第二百二十七話 魔物の猛攻


「まさかの一度も魔物と遭遇せずに、階段まで辿り着きましたね」

「私も初めての経験です。この渓谷エリアでは魔物の索敵が難しいので」

「ん、私のお陰。……でも、問題はここから」


 無事に下の階層へと続く階段まで辿りつけたが、アルナさんの言う通り問題はここからなのだ。

 渓谷エリアが吹き抜けとなっているのは周知の事実だが、上層から下層へと移動できるのは何も冒険者だけの特権ではない。


 魔物ももちろんのこと上層から下層へと移動してくるし、上層から下層に向けての攻撃も仕掛けてくる。

 だから本格的に攻略が難しくなるのは、上と下からも挟まれるこの十七階層からなのだ。


「ですね! ここからは先ほどまでとは違って、魔物の方から攻撃をガンガンと仕掛けてきますので気をつけましょう!」

「三人で捌き切れるかちょっと不安ですが……。とりあえず、この十七階層を攻略した段階で帰還を目指しますので、この階層の攻略に全力を注ぎましょうか」

「ん。遠距離戦はまかせて」


 鬼荒蜘蛛戦よりもヒリついた緊張感の中、ロザリーさんを先頭に十七階層へと下り立つ。

 風の吹き抜ける音しか聞こえない静けさは十六階層と変わらないが、下りてすぐに視界に入ったのは数匹のアングリーウルフ。

 

 俺にとってはもう慣れ親しんだ魔物だが、植え付けられたトラウマからか嫌な汗が全身から吹き出ているのが分かった。

 落ち着け。焦らなければ対処できる。


 自分にそう言い聞かせて分析を開始したのだが、どうやらダンジョン個体とワイルド個体では大きな違いがあるのか、コルネロ山のアングリーウルフよりも体が一回りほど小さいのが目についた。

 それにあの独特の執念というか執着心というか、心臓を握り絞められている感覚に陥るような威圧感も全く感じないな。


「来ますっ! 真ん中と右のアングリーウルフは私が対処しますので、ジェイドさんは左のと何かあった時のサポートを!」

「了解。倒せたら即座にカバーに入ります」 


 アングリーウルフ特有の値踏みをするような観察はなく、獲物を見つけたとばかりに躊躇いもなく突っ込んできた三匹のアングリーウルフ。

 ――うん。動きに関しても全然遅い。


 俺の方からも数歩アングリーウルフに近づき、無警戒で突っ込んでくる動きに合わせて上段から剣を振り下ろす。

 以前、倒した時のような渾身の一撃ではなかったのにも関わらず、俺の振り下ろした剣はあっさりとアングリーウルフの頭蓋を斬り裂いた。


「一匹討伐。カバーに行きます」


 報告してから、即座にロザリーさんのカバーに向かったのだが、ロザリーさんも既に一匹を致命傷にまで追い込んでいる。

 どうやら鬼荒蜘蛛戦で使っていた、モーションの小さい突きを多用している様子だ。


 俺は【タマゴ倶楽部】のエドワードさんから、厳しい指導を受けてようやくモノにできた技なんだけど、ロザリーさんは先ほどもそうだったが既に実戦で使えている。

 模倣してくれた嬉しさもあるけど、センスの差に今はちょっと嫉妬の気持ちがあるな。


 致命傷を負っていたアングリーウルフは、俺がカバーに入ると同時にロザリーさんの突きにより絶命。

 残りの一匹を俺とロザリーさんで囲い込むようにし、三匹のアングリーウルフをあっという間に討伐できた。


「即カバー助かりました! ジェイドさんも乗ってきましたね!」

「ロザリーさんが二匹請け負ってくれましたので、楽々戦えた――」

「二人とも集中。新手と、上からさっきのゴブリンアーチャーが狙ってる」


 トラウマのあるアングリーウルフを倒し、ホッと一息つこうとしていたのだが、言葉を遮るようにアルナさんの指示が飛んできた。

 前方を見てみると、スラストバッファローがこちらに向かってきて、その後ろには複数匹のブルーオーガの姿も見えた。


 そして崖上から覗くようにこちらを狙っているのは、ゴブリンアーチャーの群れ。

 魔物のレベルも一つレベルが上がっているのに、連携まで取ってくるこの厄介さ。

 

