第百五十二話 旅立ち
おばあさんと別れの挨拶を済ませた俺は、『エルフの涙』を後にして街の入口を目指す。
昨日から色々と思う部分がありすぎて、ずっと心臓の奥底がズキズキと痛い。
色々な感情でぐしゃぐしゃになりながらもとぼとぼと歩き、俺が街の入口付近に着くと……見えた。
街の門の前に立っているのは、【鉄の歯車】さん達だ。
「ルイン、おはよう!」
「ライラ、おはよう!」
俺に気づいたライラが真っ先に駆け寄って挨拶をしてきた。
すぐに俺も挨拶を返し、他の三人にも挨拶をする。
そして…………。
「エドワードさん、護衛を引き受けて頂きありがとうございます。短い間ですが、よろしくお願い致します!」
俺は【鉄の歯車】の後ろにいる、エドワードさんにも挨拶を済ませる。
そう。今回、俺がランダウストまで護衛をお願いしたのはエドワードさんなのだ。
本当は【鉄の歯車】にお願いしようと思っていたのだが、エドワードさんの方から護衛を名乗り出てくれた。
どうやら一つのパーティの育成が終わったようで、ちょうど手が空いていると説明を受けたため、護衛をお願いした次第。
あまり親しくない人との長旅は、少し考える部分もあったのだが、【タマゴ倶楽部】のエドワードさんの噂は前々から聞いていたし、この間軽く話した感じ的に大丈夫と判断し、俺もお言葉に甘えて護衛をお願いしたのだ。
……なにより【鉄の歯車】さん達に、長旅の護衛をするのは気が引けたというのもあったからな。
エドワードさんが、護衛を申し出てくれたのは非常にありがたかった。
「ふぉっふぉっふぉ、気にするでない。儂から名乗り出たんじゃからな。こちらの方こそ、こんな老人に仕事をくれてありがとのう」
俺が頭を下げてお礼をすると、エドワードさんも笑ってお礼を言ってきた。
……エドワードさんは仕事はないと言っているが、人望も厚く実力も確かなエドワードさんに仕事が来ない訳もなく、様々なクエスト依頼を断って俺の護衛を名乗り上げてくれたと、俺はギルド長から聞いている。
「本当は俺達も護衛に行きたかったんだけどな」
「そうですね。専属契約の最後にちゃんと送り届けて、お礼を果たしたかったのですが……」
「ごめん、せっかくみんなも護衛を名乗り上げてくれたのに断っちゃってさ」
「……大丈夫ですよ。ルインさんは私達を考えて、依頼を断ってくれたの分かっていますから」
「そうそう! ルインは気ぃ使いだからね。素直に頼ってくれ!……とも思うけど、その優しさがルインの良いところだからね!」
微笑ましい笑顔で俺を見てくる四人。
意図を汲まれていることに、途端に恥ずかしくなってくる。
「……俺に時間を割くよりも、自分達のために時間を使って欲しいからさ。バーンもようやく完治したところだしね」
「確かに。前回の模擬戦で全勝優勝させてるわけだし、俺達は俺達に適した時間の使い方をしないと駄目だもんな。……ルイン、離れていてもライバルのままだ。俺達は前だけを見て強くなる。――次会った時に、失望させるなよ?」
バーンは不敵な笑みを見せて、そう言ってきた。
‟ライバル”。その言葉に体の底から熱くなっていくのを感じる。
俺をライバルだと言ってくれるみんなの期待に応えるためにも……絶対に強くなろう。
「うん! 絶対に強くなるから……その時はまた模擬戦をしよう!」
バーンの言葉にそう言葉を返し、突き出してきた拳に俺も拳をぶつける。
ライラ、ポルタ、ニーナとも拳を合わせていき、互いに強くなると誓いを込めた。
「模擬戦もいいけど、みんなで旅も行きたいね! お互い強くなったら、何処でもいけるじゃん? そしたらさ、色々な国を回って美味しいものや強い人や魔物と戦って……ね? 面白そうじゃない!?」
「確かに、それは面白そうだね。【鉄の歯車】と俺とで、世界を巡る旅はしてみたい!」
「でしょでしょ!? だから互いに強くなったときは、また専属契約を結んで一緒に冒険に行こうね!」
「うん! 必ず行こう! ……って専属契約?」
「そりゃそうでしょ! ルインは私達の雇用主でいて欲しいからね! 雑用とかは私達がやるから!」
うーん……。
なんか上手いこと言いくるめられてる気がするけど、まあいいのか。
