第三百三十八話 ブラックキャップ


 ふぅー。やっとブラックキャップの巣があるという林まで辿り着いた。

 かなり早足で向かったつもりだったけど、片道で二時間くらいかかってしまったな。


 ……依頼でお金を稼ごうと考えていたけど、これは俺が思っていた以上に効率が悪いかもしれない。

 ひとまず天覧山のマグラヌ茸の採取は行うつもりだけど、それ以降はもう一度考え直そうと心の中で決めつつ、俺は林の中を突き進む。


 強い魔物の気配はなさそうだし逆に襲い掛かってきてくれという思いから、堂々と林の中を突き進んでいると、いきなりゴブリンの姿を発見することができた。

 どうやらブラックキャップではなさそうだが、ダンジョンにもいたゴブリンアーチャーだ。


 ゴブリンアーチャーはまだ俺のことに気がついていないようだし、無警戒で進めていた足を一度止め、なるべく気配を消してゴブリンアーチャーの後をついていく。

 同じゴブリン種だし、ブラックキャップと同じ巣で暮らしている可能性はかなり高いはず。


 巣の特定ができれば、ブラックキャップの一掃もできるかもしれないし、この手を逃す手はない。

 尾行に気づかれないように距離を取り、慎重に後をつけていくと……。

 よし。狙い通り林の中にある洞穴へと入って行った。


 あの洞穴がゴブリンの巣のようだ。

 暗くてここからじゃ中の広さが全然分からないけど、ゴブリン程度ならいくら数がいようと問題ないはず。

 洞穴の入口も狭いし、いざ大群に囲まれたら入口まで逃げて、狭い通路で大群の利を潰すこともできるしね。


 そうと決まれば、早速ゴブリン退治といこうか。

 依頼はブラックキャップだけだけど、ブラックキャップだけを狙い打つのは不可能だろうし殲滅するつもりで向かう。


 漆黒の玉鋼の剣を抜き、周囲にゴブリンの姿がないことを確認してから、俺はゴブリンアーチャーが入って行った洞穴の中へと入った。

 洞穴の中は臭いが相当酷く、生ゴミが大量に詰め込まれているかのような腐敗臭が立ち込めている。


 死臭も混ざっているため、狩った獲物を洞穴の中に運び込んでいるのだろう。

 顔を歪ませながらも臭いを必死に我慢しつつ、奥へと進んで行くと――少し開けた場所が見えた。


 そこには複数匹のゴブリンの姿が確認でき、複数匹のゴブリンが囲む真ん中には大量のゴミの山があった。

 この酷い臭いの正体はあのゴミの山からだな。


 ゴブリンの体臭もあるだろうけど、この鼻を衝くドギツイ臭いはあのゴミ山から漂っている。

 そんなゴミ山の奥には更に三つの通路が見えるため、三つの通路の奥が居住場所となっていて、そこで出たゴミをこの場所に搔き集めているのだろう。


 ここまで運ぶならいっそ外に出せばと思ってしまうけど、出したゴミから天敵に巣が見つかるのは嫌だ。かと言って穴を掘ってゴミを埋める作業は面倒くさい。

 そんなゴブリン達の短絡的な思考からできたのが、このゴミの山ってとこかな。


 ゴミ山からゴブリン達の思考を考察しつつ、俺は堂々とゴミ山のある開けた場所へと出た。

 隠すつもりが更々ない俺に、ゴミ山の近くにいたゴブリン達はすぐに気付き、大きな唸り声を上げてから一斉に襲い掛かってくる。


 通常種ゴブリン三匹にゴブリンソルジャーが二匹、それからゴブリンアーチャーが二匹の計七匹。

 ブラックキャップはいないし、時間をかけずにサクッと倒してしまおうか。


 力は三割ってところで、襲い掛かってくるゴブリン達に剣を振るっていく。

 ゴブリン達の武器が木製ということもあり、何の抵抗もなく玉鋼の剣がゴブリン達を両断していった。


 三割ですら力を入れすぎと思うほど、あまりにもあっさりと七匹のゴブリンは地へと伏せていき、少し騒々しくなったゴミ山の広場は一瞬して静寂が訪れた。

 ただそんな一瞬の静寂もすぐに終わり、今倒したゴブリン達の唸り声を聞きつけたゴブリン達が、ぞろぞろと洞穴の奥から出てきた。


 割合で言うと通常種ゴブリンが六割、ゴブリンソルジャーが二割、ゴブリンアーチャーが一割、レッドキャップが一割ってところ。

 そして、そのゴブリン達の奥には、今回の依頼の対象であるブラックキャップの姿が確認できた。


 数にして八匹。

 依頼数よりも多いけど少ないよりは全然マシなため、依頼数の五匹だけを狩るとかはあまり考えず、向かってくるゴブリンを全部倒すつもりで戦う。

 ブラックキャップの弓矢だけには気をつけつつ、俺はゴブリンの群れの殲滅を開始した。



 ゴブリンの群れとの戦闘を開始してから、時間にして約三十分。

 ゴミ山の広場にはゴブリンの死体が無数に転がっており、ゴミの臭いに加えて酷い血の臭いも混じってとんでもないことになっている。


 立っているゴブリンはもう一匹もおらず、向かってきた全てのゴブリンを倒すことができた。

 一匹一匹は瞬殺できたのだけど、数がこれだけ多いと少し時間がかかってしまったな。


 それと、ブラックキャップはやはりそれなりの強さを誇っており、ブラックキャップの放ってきた弓矢のせいでほんの少しだけど手こずらされてしまった。

 攻撃手段が剣のみだと、遠距離攻撃と群れ相手にはどうしても手間取ってしまう。


 アーメッドさんやアルナさんみたく、スキルが使えれば一気に殲滅も可能なんだけど……。

 【プラントマスター】を授かっておいて、それは流石に望みすぎというものか。


 ゴブリンの群れとの戦闘を振り返りながら、俺は倒したブラックキャップの左耳を剥ぎ取っていく。

 依頼のあったブラックキャップの耳を剥ぎ取ったところで、ここからどうするかを思考する。


 鼻も麻痺してこの臭いにも慣れてきたし、もぬけの殻となったゴブリンの巣の探索をしようか――。

 一瞬そんな思考が頭を過ったが、大したアイテムもないだろうし帰りも二十キロの道のりを歩かないといけないことを考えると、今すぐに帰るのが得策だろうな。

 俺はゴブリンの巣にボム草をいくつか設置し、着火させて死体を焼却してから、都を目指して帰路へと着いたのだった。

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