第二百十七話 商人ギルド
商人ギルドへと辿り着いた頃には、日は完全に落ちきってしまった。
辺りもすっかり暗くなっており、ギルドにまだ人がいるかどうか不安になるが……商人ギルドの建物からは、明かりが見えている。
もう営業はしていないかもしれないが、明かりがついているということは、中にまだ人はいるはず。
大きな扉を数回叩いてから、俺はゆっくりと扉を開けて中へと入った。
商人ギルドの中は、冒険者ギルド以上の豪華で派手な内装。
俺には理解できない骨董品も、これ見よがしにたくさん置かれている。
そんな骨董品の数々を見ながら、俺は入口前にある受付まで歩いたのだが……人の気配は一切ない。
やはり今日の営業は終わってしまっているのだろうか。
「すいません。誰かいませんか?」
何も言わずに帰ることも考えたが、声ぐらいはかけてみようと思い、無人の受付から声を出す。
………………。返答がない。
長居すると泥棒と間違えられるかもしれないし、やっぱり出直した方が良さそうだ。
そう考えて踵を返したその時——。
奥からペッタンペッタンという、重量感のある足音が聞こえてきた。
「おっ。やっぱり物音がすると思ったら、誰か来ていたね」
奥から歩いて来たのは、絢爛な服装やアクセサリーに身を包んだまんまるの男性。
唾が絡んでいるというのもあるが、滑舌がよくなく非常に聞き取りにくい声だ。
「こんな時間に申し訳ございません。営業って終わってしまってますか?」
「ふむ。ここは夕方前には営業が終わるからね」
「そうなんですか……。営業時間外に入って来てしまって申し訳ございませんでした」
「こっぽっぽ。気にしなくて大丈夫だよ。丁度、戸締りしようと思っていたところだったからね。……それで、何か用があって来たのかね?」
笑い方はかなり独特だけど、貴重品で着飾った見た目とは裏腹に、かなり物腰の柔らかい人だ。
こういった服装はブランドンが過り、良いイメージが沸かないのだが……やはり人を外見で判断してはいけないな。
「商人ギルドでは貴重なものを取り扱っているという話を聞きまして、とある植物を買い取って貰おうと思い、訪ねて来たんです」
「ふむぅ。確かに貴重品は取り扱ってるが……植物類はあまり取り扱っていないね。とりあえず明日の営業時間内に来てくれれば、査定はしてくれると思うよ」
やっぱり日を改めないと駄目だよな。
営業時間が夕方前となると、ダンジョン攻略を行う日は間に合わないし、休日くらいしか時間が合わない。
今日は、まず売りに来るべきだったのかもしれないな。
ただ、『ラウダンジョン社』の一階を使える時間も限られている訳だし、これはいくら考えても考えるだけ無駄ということ。
商人ギルドではなく別ルートでの売却も視野に入れつつ、俺は気持ちを切り替えてギルドを後にすることを決めた。
「そういうことでしたら、また空いている時間に改めて訪ねたいと思います。丁寧なご対応ありがとうございました」
「ふむふむ。気にしなくて大丈夫だよ」
ペコリと頭を下げてから、俺は商人ギルドの出口に向かって歩き始めたのだが、後ろから先ほどの男性の変な声が聞こえ始めた。
「んむ? ……んん、むむむ?」
一体何の声なのだろう。
振り返って確認したい気持ちを押し殺し、俺は入口の扉を閉めるタイミングでさりげなく男性の様子を確認した。
男性は何やら腰を小さく曲げ、ない顎に手を当てて何かを考えている素振りをしている。
益々気になるが、扉はゆっくりと閉まっていき、男性の姿が見えなくなると思ったその瞬間――。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」
中から俺を呼び止める声が聞こえてくる。
俺は完全に閉まった扉を再び開けると、扉の前まで走ってきている先ほどの男性の姿が見えた。
「あの、なんでしょうか? 何か不備がありましたか?」
この慌てようからして頭に浮かんだのは、何かがなくなりその疑いが俺に向けられているという可能性。
ただ、どうやらそういった話ではなさそうだ。
「ぜぇーはぁー。ぜぇーはぁー。い、いや、呼び止めて悪かったね。ぜぇーはぁー……。き、君さ、さっき希少な植物を持ってきたって言ってたけど、も、もしかして調味料だったりしないかい?」
受付から出入口の扉まで約十メートル程しかないのだが、男性は酷く息を荒げている。
話よりもその息切れに意識が向いてしまうが、俺はなんとか言葉を返した。
「はい、そうです。市場には出回っていない調味料でしたので、商人ギルドで買い取ってもら――」
「そ、そうかい! さっきと話が変わって申し訳ないが、よければ今見せてくれないだろうか?」
フンスと鼻息を荒げながら、俺の手を掴んで懇願してきた男性。
その勢いに思わず後ずさりしてしまうが、後ろが扉のせいで更に窮屈となってしまった。
……ただ、提案自体は悪くない。というか、かなり嬉しい提案だ。
今この場で査定してくれるというのであれば、俺にとってはこれ以上ない機会。
「もちろん大丈夫です。私もそのつもりで訪れてましたので、見て頂けるのであれば幸いです」
「そうかそうか! それでは早速……の前に、自己紹介が遅れてすまないね。私は副ギルド長のポール・ノーサム。気軽にポールと呼んでほしい」
「私は冒険者をやってます。ルイン・ジェイドと申します。ポールさん、よろしくお願いします」
互いに軽い自己紹介をしながら、受付まで戻る。
受付につくと、ポールさんが受付の下から手持ちの眼鏡のようなものを取り出した。
「早速いいかい? 査定はすぐに終わるからさ」
ポールさんに促され、俺は鞄からグルタミン草を取り出して手渡す。
グルタミン草を受け取ったポールさんは、様々な角度からまじまじと見つめている。
「ふむふむ。確かに見たことない植物だ。……ただ、これが調味料?」
観察し終え、続いて手で扇ぐように匂いを確認していたが、一切の匂いがないためか眉をひそめている。
グルタミン草は一般的な調味料とは異なって匂いがしないため、こんな反応になってしまうのも仕方ないよな。
「ええ、そうだと思います。実際に試しましたので」
「ちょっと味を確認してもいいかね? この一本分の料金は確実にお支払いする」
「そういうことでしたら、もちろん大丈夫です。……ただ、食べ方に――」
俺が言葉を発しきる前にポールさんは、グルタミン草を小さく切って口へと入れてしまった。
味を確認すると、しかめていた眉を更にしかめる。
「……なんだ? 味も全くしないぞ?」
「あの! 食べ方に工夫がいりまして、液体に溶かしたり料理に混ぜたりしないと、ちゃんとした味を感じることができないんです」
俺のその言葉を聞いた瞬間、ポールさんはふがふがとしてから机を大きく叩いた。
体重があるせいか物凄い音とともに、机のものが一瞬宙に浮く。
「そ、そ、それって魔法の粉と同じってことか!? こ、これが魔法の粉の原料……ど、どこで手に入れた!? グ、グレゼスタ――い、いや、まず本当に味が変わるのかを確かめねば!?」
ポールさんは目を見開きながら、その場を右往左往としている。
様子からして、グルタミン草には心当たりがある様子だ。
ただ……魔法の粉?
聞いたことのない言葉について考えながら、俺はポールさんがグルタミン草の旨味を確かめるのを静かに待ったのだった。
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