俺がお金をたくさん稼いで、【鉄の歯車】を雇えばいいだけだしね。
「ふぉっふぉっふぉ。それじゃそろそろ行くかのう?」
「…………そうですね。行きましょうか」
話のタイミング見て入ってきた、エドワードさんのその言葉に俺は賛同する。
まだまだ話し足らないけど、このまま話していたら一生出発出来ないからな。
名残り惜しいけど——出発の時だ。
「それじゃ四人共。見送りに来てくれてありがとう。約束したように俺は強くなるから」
「期待してるぜ! 頑張ってこいよ、ルイン!」
「ルインさん、僕達も負けませんからね!」
「次は私達がボッコボコにしちゃうから!」
「……また会う日が来るのを、楽しみにお待ちしております」
四人に思い思いの言葉を掛けられながら、俺はエドワードさんと一緒にグレゼスタの門に向かった。
旅立つことに拒否反応を起こしているのか、体はズシンと重いが俺は一歩一歩前へと歩く。
ようやく門まで辿り着き、門を潜ろうとした……そんな時、ライラの悲鳴に近い叫び声が俺の耳に届いた。
「えっ!? 王国騎士団の隊長さんっ!?」
そんなライラの叫び声が耳に入った俺は、思わず振りむこうとしたのだが……。
「はぁ、はぁ……ルインッ!! 振り向かずに聞けっ!!」
間髪入れずにキルティさんの声が聞こえ、振り向きかけた顔を正面へと戻す。
……キルティさんとは昨日別れの挨拶は済ませたし、休暇も昨日までだったから、見送りには来ないと思っていた。
不意のその声に、昨日出し切ったはずの涙がまた上がってくるのを、俺は必死にせき止める。
「私からの最後の言葉だ! よく聞けっ! ずっと渋っていたが伝えることに決めた! いいか……ルインには私を超えるだけの剣の才能はない!」
足を止めて泣きかけた俺の耳に入ってくるのは、キルティさんからのキツい言葉。
昨日は言い淀んでいた様子だった言葉が飛んできた。
キルティさんが言っていることは全て俺自身分かっていたし、それが分かったからこそ、こうしてグレゼスタを発つ決断をしたのだが……こうしてキルティさんに直接告げられると、さっきとは違った意味の涙が出そうになる。
「……だが! ルインには努力の才。そして、戦いの才能は十分にある! ルイン……よく聞げ――何があっでも自分だけを信じで突ぎ進め! ルインなら、必ず私を超えでくれるど信じでいる!!」
「はいっ!! 俺は必ずキルティさんを超えますので……期待して待っていてください!!」
途中から涙声へと変わったキルティさんのエールに、俺は全力で返事をしてから頭を下げる。
振り向いて頭を下げたいが、振り向いたら前に進む足が止まる。
俺自身もそう感じたため、キルティさんの熱い言葉に背を向けたまま、涙をグッと堪えて前へと進む。
後ろからはキルティさんの嗚咽のような声が聞こえるが、俺は止まらずに進んで行く。
「……ルインは良い人達に恵まれたようじゃのう」
「……はい。私には勿体ない……良い人達ばがりでじた」
「ふぉっふぉっふぉ。……もう涙を堪えることはないぞ。後ろの人達には見えないじゃろうからな」
「――は”い。ずびまぜん」
エドワードさんの優しいそんな言葉に、堪えていた涙が決壊した。
後ろにいる【鉄の歯車】さん達、そしてキルティさんには気づかれないように、俺は涙を抑える素振りはせず、鼻水と涙を垂れ流しのまま、前だけを向いてグレゼスタを後にした。
こうしてルイン・ジェイドは……治療師ギルドで働くために訪れ、約七年間過ごしたグレゼスタを離れて、【青の同盟】がいるとされるダンジョン都市『ランダウスト』を目指すこととなった。
治療師ギルドの最弱の雑用係だった少年は、様々な人との出会いで強くなり、そして——世界最強への一歩を踏み出したのだった。
――――—――――—――――—
お読み頂きありがとうございました!
第百五十二話 旅たち にて第三章が完結致しました!
よろしければ、ブクマと評価を頂けましたら作者は大喜び致します!!
お手数お掛け致しますが、よろしくお願いいたします <(_ _)>ペコ
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