第三百十二話 ディオンの挑戦
洞窟へと戻ってきてすぐに中の様子を見てみると、スマッシュさんが何やら料理を作ってくれていた。
「ただいま戻りました。スマッシュさん、何してるんですか?」
「二人の戻りが遅かったでさぁ。あっしが飯を作っておこうと思いやして!」
「ありがとうございます。……怪我の方は大丈夫ですか?」
「もうかなり痛みも治まりやした。ルインがくれた薬草のお陰ですぜ! ……それよりほら、今日の成果を聞きつつ飯にしやしょう!」
「スマッシュさん、ありがたいのですが……私は今日、ご飯は食べません」
シチューのようなものを作ってくれていたスマッシュさんに、真正面からそう言い放ったディオンさん。
スマッシュさんも怒るかと思ったのだが、そんな様子は一切ない。
「ルインの戦闘を見て、あてられたんですかい? ディオンはたまーにエリザの戦闘を見て、こんな風に突拍子もないことを言い出すことがあるんでさぁ!」
「今回は違いますよ。ちゃんとした強くなる方法を試すつもりです」
「馬鹿言っていないで、飯にしやしょう。あっしらが強くなる方法なんてありやしませ――」
「ルイン君の植物を分けてもらうことにしました」
食い気味にそう答えたディオンさんに、スマッシュさんは目を丸くさせて驚いた様子を見せた。
口をパクパクさせると、ダンベル草の味を思い出してしまったのか、激しくえずいた。
「……悪いことは言いやせん。ぜーったいに止めておいた方がいいですぜ! これはあっしの優しさでさぁ!」
「私はもう覚悟を決めたのです。ルイン君、よろしいですか?」
「俺は全然構いませんけど……大丈夫ですか?」
「どうなっても知りやせんぜ!!」
俺は手を差し出されたため、ダンベル草を生成してからディオンさんの手のひらへと置いた。
若干体が震えている感じもあったが、何度か頷くと――ディオンさんは一気に口の中へと放りこんだ。
「あー。本当に食っちまいやした……」
「……ディオンさん、大丈夫ですか?」
口が膨れるほどのダンベル草を押し込み、数度嚙み締めたディオンさん。
そこからは一度も噛み締めることはなく、ただひたすらに吐きそうになるのを両手で必死に押さえ、また吐きそうになったのを両手で押さえるという攻防を続けている。
顔は徐々に青ざめていき、ディオンさんは頑張って食べきろうとしたのだが――。
気合いの一噛みが仇となり、ずっと口の中にいれていたせいで唾液に染みついた苦味全てが、噛んだために開いた喉に流れ込みディオンさんを襲った。
「ンぐぅッ! ウンぐ……。グぉオおおオオ……。う、う――ヴぉエッ!」
なんとか耐えて耐えて、頑張っていたのだが――。
無理だと判断したスマッシュさんが、咄嗟にディオンさんを洞窟の外へと連れ出し、そこで全てをぶちまけるように吐いてしまった。
不意を突かれたスマッシュさんとは違い、ディオンさんは踏ん張って必死に飲み込もうと頑張っていたのだが、それが全て裏目に出てしまったようだ。
俺はすぐに二人の後を追いかけて駆け寄り、半泣きで嘔吐しているディオンさんの介抱をした。
「……んっぐ。ルイン君、本当に申し訳ありませんでした」
「いえいえ。ここにいればいつでも作れますので、何も気にしなくて大丈夫です。……それよりも大丈夫ですか?」
「だから言ったでさぁ! あれは食べ物じゃないんですぜ? 平気な顔で何十本もむしゃむしゃと食べているルインがおかしいんでさぁ!」
「あそこまでの強烈な苦味だとは思っていませんでした。全身の毛穴から吐き出そうとしているような――思い返すと、また気持ちが悪くなってきます」
片手で口を押えながら、遠い目をしているディオンさん。
いつも冷静なディオンさんのあの姿はかなり衝撃的だったな。
やっぱり生でのダンベル草は、ハードルが高すぎるのかもしれない。
確固たる意志を持っていたディオンさんですら、食べることができなかったんだからな。
「あのディオンさん。……まだあの植物で力をつけたいって気持ちはありますか?」
「………………吐いてしまったのにこんなことを言うのは申し訳ないのですが、またチャレンジさせてほしいと思ってます。何もできなかった私が、唯一アーメッドさんに恩を返すことができる最後のチャンスですので」
「ディオン……。そこまで本気だったんですかい」
少し溜めてから、俺の方に向き直した時には、ディオンさんの瞳は力強くなっていた。
これはディオンさんのこの本気に答えてあげなきゃいけないな。
「実は……かなり手間のかかる方法なのですが、この植物をあまり苦味を感じずに食べる方法があります」
「……えっ? そんな方法があるんですかい!?」
「あるんでしたら、是非試させてほしいです」
「分かりました。ですが、先ほど言ったように色々と準備と手間がかかりまして……。この食材を探してきてほしいんです」
俺はディオンさんとスマッシュさんに、食材の書いた紙を渡した。
俺が何をしようとしているのかというと――そう。カレーだ。
食材さえ用意してくれればスパイスは俺が生成できるし、二人の料理の腕前ならば美味しく作ることができるはず。
カレーならば、余程のことがない限りは吐き出さずに済むだろう。
欠点としては、その分量を食べなくてはいけないことだが、食べれないよりかは幾分かマシなはず。
「この食材をですか? 一体何をするんでしょうか」
「ダンベル草に唯一合う料理があるんです。それならディオンさんも食べられると思うんですよね」
「そんな料理があるんでさぁ!? あっし、食材集めてきやすぜ!」
「私ももう少し回復したら手伝います! ……ルイン君、ありがとうございます」
「いえいえ。同じ気持ちを持っている人ですし、俺も気持ちは痛いほどよく分かりますので」
こうして、俺は二人にカレーのレシピを教えることにした。
そして二人が食材を集めている間、俺自身はダンベル草から次の段階へと移ることに決めたのだった。
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