第二百十八話 魔法の粉


 奥から引っ張り出してきた小さな鍋に、水とグルタミン草を入れてひと煮立ちさせたポールさん。

 沸々と煮立っているあの感じからして、もう旨味成分はお湯に溶け込んでいるはずだ。


「ポールさん、もう大丈夫なはずですよ。少し飲んでみてください」

「そ、そうか……。では、早速」


 緊張した面持ちで鍋のお湯をスプーンで掬い、口へと運んだポールさん。

 口に入れた瞬間に旨味を感じたのか、両目を大きく見開き、鼻息がフガフガと大きく鳴った。


「ほ、本当にただのお湯が美味しくなっている……! 確かに旨味成分が出ているぞっ!」


 興奮した様子でそう捲し立てると、残りのお湯も一気に飲み干した。

 ボールさんは満足したように口を拭うと、俺の方を向き直し、両手を俺の肩の上へと置く。


「ルイン君ッ! 一体何処でこの植物を見つけたんだい!? 先ほど冒険者と名乗っていたが、まさかダンジョンで見つけたのかい?」


 早口になったせいで更に聞き取り辛くなったが、何とか言葉を聞き取った俺は一度思考する。

 はたして、なんと伝えるのが正解なのか。


 嘘をつかずに【プラントマスター】の能力だと伝えられればいいんだが、自分の唯一の切り札でもあるこのスキルについてを、そうやすやすと口外することなんて出来ない。

 だとすれば、ダンジョンで採取しましたと伝えるのが無難なんだと思うけど……。


 実際にダンジョンでは見つけることができなかったし、ポールさんが他の人を使ってダンジョンで探しても、見つからないという現象が起こってしまう。

 うーん。面倒ごとを起こさないためにも、コルネロ山で採取したことにするべきか。


「いえ。この植物はコルネロ山という場所で採取したんです」

「コルネロ山……? 確か、グレゼスタ周辺の山だったかな?」

「はい。そうだと思います」

「や、やはりそうか! 噂になってる魔法の粉の原料はこの植物なのか……!?」

 

 わなわなと手を震わせながら、そう呟いたポールさん。

 先ほどから、何度も口にしている魔法の粉とは一体何なのだろうか。

 

 調理している最中も考えていたが、心当たりが一切ない。

 このグルタミン草に関連しているのか、それとも全く関係ないものなのか。

 ポールさんの反応から察するに、決して無関係というわけではないとは思うんだけど……。


「……あの、先ほどから仰っている“魔法の粉”って、一体何なんでしょうか?」

「あぁ……。ランダウストでは、まだ一部でしか流通していなかったですね。“魔法の粉”というのは、つい最近グレゼスタで流通し出した調味料の通称ですよ」


 つい最近グレゼスタで流通し出した調味料……。

 俺もつい最近までグレゼスタにいたけど、魔法の粉なんてものは聞いたことがない。


 もし本当に流行っていたのだとしたら、知識が豊富で耳の早いおばあさんから聞いていると思うけどな。

 一部の界隈での流行りものなのか、それとも俺が発ってから流行りだした、本当に直近で流行ったものなのか。


「素材も入手経路も生成方法も、何もかもが不明な調味料でして、確かクライブという人物が売り捌いていると……」


 ポールさんが口にしたその名前を聞き、俺はパンと手を小さく叩く。

 そうだ! クライブさんがグルタミン草を使って、何かを作りだそうとしていたのを今思い出した。


 ということは、その何かが“魔法の粉”と呼ばれる調味料で、魔法の粉が完成したことで市場に出回ったということなのだろう。

 

「あっ、その人は知っています! グレゼスタで香辛料を買っていたときはお世話になっていましたので」

「おっ! それは本当か! そこで、このグルタミン草が売っていたりはしなかったか?」

「……いえ、そこまでは分からないですね。私はポピュラーな香辛料しか購入していなかったので」


 カレーのレシピやその香辛料、未知であったグルタミン草の高価買い取り。

 グレゼスタにいた頃は随分とお世話になったし、この魔法の粉と呼ばれているものの生成に、かなりの苦労をかけていたことも知っている。


 余計な事を喋らない事が、クライブさんのせめてものためになるはず。

 そう思った俺は、グルタミン草をクライブさんに売っていた事は黙ることに決めた。


「そうですか。それは残念です。……ですが、この植物が噂で効く、魔法の粉と類似していることは間違いないですからね。お持ち頂ければ、高値で買い取りさせて頂きますよ」

「高値で買い取って頂けるのは、本当にありがたいです! とりあえず三本だけですが手元にあるので、買い取ってもらってもいいですか?」

「もちろんですとも。詳しくはまだ不透明ですので、一本当たり銀貨七枚、いや銀貨八枚での買取でいかがでしょうか?」

「もちろん大丈夫です! よろしくお願い致します」


 グレゼスタで売っていたときよりも、五割以上も高く買い取ってもらえることになった。

 これもクライブさんが、恐らくグルタミン草主成分の魔法の粉を開発し、広めてくれたからだな。


 こうしてポールさんとの取引を終えた俺は、また採取できたら売りに来ることを伝えてから、商人ギルドを後にした。

 クライブさんの研究成果を知れ、新しい収入源の確保もでき、商人ギルドの副ギルド長との繋がりも持つことができた。


 行き当たりばったりで訪れた商人ギルドだったが、結果的に大成功だったのではないだろうか。

 これで明日から再開するダンジョン攻略にも、気合いが入るというもの。


 そんな気分の高揚で体が自然とスキップを始め、俺はルンルン気分で『ぽんぽこ亭』へと帰宅したのだった。


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