第九十三話 努力の成果

 

 俺が状況説明を終えると、三人は同時に顔をしかめた。

 恐らくだけど、どうやって動くのか最善なのかを考えているのだろう。


「確かに……ここに残るのが一番生存率が高いかもしれないが……もし、5匹以上のアングリーウルフがいたらもうどうしようもないぞ」

「正直、3匹でも厳しいと思うよ。……ルインとポルタの話からすると、最低3匹はいるんだよね? だったら、少しでも生き残る確率を上げるために逃げるのが正解だと私は思う」


 残った方が生存しやすくなると言う俺の考えに、バーンとライラの各々が意見をぶつけてきた。

 その後も、三人で意見を出し合うが話が纏まる気配が一切ない。

 こうしている間にも、アングリーウルフは近づいてきているだろうし、早く決めないといけないのだが、こんな重要な決断を即決できる訳がないんだよな。


「……本当についていないですね。ここまで連続して襲われるなんて、確率的に見ても、あり得ないと思いますのに」

「確かに、僕もおかしいとは思っているんです。それに前回から思っていたのですが、アングリーウルフ達の動きには、なにか目的があるような感じがして……」


 頭を悩ませているバーンとライラを余所に、ニーナがぽつりと呟き、ポルタがそれに同意した。

 ……確かにそれは俺も感じていたこと。

 一番最初に襲われた時のアングリーウルフが、本当にたまたま襲われたのは、戦った俺が一番よく分かっている。


 ただ、前回のアングリーウルフは少し様子が違った。

 捕食目的ではなく、殺しを目的とした動きを取っていて、だからこそ俺はあのアングリーウルフに何も出来なかった。

 そして……その殺意が明確に俺に向けられていたことも、俺自身だから分かる。

 

 —―と、そこまで考えたところで、俺は一つ作戦を閃いた。

 この作戦はかなりの博打となるが、試してみる価値は十分にあると思う。

 仮に成功したなら、俺達の勝率が大幅に上がるはずだ。

 

「ねぇ、ポルタが今言ったことに俺も心当たりがあってさ……。ちょっと俺の提案を聞いてくれないかな」



★   ★   ★



 辺り一面に魔力草の燻した、悪臭が立ち込める中。

 山の中腹の開けた場所で俺は一人ポツンと立ち……アングリーウルフが来るのをひたすらに待っている。

 俺の周りには【鉄の歯車】さん達の姿が見えないが、決して置いて行かれた訳ではない。


 そう。これは俺から提案した、俺を使った囮作戦。

 先ほどの仮説で、もし仮にアングリーウルフの狙いが俺なのだとしたら、視界の良い場所で突っ立っている俺に前回のアングリーウルフ同様、一直線で襲ってくるはず。

 この作戦は、アングリーウルフが俺に注意を向けている間に、逆にこっちが不意をついてやろうと言う至極単純な作戦。


 魔力草の臭いによって、嗅覚が鈍ることは前回逃亡したときに分かっている。

 そのため、アングリーウルフが到着する前に、辺り一帯に魔力草の臭いを充満させておけば、隠れている【鉄の歯車】さん達に気づかないだろうと言う考えだ。

 

 囮役の俺を本当の囮にして、逃げるのではないか……と言う思考が過ぎらないと言えば嘘になるが、【鉄の歯車】さん達なら俺は信じられる。

 と言うか、【鉄の歯車】さん達になら裏切られても良いと思って、俺は囮役を自ら志願した。

 

 四人を信じて、アングリーウルフの到着を待つと、後方……つまりは下山への道がある方向から、ゆっくりと姿を現した。

 月明りに銀色の毛が照らされ、眩い光りを放っている。

 その姿は凛々しく、まさに絶対的強者と言う風格。


 三度目の対峙だが、未だにこの威圧感には慣れそうにもない。

 ――ただ、前回と大きく違うのは、俺自身も鍛えたと言うこと。


 前回は本当にみっともない姿を晒してしまったから、今回は一撃くらいは当ててやりたい。

 俺が素振りをしている時に、相手としてイメージしていたのは、人間ならばアーメッドさん。

 魔物ならばアングリーウルフを想像しながら、毎日剣を振ってきた。

 

 両者共に、想像の中ですら一度も勝ったことはないけれど、【鉄の歯車】さん達の援護が遅れたとしても、時間を稼ぐことぐらいは出来るはず。

 それぐらいの自信が持てるくらいには、準備はしてきたからな。


 にじり寄ってくる一匹のアングリーウルフに、俺は剣を構える素振りを見せてから……一気に背後へと走り出す。

 ここまでは予定通り。

 もし仮に追いつかれそうになったら剣を振り回して、時間を稼ぎ、援護を待つ。


 とりあえずの俺の目標は、目の前に見えている岩陰。

 あそこに【鉄の歯車】さん達が隠れているはずだ。


 俺が全力で逃げ出したと分かるや否や、アングリーウルフは一つ遠吠えを上げ、前傾姿勢を取りながら追いかけてきた。

 嗅覚が麻痺しているであろう仲間への合図だったのか、遠くの別々の位置から二匹のアングリーウルフが姿を現した。

 他のアングリーウルフが近くに駆け付けてくる前に、このアングリーウルフだけは処理したい。


 その一心で俺は全力で走る。

 だが……予想以上にアングリーウルフが速い。

 距離がかなり離れた状態から俺は走り出していたのだが、もう既に追いつかれそうな位置まで迫ってきている。

 荒いアングリーウルフの息が真後ろで聞こえ、焦りと緊張で心臓が痛い。


 目指している岩陰から、ニーナが魔法を放とうしてくれている姿が見えたが、多分無理だ。

 全力で走っているため、背後は見えてはいないが、この気配から察するに魔法が届く前に追いつかれてしまう。


 それならば…………。


 あと二歩。あと一歩。

 俺は死に物狂いで走り、背後を追ってくるアングリーウルフをギリッギリまで引きつけたあと、急ブレーキをかけて体を反転させる。

 その回転を使い、腰に差してある鋼の剣を握り、引き抜くと同時に練習の通りの要領で——全力で上段から剣を振り下ろした。


 一瞬でも、アングリーウルフを怯ませることが出来れば御の字。


 そんな思いで振り下ろした鋼の剣は……空を裂き、音を裂き——そしてアングリーウルフの頭蓋まで斬り裂いた。


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