが自分でも分かった。
自分で自分の体をが操っている状態では、決して感じたことのなかった新しすぎる感覚。
「両手に魔力が溜まっていっているの分かる? これが魔力操作の基本だよ! 体内の魔力を放出させて留める。ルインが剣で私を斬ろうとした時にやっていたのは、魔力を垂れ流していただけ! この違いが分かる?」
「は、はい。なんとなくですが分かります」
魔法障壁を破壊した時はむやみに全力で走っていただけって感じで、今は目一杯の助走を行っているぐらいの違いがある。
例えるのが難しいけど、かなり繊細な――それも今まで使ったことのない部位でその繊細な動きを求められている。
「今は魔力が両手の中に留まっていて、この留まっている魔力を様々なものに変化させるのが魔法なの! 魔法っていうのはね、本当に無限で奥深いんだよ!」
「魔法の説明よりも、魔法を使ってみてくれませんか? 話を聞いている余裕はないかもしれません」
「流石に魔法は使えないよ! 私が操作しているって言っても、相当な鍛錬を積まないと魔法に昇華させることは難しいから! 今は【ブライン】から身を守るための魔力の留め方を覚えることに集中して!」
「なるほど! 分かりました。今は集中して魔力の留め方を会得します」
流石に魔法はそう簡単に使うことはできないのか。
ペトラニーラさんに操られている状態ならば、魔法が使えると思っていたが考えが甘かったようだ。
今は【ブライン】が発動されている『トレブフォレスト』で、視界を確保するために魔力の留め方を覚えることだけに集中する。
それからペトラニーラさんの魔力が切れ、【パペッター】の魔法が解かれるまでの約十五分間。
楽しそうにペラペラと魔法について語るペトラニーラさんの話を全力で無視し、俺は魔力の留め方を必死に体に叩き込んだ。
「ぷへー、もう限界! もう魔力が切れかかっちゃってるよ。二十分も持たないってかなり重症だなぁ。……っと、今は私の魔力量よりルインの方だった! どう? 短くて申し訳ないんだけど魔力の留め方は覚えられた?」
「多分ですけど、できそうな感じがあります! すぐに試してみてもいいですか?」
「もちろん! 私の許可なんか取らなくていいから、さっさと試してみてよ!」
【パペッター】の魔法から解放され、完全に体の制御を取り戻した。
十五分前は違和感でしかなかったけど集中して体に覚えさせたからか、操作されていない今の状態に違和感を覚えているぐらい。
軽くジャンプして体の力を無理やり抜き、自分の感覚を取り戻したところで……。
俺は両手で胸の前に円を作り、その円の中に魔力を溜めていく動作を行っていく。
俺のイメージでは既にできているのだが、五本の指から微力に流す魔力量に少しでもズレが生じると魔力が漏れ出てしまう。
それでも諦めず、体に叩き込んだ感覚を頼りに両手で作った円の中に魔力を放出し続けること約三十分。
極度の過集中により滝のような汗を流しながらも、両手に魔力を留めさせることに成功。
溜めた魔力を解き、両手に膝をついて乱れた息を必死に整える。
「思っていたよりも習得が早かったね! ルイン、おめでとう!」
「なんとか魔力を留めることができました。ペトラニーラさんのお陰です。ありがとうございます」
「実際にやっただけで何もしてないよ! 時間も短かったし、魔力操作の才能あるんじゃないかな?」
「そうなんですかね? いつか魔法も使えるようになったら嬉しいんですけど……。それより、これで【ブレイン】の魔法を防ぐことができるようになったんですよね? 早速、ライフの場所まで案内してくれますか?」
俺は息を整えながら、ペトラニーラさんにそうお願いしたのだが……横にゆらゆらと揺れながら、単調な口調で拒否された。
「いやいや、まだ無理だよ! 今は両手の中でしか魔力を留められてないからね! せめて半径五メートルくらいは魔力で覆えるようにしないと!」
「両手の中だけでも精一杯だったのに……半径五メートル!? 絶対に無理な話じゃないですか!」
そんな俺の悲鳴に近い声が、『トレブフォレスト』に響き渡ったのだった。
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