「先頭のスラストバッファローには気を付けてください! この渓谷エリアではキャニオンモンキーの次に危険な魔物です!」

「はい。危険性は頭に入ってますので大丈夫です! スラストバッファローは俺が対処しますので、ゴブリンアーチャーはアルナさん、ロザリーさんはブルーオーガの対処をお願いします」


 危険性の高いスラストバッファローは俺が対応、崖上はアルナさん、後方にいる魔物はロザリーさんに任せることにした。

 立ち塞がるように一歩前に出た俺に対し、アングリーウルフ同様、脇目も振らずに突進してきているスラストバッファロー。

 

 二本の鋭い角と、そんな角を掻き分けるかのように頭部が風船のように膨れあがっているのが特徴的な魔物。

 この魔物の何が厄介なのかというと、攻撃のパターンが二種類あることに関係してくる。


 一つは角によるオーソドックスな突進攻撃。

 そしてもう一つは、膨張した頭部による突進攻撃。


 角による突進は言わずもがな高い殺傷能力を誇っており、まともに食らってしまうと体を貫かれるほどの威力があるのだが、この渓谷エリアに関しては、後者である頭部による突進攻撃の方が危険性が高い。

 理由は簡単で、この頭部による攻撃はガード不能のノックバック攻撃となっているためだ。


 この渓谷エリアでは様々な場所に崖があるため、受けたノックバックによって崖下へと叩き落とされる可能性が大きくなる。

 崖からの落下原因第一位は、恐らくこのスラストバッファローの突進攻撃であり、俺も交戦中に横から突っ込まれ、崖下へと突き落とされた冒険者をダンジョンモニターで見たことがある。


「矢で牽制する?」

「大丈夫です。この位置ならまだ安全ですし、動きを止める方法を試してみたいので」


 アルナさんがそう提案してくれたが、背後に崖のないこの位置なら攻撃を受けたところで崖下に落とされる危険はないし、考えた対処法を試すならもってこいのタイミング。

 一歩前に出た俺とスラストバッファローの中間位置に狙いを定め、植物を複数本生成し投げつける。


 狙った位置にしっかり落ちた植物は、ぺったりと地面に張り付くようにくっついた。

 そんな植物などお構いなしに突っ込んできたスラストバッファローだったが、俺が投げた植物を踏んづけた瞬間。

 足がもつれるように動きを鈍らせ、頭から地面へこけるように倒れ込んだ。

 

 ……よしっ、ちょっと不安だったが上手くいったな。

 俺が今投げた植物はというと、薬草団子にも練り込んである“粘着草”という植物。


 非常に強力な粘着性を持つ植物で、茎や葉っぱの表面だけでもくっつくのだが、すりつぶすとねばねばの液体となり、更に粘着性が増す植物。

 今もスラストバッファローが踏みつけてすりつぶされた結果、突進の動きを封じるほどの粘着成分となったのだ。


「えっ!? こけたっ!?」

「上手くいきましたね。これでスラストバッファローは怖くないです!」


 倒れて必死に粘着草を引き剝がそうと藻掻いているスラストバッファローに近づき、袈裟斬りによって討伐完了。

 生成するための魔力と、回避されることには気を付けなければいけないが、これでスラストバッファローの危険度は大幅に低くなったと見て大丈夫だろう。


 それにしても、粘着草も発見した当初は使い道がないと思っていたけど、こうして様々な用途で使えているからな。

 改めて植物の多様さには、驚きと感謝の気持ちしかない。


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